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12.兄と私


 「なんですか、それ!?エイドリアン殿下も酷いですね、抱いた後にそんなお願いしてきたんですか?」


 アンナが鼻息荒く怒りの声を出す。

 そわそわ昨夜の結果を気にしていた2人に、一連の出来事について話したのだ。

 エイドリアン様からしたら、何でも筒抜けだと思うかもしれないが、1人で悶々と考え込むには、今の私には耐えられなかった。


 「それで、ジェシカ様は何とお答えに?」


 「……仕方ないと思って、承諾したわ」


 「なんでですか!?ジェシカ様は優しすぎます。そこは、妻の私を優先しろと拒否すべきです!一介のただの令嬢が、幼馴染だからと王族のエスコートを得るなんて、しかも既婚者の!!ミーニャだかミーヤだか知りませんが、治療室で働いているのなら、そこで知り合いを作れるでしょうに、パートナーなんていくらでもいますよ」


 「だからじゃないの?まだ婚約者のいない治癒魔法で注目されている彼女だから、下手に誰かを選ぶ事ができないのよ」


 アマンダの言う事も最もである。


 「で、でも……」


 こうなれば、アンナはしばらくこんな感じだ。それを知っている私達は目で合図し合い、アマンダは茶の準備をしに出て行く。


 「事前に相談して下さっただけ、良かったのかもしれないわ」


 自分で言ってみて納得する。知らずに2人の入場を見てしまった時の方がショックが大きかっただろう。


 「で、でもぉ……」


 「アンナ、怒ってくれてありがとう。私は大丈夫よ、こんな事でいちいち嫉妬していられないわ」


 私も昨夜泣きたいだけ泣き、2人に吐露した事でだいぶ落ち着いてきた。それに、アンナが代わりに怒ってくれているからか、冷静に考えられるようになった。


 そうだ。こんな事でいちいち嫉妬し悲しんでいたら、側妃を迎えた日にはもっとダメージが酷くなるだろう。正妃として、堂々としていなければ。

 私達は恋愛結婚ではない、求めすぎてはいけないのだ。

 理想の妃でいるために、平然としていなければ。


 「うぅ」


 アンナが悔しそうに唸る。


 「大丈夫だから」


 まぁ、半分嘘であり強がりもあるが、こうでも言っていないと怒りと悲しみでおかしくなってしまいそう。


 嫌いになれれば楽になるのに。


 「そ、それでも私はジェシカ様を泣かしたエイドリアン殿下を許しませんからっ」


 「誰が泣かされたんだ?」


 「わっ!!」


 「お兄様……入る時ぐらい声をかけるかノックをして下さい」


 「そうですよ、乙女の部屋にのこのこ入ってきて。応接室と言えど、王太子妃相手なのに」


 「こっちは何度もノックしたし、声もかけたぞ。なぁ、リオン?それに、来るって連絡して、ここで会う約束してたろ?そっちが、話し込んでたんじゃないか」


 全く気付かなかった。アンナとの話に集中しすぎていたのだ。

 オーラントから会いに行くとあの日言われて、それが本当に来たのだが、半信半疑だったため完全に忘れていた。それに、約束の時間よりだいぶ早い。


 「まぁ、1時間早めの訪問だがな、何事も1時間前行動だ」


 「せっかちにもほどがある。時間という概念がお前にはないのか」


 「遅刻という概念もないぞ」


 「いや、どう言う事だ全く……申し訳ありません、ジェシカ妃殿下。私が止める前に」


 「兄が暴走したのでしょう?いいです、慣れてますから」


 そう言い笑えば、フロント子爵の眉間に更に皺ができた。

 この人はなぜ、私と話す時は不機嫌そうなのだろう。ちょっぴり、苦手だ。


 「それで?誰が誰に泣かされたんだ?」


 「乙女の会話に首を突っ込まないで下さいますか。カルティアン侯爵様」


 「大事な妹の事なんだ。お前こそ首を突っ込むな」


 そう言ってアンナの頭をオーラントが小突く。

 

