15.分かりにくい優しさ
「……ガーディン侯爵令嬢……」
フロント子爵が僅かに身体をずらして私を、床の物を隠す。
「なぜ、2人でいるのですと聞いていますわ」
テリア様の目が怖い。それもそうだ、彼女はフロント子爵へ婚約を申し込むほどなのだから。
後ろでは取り巻きなのか、2人の令嬢がこそこそと頭を寄せて話している様子に焦る。
「テリア様、ご無沙汰しております」
何とかこの状況をやり過ごさねば。
「少し気分転換に外へ出て来たのですが、寝不足からか立ちくらみがしまして」
立ちながら己のドレスでその床の物を隠す。
「ちょうど来たフロント子爵に手を貸された所でした。フロント子爵、ありがとうございます。あなたのおかげで倒れずに済みました」
「いえ、妃殿下は体調が悪いようですので……どうぞ、お送りします」
「その必要はないのでは?ただの立ちくらみでしょう?一緒に戻れば、リオン様、あなたにあらぬ噂が立ちますわ」
そう言ってフロアの方をちらりと見た。
「それにしても、エイドリアン殿下も困った方ですね……奥様を置いてご令嬢と仲良くダンスなんて。妃殿下もさぞ、見るに耐えられなかったのでしょう?気分転換が必要になるのも分かりますわ」
どうして、この人はこうも嫌味な事を直接言えるのだろうか。あぁ、またムカつきが出てきた。
「ジェシカ妃殿下、顔が真っ青です。行きましょう」
早くアンナかアマンダを。そう彼に目で合図するが、フロント子爵は構わず私を支えて歩き出そうとする。
それを見たテリア様はフロント子爵に言った。
「リオン様、そんな事したら妃殿下と何かあるのではないかと疑われますよ。ただでさえ人気のないテラスから出ていくのですから」
テリア様達が来た事で、レースカーテン越しに人影が目立つのか、窓越しにいたフロアの人々がこちらをちらちら気にするように見ていた。
これは本当にいけない。
状況と自分の症状に危機を感じて、フロント子爵を押して離れる。
「私は大丈夫。テリア様の言う通りよ、あなたは戻っていいわ」
歩き出そうと元来た反対側への通路へと足を運ぶ。もう少しの辛抱だ。
自分を鼓舞する。胃が痙攣しているようだ。
「リオン様、行きましょう。まだ私のダンスのお誘いに応えてくれてませんわ。さぁ、」
背後でテリア様が先程とは違う甘い声でフロント子爵に語りかける。もう、そっちはそっちで好きにして。
気持ち悪さから苛々してしまう。胃が気持ち悪いのか、気持ちが苛々して気持ち悪いのか、目の前が回って気持ち悪いのか分からなかった。
そして、気付いたらなぜか、フロント子爵に抱えられていた。
「もうあなただけの身体ではないのです」
ぼそっと耳元で言われて彼を見上げる。眉を下げ苦しそうな表情のフロント子爵。
そんな表情初めて見た。
いつもの無愛想な顔ではなく、なんでそんな泣きそうな顔をしているのか。
そのまま腰と膝裏を支えられ、フロント子爵は私を抱えて歩き出す。
「ちょっ、リオン様っ!待って下さい」
「フロント子爵、あ、あの目立つから下ろして。それにフロアに出ればもっと目立つし、本当にあなたに迷惑をかけてしまうから、お願い……」
「もう既に目立っていますし、そんな迷惑くらいどうってことありません」
「どうして」
「どうしてでしょうね……」
いつの間に騒ぎを聞きつけたのか、フロアへ出るとエイドリアン殿下が駆け寄って来るのが見えた。
それを見てフロント子爵が私の耳元で囁く。
「せめて、これだけはさせて下さい」
「?」
彼が何かを呟くと、支えられた手から温もりが全身へと伝わり心地よい眠気が襲ってきた。気持ち悪さが全く感じられないくらいだった。
フロント子爵が自身のマントを私に掛けると同時に何かが髪に触れるのを感じた。
『何があった!?』
フロント子爵の手からエイドリアンの手へと身体が預けられた。
目を閉じる前にフロント子爵と目が合う。こんなに優しい目もできるのね。でも、どこか切ない表情なのはどうしてかしら?
『妃殿下の体調が悪いみたいです』
『ジェシカ、大丈夫か?医者の手配を』
『ジェシカ様、顔が真っ青じゃないですか!』
皆の声が遠くで聞こえる。
心地よい眠りにつく中で考えた。先程髪に触れた物について。
あれは髪に口付けを落とされたような気がしたのだ。けれど、その反面、まさかそんなはずないと反論する自分がいた。
だって、彼はいつも私を無愛想な顔で睨んでるじゃない。
有り得ない。
目の奥でフロント子爵の先程の顔が思い浮かぶ。
『ねぇ、大丈夫よ。そんな顔しないで』
そう記憶の彼に語りかける。
不思議と最後のフロント子爵の表情が、懐かしい顔と重なったのは、次起きた時には忘れていた。
仕事終わりか休みの雑念がない日に書き上げる。
ので、投稿はまちまちになります……。