最終話 スクラップに出番はありません!
謎の破壊ロボット、デストロイヤーによる数々のテロ行為に人々は眠れない日々を過ごしていた。家を失い逃げ惑う人々、会社を失いハローワークに走る人々、東奔西走する正義ロボ。
巨大ロボットの癖に現代兵器に勝る破壊力で街の被害は甚大。生活基盤はズタボロだ。
デストロイヤーの脅威に成す術はないのだろうか。
……いや、希望はある。不安に震える必要はない。
破壊ロボットに対する正義ロボットが、力なき人々に代わって悪を討ってくれるからだ。
さあ、正義の名前を皆で呼ぼう。
正義ロボット、アイアースの名を――。
正義ロボという皮とコックピットを増設しただけのただの鹵獲機は役目を終えた。デストロイヤーの技術のリバースエンジニアリングが終わり、一から新造された正義のロボット、アイアースが運用開始されるまでの繋ぎでしかなかったのだ。
「ここの基地も来月までに閉鎖だってよ」
「俺にも配属命令が届いていた。全員、各地の基地にバラバラか」
手持ち無沙汰により、ハンガーの中でトランプゲームをこなしている整備員達。平時であれば鉄拳制裁ものであるが、今さら誰も咎めはしない。噂されているように基地の閉鎖は決まってしまっている。
いや、閉鎖が決まっていようと立つ鳥が跡を濁すようであればボーガンで撃ち抜いてやるところだ。けれども……整備するべき正義ロボ、ストラトスが修理不能となれば仕方がない。
「……これまでよく戦ってくれた」
正面装甲が破られた大きな裂傷。
メインモニターもビームで炙られて黒焦げ。
脱落した片腕はコード数本でどうにか繋がっている。
「足回りだけは無事だが、見た目だけか。あいつの操縦でなければ撃破されていた」
基地に帰還できたのはパイロットの技量によるものが大きい。本当ならデストロイヤーの新型により完全破壊されていたはずである。
「リベンジッ。リベンジさせて! あのブリキ野郎の動きの癖は掴んだから次は倒せるっ」
「お前なぁ、片腕を複雑骨折して入院中の癖にどうしてここにいる?」
「私よりも修理が遅いわよ、ストラトス。デストロイヤーが次に現れたらどうするの!」
「……アイアースが出撃するだろうさ」
アイアースのスペックはストラトスを遥かに凌駕している。それでいて生産性も高い。既に三機が実戦配備済みだ。
二日前にストラトスが敗北しかけた際にも、初お披露目となった一号機が颯爽と駆けつけて新型デストロイヤーを撤退させている。
「他人任せにするつもり?!」
「言いたい事は分かるが、ストラトスは修理不能だ。損傷が激し過ぎる」
「こんな惨めな最後なんて!」
損傷したまま跪く愛機を見上げて、パイロットは悔し涙を滲ませる。
誰も修理しようとしないから、と無事な方の手で工具を掴んでストラトスに近付くパイロット。術後に無理をし過ぎた所為で脂汗を浮かべて倒れかけたために整備員達に担架で運ばれてしまった。
人の少なくなったハンガー。
数少ない居残り組となった俺は、もう一人に問う。
「基地司令。ストラトスをアイアースの噛ませ役にしましたね。アイアースの登場タイミングがあまりにも都合良過ぎます」
「……力なき人々を守るための策は多数用意されるべきだ。命がかかっているのだよ」
「いつからご存じだったのです?」
「アイアースのロールアウトは数か月前には完了していた。以後は慣熟訓練を続けて機会を伺っていたが、ストラトスの活躍により登板は随分と遅くなった。……私を裏切り者だと思うかね?」
「どうでしょう。少なくとも、基地存続のために無理難題をさせられた記憶はあります」
鼻だけで笑う基地司令はハンガーから去っていった。彼の背中は小さく見えたが、きっと健康診断でメタボ判定を食らってダイエットでも始めたのだろう。
一人残された俺はスクラップな正義ロボと向き合う。
「お前とも長い付き合いだったな」
水銀灯っぽい見た目の環境配慮のLED照明を落として、俺もハンガーから立ち去った。
アイアースのみでの二回戦。
新型デストロイヤーとの再戦は基地閉鎖の翌日に行われて……アイアース二号機の完全敗北で終わった。
デストロイヤーの性能をアイアース推進派は見誤ったのである。
その日の午後に実施された復讐戦ではアイアース一号機、三号機が同時投入される。しかし、新型デストロイヤーは苦もなく二機の拙い連携を跳ね返す。三号機は沈黙。一号機はどうにか撤退できたものの修理に相当の時間がかかるという凄惨たる結果だ。
「どういう訳だッ。最新最強のアイアースが負けるなど、あってはならん!」
「ストなんとかというロートルにできていた事がアイアースにできないはずが……」
拳で重厚な天板が叩かれる。
「ストラトスです。ロートルでもストなんとかでも屑鉄でも、クソ忌々しいメタボロットですらありません!」
「い、いや、誰もそこまでは言っていないが……お、落ち着いて、なっ」
静まり返った会議室。
大事な緊急対策会議の場を拳で一喝した基地司令は、真理を口にした。
「デストロイヤーとの戦いに必要なものは性能の高い新型ロボットなどではありません。正義の心なのです!」
「新型ロボットの高性能な部品かっぱらってきたぞ、てめぇら。ヒャッハーッ」
正義の心なんて一かけらも含まれていない言葉に、全員が拍手した。
「整備田中、よくやった!」
「俺なんかアイアースの修理キットを盗……運んできたぜ」
「戦闘地帯を偶然通りかかった時にアイアースのもげた腕が落ちていたぞ。勿体ないから貰ってきた。ストラトスに使えねぇか?」
閉鎖されたはずの基地のハンガーは大盛況だ。各地に転属されたはずのスタッフ全員が古巣に舞い戻った結果だ。
土産として新基地より無断で持参したアイアースの装甲板や電子装置、一台数億の整備機械まで用いて急ピッチで放置されていたストラトスの復旧を試みている。
「み、皆、どうしたのよ」
「遅いぞ、メインパイロット!」
「あれから熱を出して寝ていたから。いや、私の事はともかく、皆どうして?」
「ストラトスがここにあるからだ。お前も手伝え。デストロイヤーは既に動き出している」
破損したコックピットの中から壊れたディスプレイをもぎ取っていると、片腕をキプスで固定した状態のパイロットが顔を出す。丁度良いので彼女にも手伝わせる。
「まあ、スクラップ同然という事実は変えようがない。修理で誤魔化し動かせるのはたった一戦。三分も動けば御の字だろうな……もちろん、倒せるよな?」
「何言ってんの。当然じゃない!」
「よく言った」
デストロイヤーが市街地に侵入したとの警報が鳴る。
ツギハギ姿となった正義ロボは専用トレーナーに乗せられた。まだコックピット周りの修復が完了していないため、移動しながらの平行作業だ。
「座席までは間に合わないな、これ」
「だったらアンタが椅子になって。ついでに片腕も固定して」
「仕方がない」
新型デストロイヤーと接敵する正義ロボ、ストラトス。
戦いの結果は、圧勝で間違いない。
“ようこそ、こちらはストラトス。正義を行いましょう”
長らくお付き合いいただいた「正義ロボ・ストラトス」は本日で最終回です。
2クールに渡る応援ありがとうございました(ん?)
長期休暇に丁度、バンダナコミック様の小説募集がございましたので、作者も参加してみました。