第十八話 エネルギーが足りません!
謎の破壊ロボット、デストロイヤーによる数々のテロ行為に人々は眠れない日々を過ごしていた。エネルギー施設破壊による大停電、海上輸送するタンカーの転覆、太陽光パネル剥がし、乾電池強奪。
未知なるエネルギー源で無尽蔵な破壊を繰り返す。生活基盤はズタボロだ。
デストロイヤーの脅威に成す術はないのだろうか。
……いや、希望はある。不安に震える必要はない。
破壊ロボットに対する正義ロボットが、力なき人々に代わって悪を討ってくれるからだ。
さあ、正義の名前を皆で呼ぼう。
正義ロボット、ストラトスの名を――。
「……ちょっとー。スマフォの充電ケーブルがコックピットに欲しいって言ったじゃない。小型冷蔵庫も!」
「そんな贅沢な事を言っていられる状況じゃねぇ。ストラトスのピンチだ」
正義ロボの基地は現在、ピンチに陥っている。その証明に正義ロボが鎮座するハンガーは照明が落とされて暗い。パイロット女が手に持つスマートフォンが一番の光源になってしまっている。
デストロイヤーによる襲撃か。
昨今のエネルギー施設襲撃による余波か。
いいや、もっとそれ以上の理由だ。
『――基地司令の命令です。持続可能な社会実現のため、当基地はISO14001を取得します。エネルギー削減にご協力ください。ご協力ください』
基地司令の馬鹿野郎。デストロイヤーに踏み潰されてしまえ。
「不要な電気の使用をやめるように。そこ、トイレの照明も消したまえ。そっちはパソコンのモニターが点いたままだぞ」
恰幅のいい基地司令が施設を巡回して、基地司令とは思えない細かな指導を行っている。あの人、暇なのだろうか。
「暇であるものか。事態は想像以上に緊迫しているのだよ」
「環境保護がですか?」
「そうだ。電気、ガス、ガソリン、様々なエネルギーを当基地は使用している」
「三十メートル級のストラトスを整備するには重機を使いますし、未知の機体解析には高性能な計算機を使います」
「その通りだ。が、だからエネルギーを浪費していいという免罪符にはならない」
……このおっさん、どうした。
言っている事に間違いはないが、対デストロイヤー基地で騒ぐのは間違っている。車が石油を消費して動いているのが環境に悪いからと、石油製品の服を着て道路を肉壁で封鎖する類の思想に目覚めたのか。
「世間の目だよ。正義を行う我々が、将来の地球環境を蔑ろにしていると叩かれている。叩かれる事自体は慣れたものだが、今回はスポンサーよりクレームが入った。必要な対策が行われなければ資金提供を即時停止するとな」
「無茶苦茶な! 我々を脅してもデストロイヤーの得にしかなりません」
「デストロイヤーと最前線で戦う君達にとっては理不尽だろうが、民意のない正義は正義ではない。協力して欲しい」
基地司令が頭を下げている。
そこまで言われると個人の我儘で否定し辛いものがある。
正直、未来のために今を犠牲するやり方は賛同できない。今も未来も等価であり、地球環境保護もデストロイヤーからの人々の保護も等しく取り扱われるべき問題だ。
正義ロボを整備する機械を停止して、もし、デストロイヤーに敗北してしまったら。はたして、誰が責任を取る。
「我々だ。デストロイヤーに敗北したならば、正義たる我々の責任以外にありえない」
「理不尽な言葉ですね、正義とは」
「世の中、理不尽ではない事などそう多くない。我々まで理不尽な生き方をする必要はなかろう」
運動不足でぽっちゃりしている癖に、ちょっと基地司令が格好良く思えてきた。
「一パーセントだ。先月比一パーセントのエネルギー削減でいい。それでスポンサーを説得できる」
「一パーセントですか」
効率を維持したまま一パーセントの削減。言う程に簡単ではない。食事量を減らして体重を維持するくらいに難しい。
けれども基地司令も我々と同じ正義の仲間だ。彼の一助となるのであれば、まあ、頑張ってみるか。
「よろしく頼む!」
基地が持続可能な社会に目覚めて数日経過した。
デストロイヤー迎撃に出向いていた正義ロボが基地に戻ってくる。整備班は総出で出迎えて各種整備を開始だ。
