17.贈り物
――――――――――――――――――――――
ジェシカ王太子妃殿下
お身体の調子が優れない中、私などのために筆を取って頂きありがとうございます。
アンナより、悪阻が重いと聞きました。少しでも妃殿下の体調が軽くなればと思い、悪阻に効果のあるミスイの花を送ります。
ビタミンミネラルが豊富で栄養補給に最適です。ミスイの花を乾燥して粉にしているので、お好みのお茶などに混ぜると良いと思います。医師にも確認済なので、安心してお飲み下さい。
少しでも妃殿下が穏やかに過ごせますよう、何かあれば遠慮なく仰って下さい。
追伸:カモミールの香り付をしていますが、成分は入っておりませんので、ご安心下さいますよう。
リオナル・フロント
――――――――――――――――――――――
「とても、良い香りがするわ。私、カモミールの花が大好きなのよ」
胸いっぱいに香りを吸い込む。それだけで、なんだか心落ち着き、吐き気が軽減した気がした。
「お兄様ったら、夜こそこそ何かしていると思いきや」
「本当に良い香りですね。ご実家の裏庭を思い出すのでは?」
「ええ、本当にそう」
小さい頃から侯爵邸の裏庭にあったカモミール畑が大好きだった。庭園にある華やかな花達とは違って、手入れもせずとも力強く野原に咲くカモミール。白い小さな花に何度も元気づけられた。
「それに、ちゃんと王宮医師承認の紙まで添えて」
「さすがフロント子爵ですね?」
「やる事が可愛くないわ」
「ふふ、どういう意味なの?」
「だって、いかにも自分は仕事が出来ますーって言っているみたいだもの」
「実際そうでしょう?」
「むぅ」
アンナが膨れながらミスイの粉を手に取る。
「抜けがけなんて酷いわ。言ってくれたら私も同盟で送ったのに」
「抜けがけ?」
「私にジェシカ様の状態を聞くだけ聞いて!1人ポイント稼ぎなんてずるいわっ」
「ポイント?またなんでそんな?」
私は可笑しくて笑いながら聞けば。
「なんでって、私達兄妹はジェシカ様の寵愛を受け隊だからです」
「寵愛?誰が?」
「私とお兄様に決まっていますよ!」
「まさか!アンナは置いといて、フロント子爵が?私の寵愛?ふふっ、おかしなこと言うわね。絶対そんな事ないわ」
私はまたも、可笑しくて笑った。あり得ない、あのフロント子爵が寵愛なんというものを欲しがるわけない。そんな人じゃないでしょう?
「「……」」
「え、まさかそんな事あるの?」
クスクス笑いながらミスイの粉を手に取った。それだけで、辛いつわりを乗り越えられそうな気がする。
不思議だ。
このカモミールの爽やかな香りがそうさせているような気がする。
目を閉じて香りを楽しむ。
「私がお礼をしたいのに。アンナ、あなたのお兄様は、とてもお優しい方なのね」
そう言うとアンナはにっこり笑って言った。
「不器用ですけど」
何となく、分かる。
彼のその無愛想さの中にある優しさが、とても魅力的に思えて、そして可愛く思えた。
そんな彼は、私だけ知っていたい。
「あら、私ったらどうしたのかしら……」
「何がです?」
アマンダが用意したミスイ入りのオレンジジュースを置きながら聞く。
「ううん、彼の気遣いがとても嬉しく感じただけ。いつも無愛想だから」
「……そうですか」
別に何か特別な事があるわけない。
少し気難しい友人に一歩、近づけた気がして嬉しくなったようだ。
オレンジジュースを一口飲めば、口の中に甘酸っぱい味と爽やかな香りが広がった。