 「なっ、子供扱いしないで下さいませ。女性に容易く触れるなんて失礼ですよ!」


 「あのチビが何を言ってるんだか」


 「私はもう立派な大人の女性です!」


 アンナがぷんぷん怒っている側で、私は不思議な気分でその様子を見ていた。

 兄とフロント子爵の仲は知っていたが、アンナとも仲良さげな様子は初めて見たからだ。


 オーラントがアンナをからかう中、フロント子爵が言った。


 「どっちも似たもの同士、気が合うんでしょう」


 この2人は似ているのか?いや、すぐに感情を表に出して分かりやすい所なんかは似ていると思うが。

 でも、なんだか可笑しくてずっと見ていられそう。


 いつの間にかアマンダが戻り、茶の準備をしていた。しばらく、その音を聞きながら私は2人を穏やかな気持ちで見ていた。


 エイドリアン様の事は、不思議と頭から消えていた。





 「ふーん。それで、お前は承諾したわけだ?」


 結局、昨夜の事を話すハメになった。勿論、ベッドでの話は伏せて、だ。


 「はい……仕方のない事だと思いまして」


 「ふーーん」


 聞いておいてその反応は、なんだかもやっとする。


 「まぁ、ジェシカが納得しているならそれでいいけどよ」


 「……ええ、まぁ」


 無理矢理納得をしなければ、湧いてくる色んな感情の処理ができないのが本音なのだ。


 「相変わらずだな、ジェシカは」


 「何がですか?」


 「昔からそうだ。何か不満があるのに溜め込んで言わず、かと言って隠すのが下手なんだ。文句があれば言えばいいのに、な」


 「それは……」


 「今回だって殿下に不満があったんじゃないか?それをまた飲み込んでるんだろう?」


 「それのどこがいけないのですか?それで丸く収まればいいと思ったのです」


 そうだ、私が我慢しさえすれば何も問題ない。


 「でも、そうやって悶々と考えて引きずってるじゃないか」


 「そんな事は」


 「いいや、そうな事ある。不満を言えばいいのに言わず、そう顔には出る。けど、こっちはお前がどうして欲しいのか全く分からないんだ」


 「……?」


 私のピンときていない表情を見て、オーラントは溜息混じりに言った。


 「いいか、ジェシカ。文句でも不満でも自分の気持ちは言わないと伝わらないし、こっちはお前の本音を知らない。そうすれば、どう相手していいか分からなくて困るんだ」


 あ……。


 「何でも飲み込んで相手にいい顔していれば、それはそれでいい奴として扱ってくれるだろう。だけど、本音で話さない限り、それ以上の仲にはなれないし、きっと、相手もお前の扱いに困っているだろう……俺だってそうだ」


 「……お兄様、も?」


 「そうだ。今回の事だって、悲しければそう言えばいいし、腹が立ったならそう言えばいい。そしたら、それに応じて俺だって手を貸せるし、アドバイスもできる、かもしれない。まぁ、そこは自信ないが……」


 「けど、不満を言って相手を怒らせたら?」


 嫌われたら……?


 「そこ、重要か?気にするとこか?」


 「……気になるわよ。だって」


 人から嫌われるのが怖い。必要とされないのが、怖い。今だって、こんな考えをしている自分が情けなくて、言えないのだ。情けない奴だと知られて、見放されたくない。


 「嫌われるのが怖い、人からどう自分が思われるのか気にしすぎて言えないんだろう?」


 「……」


 「なぁ、ジェシカ。お前が大切にしているものはなんだ?人からの評価か?」


 これまで、そう生きてきた。周囲からの期待に応えようと生きてきた。


 「そう、生きてきたわ。これからも、そう生きていかなければならないの」


 「ジェシカ様……」


 アンナが泣きそうな顔をしている。なぜだろう。


 フロント子爵は相変わらずしかめっ面だ。この方はなぜ、こんなにも不機嫌そうなのだろう。


 「そうか……うん、そうか……」


 「そういうお兄様は?何を大切にしているの?」


 「俺か?俺は信念だ。自分の信念、それだけは譲れないな」


 信念?


