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14.憂鬱

吐物の描写が出てきます。苦手な方はご了承下さい。


 憂鬱だ。何もかも非常に憂鬱だ。


 今日は建国祭である。


 ドレスに着替え、メイクとヘアセットをしエイドリアン様の訪れを待つ。


 あの日から特にエイドリアン様との関係は変わらずだった。私はミーシャ様の存在が気になりすぎて、彼女の噂が大きくなる度に、そわそわ落ち着かずエイドリアン様の訪問を待ち侘びる日々を過ごしていた。


 エイドリアン様が話をする度に、今度はミーシャ様を側妃にという発言があるかもしれない。そんな恐れも抱きながら。


 ミーシャ様は相変わらず治療室で働いており、ますます注目されていた。エイドリアン様も彼女を気にかけており、そんな2人の姿を見ては、側妃になるのも近々だと周りは盛り上がる。

 

 人の恋愛事情ほど、特に高貴な方であればあるほど注目され娯楽のように話される。


 そういった点であれば、フロント子爵の言う通りややエイドリアン様の行動は軽率なのかもしれない。そう思い、何度も彼に忠告をしようと思うのだが、言えずにいた。煩わしいと思われたくなかった。


 コンコン


 エイドリアン様が扉から顔を出す。「お待たせ」そう爽やかな笑顔で言われれば、誰だって好きになる。それくらい、エイドリアン様は素敵でかっこいいのだ。


 彼の腕に手を乗せエスコートを受ける。


 彼を盗み見ては、やはり言っておいた方が良いのかと迷い歩きながら悶々と考えた。


 入場を待つ中、言うなら今しかないと私はエイドリアン様へ話し出した。


 「あの、エイドリアン様?少しお話があるのです」


 「どうしたの?」


 「その、ミーシャ様の事なのですけど」


 「……ミーシャがどうかした?」


 「えっと……その今日のエスコートは本当にエイドリアン様がするのでしょうか?」


 「そのつもりだよ。どうして?」


 「ミーシャ様は治癒魔法でとても注目されてますし、その周りは彼女との仲を見て、あらぬ噂を立てます。今日のエスコートをすれば、益々噂は大きくなるでしょう」


 「その噂ってのは側妃のことだよね?」


 「……はい」


 「……ジェシカ、噂は噂だ。周りが何と言おうと側妃だと騒ぎ立てようと最終的に決めるのは僕だ。ミーシャは幼馴染でその予定もないし、まだ君と結婚してから1年も経ってないのに側妃を迎えるなんてするわけないだろう?」


 「そうですが……」


 「エスコートぐらいで側妃が決定するわけでもないだろう?幼馴染が困っているんだ。助けるのは当たり前だよ」


 「……はい。いや、でも」


 「この話はもう終わりだ。既にお互い納得しただろう?それに、もう今から相手を探すのもできないじゃないか。君が気にするのは分かるけど、今言うべき事じゃないと思うよ」


 口調は優しいが、彼の雰囲気からこれ以上は話さない、そう言っているようで私は黙り込んだ。

 確かにタイミングが悪かったと思う。やはり、もう少し早めに彼へ話していたら良かった。


 扉が開き入場する。


 多くの人達の目に身体が強張る。何度経験しても、こういう大勢の場所は慣れない。ましてや、自分が王太子妃で注目される立場なら尚更だ。

 

 ちらっと周りを見渡せば、兄のオーラントやアンナが目に入った。その横にフロント子爵もいる。彼が正しかったのかもというフロント子爵に対する負い目と自分の愚かさに気持ちが益々落ち込んだ。


 王族席から階下の人々を見下ろす。

 ダンスを楽しむ者、歓談をする者、皆それぞれ楽しそうに時間を過ごしている。

 

 羨ましい。


 今更、自分の王太子妃という肩書きが身に余るものだと、自分には荷が重いと感じてしまった。

 これまで皆の期待に添えるように、がむしゃらで頑張ってきた。エイドリアン様の妻になりたくて、相応しい女性でいようと心掛けてきた。王太子妃になって、妻になれて嬉しいはずなのに、どうしてこうも心が満たされない日々を過ごしているのだろう。


 「ジェシカ、ちょっと行ってくるね」


 そう軽やかな足取りで入場門へと向かったエイドリアン様。行かないでと追いかけたいが、そんな醜態をさらす勇気もない。


 エイドリアン様の後ろ姿を追いながら、目の端にアンナがフロント子爵と楽しそうに踊る姿が映った。

 婚約もまだだから、相手探しも兼ねて休日にしたのだが、フロント子爵が終われば、なぜかオーラントと元気良く踊り始めているのを見て、荒んだ気持ちが和んでいった。


 (やっぱり、アンナは私の気持ちを軽くしてくれる才能があるわね)


 アンナを見つめる男性も少なくないが、フロント子爵を見つめている女性も多い事に気付いた。

 2人とも美男美女だから、どちらも婚約していない今、チャンスを狙っているのだろう。


 アンナは元気いっぱい楽しそうに踊り、フロント子爵は話しかけないでオーラ全開の不機嫌さ丸出しだ。相変わらずの表情に可笑しくて吹き出してしまいそうになった。


 「ジェシカ、何か楽しいことがあるのです?」


 「王妃様、いえ特に……皆それぞれ楽しい時間を過ごしているみたいで良かったなと思いまして」


 「そう」


 階下がざわつく。


 エイドリアン様とミーシャ様が入場してきていた。


 なんて可愛らしい方なのだろう。身に纏うドレスがふわりと動く度に、ミーシャ様のハニーブランドの髪を引き立て魅了している。


 エイドリアン様にエスコートされ、そのまま国王陛下の前まで来て礼を取るミーシャ様。


 階下では好奇心旺盛な顔で見上げる人々。国王陛下との会話を一言も逃すまいと皆息を潜めている。


 「ウォルス伯爵令嬢よ。此度の活躍、私の耳にも届いておる。我が息子、そしてその臣下達の命を救ってくれた礼を言おう。そして、褒美に何を其方は求めるか?何でも良いぞ、言ってみなさい」


