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16.喜びと


 「おめでとうございます。ご懐妊ですね」


 純粋に嬉しかった。


 もともと生理不順でまさか妊娠しているとは思っていなかったから驚いたが、エイドリアン様との子がいる、それがこんなにも嬉しいとは。


 お腹に手を当てる。


 喜びと王太子妃としての責務を果たせる安心感。子を産めばそれだけで役目は果たせるだろう。


 「エイドリアン様は?」


 喜びで緩む顔を隠せずに、私から弾んだ声が出た。


 「お待ちください。今呼びますからね」


 そんな私を見てアンナもアマンダも微笑んでいる。

 しばらくして、呼ばれたエイドリアン様が部屋に入って来る。


 「ジェシカ、体調は大丈夫?」


 「はい、エイドリアン様。不思議なくらい調子がいいです」


 「それは良かった……あまり無理しないように。赤子に何かあれば大変だからね。勿論、君もだ」


 「はい。ここにあなたとの子がいるなんて、こんなに幸せな事はありません。エイドリアン様、ありがとうございます」


 お腹をさすりながら彼に視線を移せば、エイドリアン様も微笑んで頷く。


 「僕からもありがとうを言うよ」


 そう言って軽く私の手を握り、キスでもしてくれるのかと思いきや、彼はすぐに立ち上がった。


 「ジェシカ、僕は戻るよ……まだ会場で皆が待っているからね。それに、明日はスケジュールが詰まっていて、来るのが難しいかもしれない。君はゆっくり休むんだよ、顔色が良くて安心した」


 「もう……行かれるのですか?」


 これから生まれる子、生まれてからの生活。私の中では3人で幸せに過ごすイメージしかなく、それをもっとエイドリアン様と話して共有したかったのに。

 

 「うん……ごめんね。バタバタと抜けてきたからね」


 「あ……ご迷惑おかけして申し訳ありません」


 「君が謝ることじゃないよ。君はお腹の子のためにゆっくり休むのを優先するんだ。いいね?」


 「……はい」


 自分でも分かるほどに、気落ちした声が出る。

 エイドリアン様は困ったように優しく微笑んでから部屋を出ていった。

 

 「……私、彼との子ができたのよね?」


 もっと、こう、喜びの抱擁とか一緒にお腹に語りかけるとか、そんなのを想像していたのに。


 「なんだか、とてもあっさりしているのね……」

 

 独り言のように呟いた言葉をアンナが拾ってくれる。


 「仕方ないですよ。男の人ってそういうの実感湧くまで時間かかりますから」


 「そうなのかしら……」


 「そうですよ。あまり気にしては身体に触りますよ。横になって休んで下さい。お医者様が無理しないようにと伝言を残していきましたので」


 「そうね……ありがとう。そうするわ」


 きっと、忙しさもあって実感がないだけだ。


 身体は疲れていたのか、エイドリアン様の事が気になりつつも、目を閉じれば自然に眠くなる。

 それに、なんだか不安が軽減していくようだ。

 

 穏やかな波のように、気持ちが落ち着いていく。

 身体全身にその波が回っていくようで、心地よい感覚に身を任せ私は眠りについた。


 暖かく包まれているような感覚を感じながら。




 翌日から、再びつわり症状が現れて私は食べ物を受け付けなくなっていった。幸い、果物や酸味のあるジュースは飲めたので、食事はほとんどがそれらのメニューばかりになった。


 昨日はつわりがなくなり、ゆっくり休めたのはフロント子爵の治癒魔法だったのだろう。

 いつも無愛想で冷たい彼のそんな気遣いに戸惑いを覚えるが、不思議と嫌ではなかった。案外、不器用なだけで優しい人なのかもしれない。


 何かお礼をした方がよいだろうか。

 でも、もしそれが私の勘違いだった時はどうする?アンナに聞いてみようか……ただ、そうすると遠回しにアンナに治癒魔法を私に使えと言っているように思われないだろうか。


 そんなこんな考えているうちも、吐き気が出てきてベッドに横になる。


 そんな日が数日続き、私は食べては吐いて飲んでも吐いて、色んな物を試した結果、オレンジジュースだけは吐かずに飲めることに気付いた。

 と言っても、少しずつだが。


 「ジェシカ様は、つわりがひどいタイプですね」


 「こんなに辛いとは思ってなかったわ。世の母達は凄いわね」


 「つわりがない人はないですからね〜」


 「羨ましいわ……」


 「でも、つわりがあるのは妊娠しているって感じられて安心材料にもなります。初期のこの時期はお腹も出ず胎動もないので、つわりがない人は本当に妊娠しているの?と不安にもなると聞きますよ」


 「なるほど……確かに、ね」


 「それにしても、オレンジジュースしか飲めないのは身体が心配です。このままでは体重もだいぶ落ちていきませんか?一度、お医者様に診てもらいましょう」


 アマンダが心配そうに言う。


 「その必要はないわ……これくらい耐えないと」


 「我慢する必要はありません」


 アマンダが助けを求めるようにアンナを見た。


 「うーん、そうですね。私個人の見解ですが……実際、妊娠中に飲めるお薬はそう多くないです。赤ちゃんにどう影響するか分かりませんから。それと、つわり中は自分が食べられる物を食べるのが基本です。もし、何も口にできず動けないほどひどいつわりの場合は、何かしら介入が必要ですが……ジェシカ様の場合はオレンジジュースが飲めるので、柑橘系の物や冷たい物で対応できないかなと……」


 「栄養は、偏らないの?」


 「人間の身体って案外適応能力があるのです。よく何も食わずとも数日であれば水だけでも生き延びた、なんて遭難者や兵士たちの話を聞きませんか?それは、脂肪をエネルギーとして使っているからです。人間の身体のほとんどが水です。水分を摂っていれば血液が酸素や栄養を運び、代謝し排泄し身体の循環を保てますから。つまり、短期間であれば水分と食べられる物で栄養を取っていけばいいと思います。勿論、それが長期間続き衰弱するのは別ですが」


 アマンダと私は目を丸くしてアンナを見つめる、


 「あ、それに、つわりって気まぐれなんです。ある日突然終わったーって思えば、また始まった……なんて事もざらですよ。きっと、その日の身体の調子や気分、栄養などが関係していると思うのですが……」


 「あ、アンナは、すっごく物知りなのね」


 アマンダがとても感心したように言った。


 「治癒魔法を勉強した際の付属物ですよ。つわりに関しては身近にいてちょこっと勉強したのです」


 「アンナの話を聞いてなんだか安心したわ。とりあえず、色々試して食べられる物を食べるから、シェフに伝えといてくれるかしら?」


 「分かりました」


 「それにしても、、」


 エイドリアン様はいつ頃見えるのかしら。

 あれからすでに1週間は経っている。顔を見れば、この辛いつわりを乗り越える源になりそうなのに。


 軽く溜息を吐く。何かに集中していれば、吐き気も幾分かましだったため、私は筆を取った。



――――――――――――――――――――――    リオナル・フロント様


 先日はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。見苦しい姿にも関わらず、手を貸して頂いたことに感謝の思いでいっぱいです。

 ありがとうございました。


 追伸:次お会いした際は何かお礼をさせて下さい。


              ジェシカ・ルームス

――――――――――――――――――――――


 いざ、筆を取ったが当たり障りのない内容になってしまった。でも、そんなに親しい関係ではないから仕方ないわね。

 感謝の意が伝わればと思い、封筒をアマンダに預けた。


 その翌日には返信の封筒と小包が添えられて、フロント子爵から送られてきたのだった。


 

 

つわりは人それぞれです。色んな要因があるらしいですね。

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