 「っくく。ほら、また意味分からないって顔、丸わかりだぞ」


 咄嗟に頬に手を当てた。そんなに分かりやすいだろうか。


 「まぁ、そうだな。俺は俺がやりたいようにするって事だ」


 「今も昔もそうしているじゃない」


 「あぁ、そうだ。俺は自分の信念があるから、人から嫌われようと悪く思われようと何とも思わない」


 「難しいわ」


 「まぁ、そうだな。うん、例えばだ、俺が間違っていると思う事を、こいつがしたとして。それを注意してこいつに嫌われたとしても、俺は変わらずリオンが好きって事だ。リオンが俺を嫌ってもな。ここ重要」


 オーラントがフロント子爵の肩に手を回しガッと絡みつく。


 「語弊の生まれる言い方をするんじゃない」


 オーラントの手を離しながら言うフロント子爵。だいぶ、迷惑そうだけど大丈夫?お兄様。


 「嫌われてもいいってこと?そんな、悲しくないですか?」


 「悲しくないと言ったら嘘になるな。けど、俺は俺が正しいと思う事を伝えるし、それで、嫌われても信念があるから平気ってこと」


 人から嫌われて平気な事ってあるの?


 「それは、お兄様が特殊なのよ。私は嫌われても平気なんて……思えないもの」


 「まぁ、大抵の人はそうなのか?これは、俺の基準で話しているから分からないが。まぁ、あれだ。大切な人の間違いを嫌われてまでも指摘するか、嫌われるのを恐れ間違いを容認するか……何でも許すのが優しさってわけじゃないし、その人のためになるのか分からないって事さ」


 「……難しいわ」


 「まぁ、頭の隅に置いてもらったらそれでいい」


 それは、私がなんでも容認してなんでも飲み込んでいるのが優しさではなく、その人のためになっていないと言いたいのか。

 でも、間違いも許し包み込むような優しさを持つのが女神のような女性ではないのか。それが、私がなるべき妃の姿ではないのか。


 「あー、うん、いや、すまない。こんな事を言いに来たんじゃないんだ、うん」


 先程の説教じみた様子から一変、今度はなんだかオーラントらしくない、たどたどしい様子で話し出した。


 「この前、お前があの場の指揮を取ったろ?その、なんだ、急だったのに上手く采配できてたのは驚いたんだ」


 「あ、そうでしょうか……?」


 「あぁ、意外だったというか……いつも必死に机にかじりついていただろ?だから、俺は勝手にお前がマニュアル通りの事しかできないと思っていたんだ」


 「それは、」


 「オーラント、はっきり言えよ」


 「うるさい。まぁ、なんだ、俺が言いたいのは、うん。よくやったよ、感心した」


 褒められてる?


 「お前に対応能力があったのは知らなかった。意外と窮地に立つと動けるタイプなのかもな」


 うんうん、と自分で言い自分で納得しているオーラント。まさか、褒められるとは思っておらず拍子抜けした。

 私が戸惑っているとフロント子爵が話した。


 「オーラントの言う通りです。きっと焦りもあった事でしょう。ですが、妃殿下の采配で殿下方の治療を進めることができ、無事に帰ってくる事ができたのです」


 「私もそう思うのですよ!あのミーニャという女が注目されているけど、それも妃殿下あっての事だって」


 「ミーシャだ、アンナ。失礼だぞ」


 フロント子爵の嗜めにアンナはふんっと顔を逸らす。まだ魔道具のことを根に持っているのだろうか。

 アンナが可笑しくて、褒められたのが嬉しくて少し気分が上がっている私の傍らで、オーラントが思い出したように話した。


 「あぁ、そうだ。これも言っとこうと思ってたんだが。ウォルス伯爵令嬢の事なんだが……そいつには気をつけろ、ジェシカ。直感だが……なんだか胡散臭い匂いがする」


 説教から褒められ、今度はミーシャ様を警戒しろと言われ私の頭はついていけずに、皆の顔を見た。珍しくアンナが真剣な顔をしていたから、更に動揺したのだった。

 

 

見て下さりありがとうございます。


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