第七話 出撃できません!
謎の破壊ロボット、デストロイヤーによる数々のテロ行為に人々は眠れない日々を過ごしていた。無慈悲に破壊されるビルに橋、熱線で爆発四散する学校にコンビニ、ごぼう抜きされた電柱、踏み潰される郵便ポストに犬小屋。
巨大ロボットが通行しただけでもアスファルトは割れて車両の通行は不可能になる。生活基盤はズタボロだ。
デストロイヤーの脅威に成す術はないのだろうか。
……いや、希望はある。不安に震える必要はない。
破壊ロボットに対する正義ロボットが、力なき人々に代わって悪を討ってくれるからだ。
さあ、正義の名前を皆で呼ぼう。
正義ロボット、ストラトスの名を――。
「……うーん、何もしていないのに壊れちゃった。ストラトス」
「おい、てめぇ。何しやがった?」
デストロイヤー出現警報が発令されたというのに、一向に出撃しようとしやがらない我等の正義ロボ――地下鉄を踏み抜いて行動不能になった馬鹿なデストロイヤーの鹵獲機。全長三十メートルに達する巨体をよじ登るために、飛行機のボーディング・ブリッジに似た機械を稼働させてコックピットへと急いだ。
閉められていないハッチの中で、液晶ディスプレイをつんつんしているパイロットがいた。お前、遊んでいないで勇ましく出撃してこいよ。物を壊すのは得意だろ。
「だから、壊れちゃったって」
「壊れていねぇよ。ログオン画面が出ているだろ」
「でも、パスワードを入力しても動かないんだって。……ほら」
耐Gスーツを着たパイロットがぽちぽちっと液晶をタップする。
“エラー。ユーザーID、または、パスワードが間違っています。残り四回で二十四時間ロックされます”
「ほら」
「ほらじゃねぇ! パスワード間違えてんだよ!」
「間違えていないって……ほらー」
“エラー。ユーザーID、または、パスワードが間違っています。残り三回で二十四時間ロックされます”
「残り少ない入力回数を減らしておいて悪びれていないお前がホラーだっ」
怖い。さすがは破壊ロボに有人兵器で挑む女だ。真夏に一日常温で放置した弁当を平気な顔で食うだけの事はある。
「パスワードは何だ? 入力しないで言葉で教えろ」
「えーと、123456789だったと思う」
「だから怖ぇって。今までそんなアホなパスワードだったのかよ、ストラトス」
単純過ぎて打ち間違えとは思えない。鹵獲しただけのよく分からない機動兵器でデストロイヤーと渡り合っているだけあって、パイロットの腕だけは良いのだ。キー入力ミスを繰り返しているとは思えない。
「……そういえば、最近セキュリティ強化のお達しがあっただろ」
「ISO9001が何とか、かんとか」
「それだ。数字だけのパスワードは禁止になったはずだ」
「あー、あーっ!」
あー、じゃねぇ。
最近、パスワードを更新した癖に覚えていなかったな、お前。
「新しいパスワードは?」
「んー、自信がない。……あ、やっぱり違う」
“パスワードが間違っています。残り二回で二十四時間ロ――”
「自信がないなら打ち込むんじゃねぇッ」
デストロイヤーが街へと迫っているのに未だに起動に手間取る正義ロボ。僅か二回となったチャンスを潰さないために確実な手段を取る。インカムで我々の最高責任者を呼び出した。
「――基地司令。緊急事態につき失礼します」
『何をしているのかね、君達! すぐに出撃したまえ!』
「ストラトスの起動パスワードを教えていただけないでしょうか?」
『パスワードだと?! 忘れたのかね。まったく、始末書ものだぞ。……123456789だ』
“パスワードが間違っています。残り一回で――”
「この基地の奴等はっ、どいつもこいつもちゃらんぽらんかっ?!」
まだ交戦していないというのに正義ロボは追い込まれた。インシデントで起動できないとなった場合、世間からどれだけバッシングを受けるか分かったものではない。
始末書で済めばいいが、パイロット交代などという事態は避けたい。コックピットで不満げな顔をしているコイツ、性格に問題はあっても腕だけは本当に良い。この女でなければ日々、強化され続けているデストロイヤーの猛攻を防ぐ事はできない。必ず犠牲が生じる。
「それだけは回避しなければ。どうにか思い出せないか?」
「複雑にした所為で覚えていないのよねぇ」
正義ロボの足元に整備員達が集まって騒ぎ始めていた。ハンガーに併設された開発室からも技術スタッフ等が不安げな顔でこちらを見上げている。
「ソフトウェアバグでありませんように、ありませんようにっ」
「鹵獲品で七割がブラックボックスだからなぁ」
「時給で働く正義に給料以上を求め過ぎた結果だろ」
お前等、もう少し本気で慌てろよ。
「パスワードを複雑にした時に、付箋に書いてここに貼り付けていたのだけど」
「付箋をディスプレイに?」
良し悪しは後にしよう。その付箋は見当たらない。どこにある?
「糊が乾いて剥がれちゃって、座席の隙間に落ちていった」
正義ロボのコックピットは全長の割にそう広くない。材質不明の正面装甲は削れなかった。そのため、背中にコックピットを増設したのだが、歩行の揺れに対処するジャイロシステムが思いのほか巨大で搭乗スペースに余裕はない。
車の中ですら椅子の下に落ちた物を拾うには苦労する。正義ロボの座席の隙間に落ちてしまった付箋を拾いたいなら、座席を取り外す必要があるだろう。
「整備田中、レンチを貸せ」
「ちょっとっ! まさか椅子を取り外すつもり? 今からだと出撃に間に合わないし」
「その出撃ができなくなっているからだっ! 現地まではトレーラーで運んで時間を稼ぐぞ。基地司令の許可は後にしろ。クレーン回せ!」
デストロイヤー出現ポイントまでの輸送時間、およそ十分で座席を分解だ。本当はメンテナンスハッチを開放したいが戦闘前に装甲板は外せない。狭くて仕方がないが搭乗員の出入口に頭から突っ込んでの突貫作業だ。手伝いでやってきた整備田中と開発杉田に足を掴ませて、アクロバティックな体勢で背もたれのボルトを抜き取った。
「ま、待って。椅子を取り外せても付け直す時間が――」
「――ないな。だから、不肖ながら俺が代理を務めよう」
尻を拭くために尻に敷かれるなど屈辱であるが、空気椅子ではデストロイヤーと戦えない。すべては力なき人々のためだ。嫌々ながら俺が椅子となってやろうではないか。
「嫌ならやめてよっ。私だって嫌よ!」
「作業の邪魔だ! 現地につくまで大人しくしていろ」
正義ロボを自縛するパスワードが書かれた付箋は、パイロットの申告通り座席の下にあった。現地に到着すると共に記号ありのパスワードを入力する。
“パスワード認証しました。ようこそ、こちらはストラトス。正義を行いましょう”
「こなくそぉぉっ!!」
俺が椅子となって開始した対デストロイヤー戦は、僅か三分で完了した。