 「陛下、私のような未熟者には身に余るお言葉です。ですが、エイドリアン殿下や他の方達のお役に立ててとても嬉しく思っております」


 「顔を上げなさい。あぁ、幼い頃の面影があるが、とても美しく成長したな」


 階下でひそひそと囁く声がする。


 「そ、そんな、とんでもございません」


 「父上、あまりミーシャを困らせないで下さい。ただでさえ緊張しているのですから」


 エイドリアン様がミーシャ様を見つめて言う。それに対してミーシャ様も視線を合わせ、見つめ合う2人。益々、ひそひそ声が強くなっている。


 「うむ……まだ1年も経っていないものな……ミーシャよ、何を求める?言ってみなさい」


 陛下の呟きを拾った私は胃に石が落ちたように気分が重くなった。

 ミーシャ様が考えるように下に向けていた顔を上げる。皆、彼女の言葉を静かに待っていた。


 「私は……このまま治療室で働く事を望みます」


 「なんと」


 「このまま勉強をして、ゆくゆくは治癒魔法師として皆の役に立てればと思っておりますので。それが望みです」


 階下では感嘆の声と安堵の声がひそひそする人々の中から聞こえてきそうだった。


 「うむ、そんな事で良いのか?もっと、こう……」


 「はい、田舎者の私にはここ王宮で働けることこそ、十分な褒美でございますので」


 「うーん、そうか……まぁ、それは追々で良いか。うむ、よし分かった。ミーシャよ、今後とも治療室をよろしく楽しぞ」


 「では、もう良いですね。父上?」


 エイドリアン様はそう言うと、ミーシャ様をエスコートしてダンスフロアへ降り、2人で踊り出した。


 妻の私を差し置いて、幼馴染と踊る彼。


 そんな状況に誰が怒らずにいられようか。


 「ジェシカ。表情に気をつけなさい。感情を押し殺していつでも平然といるのです」


 イリス王妃が2人を見つめながら言う。


 「いいですか。王族の妻、どんな時でも気丈な態度でいるのです」


 分かりました、そういつもは答えるのに。言葉に詰まり出てこなかった。


 「……申し訳ありません、少しだけ席を外してもよろしいでしょうか」


 承諾を得る前に私は席を立ち、目立たぬように背後の通路からフロアを出た。フロアを出て階段を降りていけば、人気のないテラスへ出る。


 空気を吸う。肺に酸素が行き渡りムカムカしていた気持ちが少しすっきりする。

 テラスの手すりへ寄りかかる。これからも、ずっと、この窮屈な世界で生きていかなければならないのだろう。

 

 理想の王太子妃として自分を繕い、言われるままに生きていく。我慢することも多くても、愛する夫のためなら平気だったはずなのに。

 ミーシャ様の存在が、私の心を乱していく。

 エイドリアン様の心は、より遠ざかっていく。


 言いたいことも言えない自分が嫌いだ。


 空を見上げれば満点の星空、荒んだ心にはだいぶ眩しくて下を向く。


 「窮屈だわ……」


 またムカつきが出てきて、ずるずると手すりをつたい、座り込んだ。腕に頭を乗せれば幾分かましだった。

 こんな姿を見られれば、淑女失格だと騒がれそうだが、ここには誰もいない。


 呼吸を繰り返して気持ち悪さを逃していく。


 「……ふっ、うぅ」


 気持ちも身体も、辛い。


 その時、フロアから漏れる光に人影が映り、はっとした。


 「……ジェシカ妃殿下……?こんな所で何を、」


 慌てて目元を拭うが、恐らく見られただろう。


 「何でもないのです。フロント子爵こそどうされました?」


 慌てて立ち上がろうとして目眩がする。


 「私はアンナを探しに……大丈夫ですか!?」


 フロント子爵が駆け寄り身体を支えられる。こんな所、誰かに見られたら今度は私が噂の種だ。フロント子爵にも迷惑がかかるのは避けなければ。


 「大丈夫、ただの立ちくらみよ。もう戻るわ」


 彼から離れて歩き出すが、どうも調子が悪い。

 このまま部屋に戻りたい。


 また胃の底から何かが込み上げてきて、咄嗟に手で口を覆った。しかし、間に合わずに手の間から先程飲んだ飲み物が垂れ、床へ落ちた。


 「うっ」


 駄目だ。立っていられない。

 その様子を見ていたフロント子爵が、素早くハンカチで私の口元を覆いながら言った。


 「……ジェシカ妃殿下、もしかして、」


 彼の声が掠れている。

 

 口に手を当てながら、ハッとした。

 そういえば、月のものが来ていない。


 「……エイドリアン殿下を呼んで、来ます」


 立ち上がる彼の手を掴む。


 「駄目よ。今呼んだら目立つもの……アンナかアマンダを呼んで頂戴」


 「わかりま」


 「そこで何をしているのです!?」


 あぁ、なんてタイミングの悪い。


 「……ガーディン侯爵令嬢……」


 よりによって、彼女に見られるとは。

 テリア・ガーディンに。


 


 


 

 


お読み頂きありがとうございます。

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