10.直感
読んで頂きありがとうございます!
「エイドリアン様、こちらへ横になって下さい」
そう言いながらエイドリアンを誘導するミーシャと呼ばれた女性。それに対して親しげに答えるエイドリアン。
私は動揺からその光景を眺めるしか出来なかった。
一体、彼女は誰なのだろう。
妻である私が、すぐさま彼の横で手を握り声をかけたいのに、既にそれを行う彼女。自分の居場所を失った感覚に陥り、すぐさま否定した。
(きっと、治療を手伝ってくれた方の1人なのだろう。何もないわ、考えすぎよ)
気持ちを落ち着かせ、エイドリアンの側へ行こうとしたら、背後で2度目の転移魔法で残りの病者が運ばれてきた。
その者達は顔色は悪いが、自力で歩けていることにホッとした。
その背後で、オーラントがその場にどかっと座り、ポーションを2瓶まとめて飲み干した。
「さすがにこれだけの転移魔法は、身体にくるな」
「まぁ、そうだろう。妃殿下の判断に感謝しないとな」
そう言って大量の空の魔石を置き、フロント子爵もポーションを1つ開けた。
「お兄様、フロント子爵も無理をさせてしまい申し訳ありません。ありがとうございます」
「ジェシカ妃殿下、気にすることはありません。当然の事をしたまでです。それに、カルティアン侯爵においては、今の状態を楽しんでいる変態なので」
さらっと真面目な顔して悪口のような事を言うフロント子爵、その横で平然としているオーラント。
「ハイになればなるほど、気持ちいいんだよ。こうアドレナリンがどばっと」
「と言う事なので、こちらは大丈夫ですよ。ジェシカ妃殿下は……エイドリアン殿下のお側にいて下さい」
ちらりとエイドリアンの方を見て言うフロント子爵。私はその2人を見れずにいた。
「あの、えっと……彼女は?」
無意識に小声になっていた。フロント子爵が彼女を一瞥し話し出す。
「彼女はウォルス伯爵令嬢のミーシャ・ウォルスです。あの方が治癒魔法を使い治療に協力して下さいました」
「そう……なのね」
治癒魔法。誰でも使えるわけでもないし、一度に数人も回復させるほどの力の持ち主。つまり、彼女の存在は今後、注目されるだろう。
「フロント子爵、お疲れの所申し訳ないのですが、落ち着いたらでいいので、あちらでの経過を病者からも聴取し、報告書としてあげてください」
「勿論です」
「お願いします」
私はエイドリアン様の元へ向かおうと彼に背を向けた。なんだか、視線を感じてふと振り返れば、フロント子爵と目が合う。
しかし、彼はさっと視線をはずし、病者の介抱へと向かったのだった。
やはり、嫌われているのだろうか。
「ジェシカ。俺は、あーいや、妃殿下、私は」
「お兄様、今はいいです。誰も気にしないわ」
「すまん。俺は一度、官舎に戻って休息を取る。また落ち着いたら会いにいくから」
「……え?」
「じゃあな」
オーラントもエイドリアン様らを見てから立ち上がり、颯爽と扉から出ていった。
「珍しいわね、お兄様から会いに来るなんて、そんな人だったかしら?」
今まで妹の私のことなんか気にすることなく、突っ走っていた兄には珍しいその態度に呆気に取られていたが、気を取り直しエイドリアン様の元へ向かった。
「エイドリアン様、お加減は如何ですか?」
「あぁ、ジェシカ、だいぶ良いよ。そうだ、彼女はウォルス伯爵家のご令嬢、ミーシャだ」
「あ、私ったら挨拶もせずに失礼しました。ジェシカ妃殿下、初めまして。ミーシャ・ウォルスです」
彼女は慌てて立ち上がり挨拶をした。
「初めまして、ジェシカ・ルームスです。この度は皆の治療に手を貸して頂き、ありがとうございました」
「いえ、私はただひたすら皆さんが良くなればと祈ってただけで何も……」
「……?そう、なのでしょうか……?」
「ジェシカ、ミーシャはまだ治癒魔法の使い方に慣れてないみたいなんだ。けれど、僕たちを窮地から救ってくれたのは事実だよ。彼女も疲れているだろうし、休ませてあげて」
「そんな、エイドリアン様。私は大丈夫です、まだまだ回復には至っていませんので、続きを治療させて下さい」
「いいや、君は5人に対して魔法を使っている。今は感じてないだろうが、身体はきっと悲鳴を上げているはずだよ。君の身体が心配だから、休んでほしい」
「エイドリアン様……」
なんだろう、この2人の空気感。とても、間に入っていけない感じがして呆然と見ていた。そこに、アマンダとアンナが声をかける。
「ジェシカ様。王太子殿下のお部屋の準備が出来ましたので、そちらに殿下と共に移動しましょう。ミーシャ様は客室へご案内致します」
「で、でも……私、まだ治療を、」
「さぁ、ミーシャ様、私アンナが案内しますので、こちらですよ」
ミーシャ様が言い終わる前に、アンナがせかせかとミーシャ様の手を引き扉から出ていった。その様子をエイドリアン様は心配そうに見つめている。そんな彼を私が見つめる。
「エイドリアン様?」
彼の気を戻したくて声をかければ、エイドリアン様は、慌てて返事をする。
「あ、あぁ、ジェシカ。ごめん、なんだか、まだ疲れているみたいだ。部屋で休むよ」
それからエイドリアン様が部屋へ移動しベットに横になり、回復薬を飲んで寝息を立てるまで、私は側に寄り添っていた。
それだけだ。
エイドリアン様が私と視線を合わすことはほとんどなかった。