「よくやったな」
「デストロイヤーごときに負けないつもりだけどね」
「敵の性能が明らかに上がっている。それで勝つのだから流石だ」
「性能よりも頻度が。これだと痩せちゃいそう」
パイロットの奴、勝気な発言は変わらないものの疲れているのだろう。休憩室に向かって一直線である。
それも仕方がない。デストロイヤーは昨晩も現れたばかりなのに今日も現れた。その前は三日空いたが、一週間に何度も出現するのは異常だ。先月までは多くても週に一度の出現だったというのに、実に忙しない。
「ねぇっ! 冷蔵庫が止まっているんですけど!」
休憩室に去ったはずのパイロットが不満げな表情で戻ってきた。手には常温の缶ジュースが握られている。
「冷蔵庫の電気コード、抜けていたわよ」
「基地司令が抜いたのか。おかしいな、パイロットの福利厚生はケチらないように伝えていたのに」
最前線で体を張るパイロットを労わるのは当然だ。そこは絶対にケチってはならない。彼女のコンディション一つで街が滅ぶ。
抗議のために基地司令の部屋へと出向く。
「冷蔵庫を止めなくても、作業改善で削減目標は達成しているはずです」
「何を言っている。先月比で五パーセントもエネルギー使用量が増えているぞ」
ん? どういう事だ。手順見直しや古い機材を最新型に交換するなどの改善によってエネルギー効率はかなり上がったはずだ。なのに、先月よりも使用量が増えている?
「……それは出撃回数が増えているからでは? 一回の出撃ごとであれば効率的になっているはずですが」
「だが、増えているではないか?」
「敵に言えよ、敵にッ!!」
まさか、デストロイヤーの出現頻度が倍以上になっているのに、なお、使用総量を減らせというのか。
終わったな、正義。
基地司令が何本機器の電源ケーブルを抜いたとしても無理がある。
「どうして無人の部屋でクーラーを付けている。消しなさい」
「サーバー室の空調を切りやがった奴はどこに行った?! ソイツを熱暴走したメインフレームの鉄板で焼肉にして食ってやるッ」
「技術太田を誰か止めてくれ?!」
太陽光パネルも屋上に敷き詰め過ぎて置き場がない。だというのに、デストロイヤーの襲撃回数が多過ぎてエネルギーを補い切れない状況だ。
消灯したハンガーで項垂れる一同。民意によって正義が裁かれるというのであればそれも運命だ。座して受け入れ、人類滅びろと歌おうではないか。
どうせデストロイヤーの性能は上がり続けていた。いつか敗れるのであれば、今、敗北しても同じだろう。
「辛気臭っ。冷えたコーヒーでも飲んでしっかりしなさいよ」
頬にキンキンに冷えたスチール缶の肌触り。通りかかったパイロットが押し当ててきたレイコーの感触である。
「レイコー、だと?」
「誰よ、その女っ!」
煮えた頭に丁度良かった訳だが……あれ、この基地にある冷蔵庫はすべてコンセントと接続されていない。どこで冷やしたのだろう。
「ストラトスのコックピットで。前にお願いしていた小型冷蔵庫」
「言っていたな。……エネルギー消費量が増えてしまっても、もういいか。小型冷蔵庫の一つや二つ」
「冷蔵庫くらいでストラトスの出力、落ちないって」
正義ロボのコックピットに接続された小型冷蔵庫。電気の供給元は正義ロボの謎リアクターらしい。
三十メートル級の巨大ロボットを稼働させてなお十二分な余力を残したリアクター。ブラックボックスの一つであるため、我々の科学技術ではコンセントを増設するのが限界だった品物だ。
ちなみに正義ロボ。鹵獲後に何かしらの物体を補充していないのに一年以上、二十四時間動き続けている。
「電気メーターの増えないエネルギー源……発見だッ!!」
デストロイヤ―と戦うための正義ロボを基地の主電源にするなど正気ではない。が、未来のために今を犠牲にする事に今更、躊躇いはない。未来がよければそれでいい。
「私のストラトスにケーブルを接続しないで?!」
「違う。基地所有物だ」
その後、基地のエネルギー問題は劇的に改善し、目標値を達成する事に成功する。
基地の多くに電力を供給したというのに、正義ロボはまったくパワーダウンする事はなかった。