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 黒い影がふたつ、窓の外に落ちていくのを見た。


 ――仕留め損ねた。


 ラズウェルは小さく舌打ちをした。


 部屋ごと吹き飛ばせば確実に息の根を止めることができたのだが、生憎とそこの床にクレアが倒れている。まさかここで、クレアごと吹っ飛ばすわけにもいかない。威力を抑えたのが仇になった。


 ラズウェルは素早く窓に駆け寄った。杖を突きだして、庭先を照らす。正門の方に駆けて行く影が、たしかに見えた。

 大丈夫、まだ追いつける。ラズウェルは目を細めて、逃げていく魔族を睨む。


「お兄さま、クレアさまが!」


 窓枠を乗り越えようとしたラズウェルの足が、ぴたりと静止した。振り返ったその視線が、血濡れのカーペットの上に注がれる。


 途中で置いてきたはずのリリアンが、いつの間にか戻っていた。血に濡れるのも厭わず、魔物の瘴気も恐れずに、クレアを膝の上に抱えている。


「リリアン、部屋に戻っていろと言ったでしょう」

「できませんと言ったはずです」


 ワインレッドの瞳が、まっすぐにラズウェルを突き刺した。


 こういうところは、リリアンの美徳だ。兄として何度誇らしく思ったかわからない。しかしいまは、リリアンの純真さがもどかしい。


 ここで引くわけにはいかない。

 よりによって魔族が、ロジャース家に侵入した。露見する前に潰しておかなくてはならないのだ。


「マーフィー嬢がいままであなたになにをしたか忘れたのですか。あの魔物も、おそらく彼女が――」

「それはクレアさまを見捨てる理由にはなりません!」


 リリアンが、きっぱりと言い切った。


 仰向けにされたクレアの顔は、一目でわかるほど青ざめている。リリアンがハンカチかなにかで腕の傷を縛ったようだが、その流血はまったく止まっていない。

 その上――。


(……瘴気の跡)


 傷のある方の手先が、黒く変色していた。魔物の瘴気に侵されている。


 ラズウェルがこのまま、逃げていった魔族の後を追えば、クレアは間違いなく死ぬ。

 リリアンは魔法の才に溢れているが、魔法を勉強しているわけではない。瘴気の浄化の仕方は知らない。ラズウェルにしかできない。


 ラズウェルは窓の外を見下ろした。すでに魔族の姿は宵闇に溶けて消えている。


「ラズウェルお兄さま!」


 リリアンが急かすように兄の名を呼んだ。声が震えている。大きな瞳いっぱいに涙が溜まって、その白い頬をすべり落ちた。


「いま、ここでクレアさまを見捨てたら……クレアさまを殺したのはお兄さまです。リリアンはクレアさまを殺したお兄さまを一生恨みます。お兄さまはそれでいいのですか!」


 リリアンが泣いている。


 しばしの逡巡。ここで魔族を見逃した場合のリスクと、クレアを見捨てたときのリリアンを天秤にかけ――。


(……私もつくづく甘い)


 結局、リリアンには勝てないのだ。


「リリアン、水と手ぬぐいを持ってきてください」


 ラズウェルは、クレアを選んだ。


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