屋敷からの景色
王宮からの使いが来たのは、次の日だった。
リリアンの返事を直接聞きたい、とアルバート自らがロジャース家を訪れたのである。
こちらの事情を顧みない行動力は、さすが兄弟といったところだろうか。
カインのときと違うのは、午後の訪問だったことと、ラズウェルが露骨な嫌悪を示さなかったことだろうか。
「手紙の返事もそうだけど、父上が言うんだ。リリアンと結ばれたいなら、知らなければいけないことがあるって」
アルバートは、だから聞かせて、とリリアンの手を取って微笑んだ。
ふたりの間に桃色の空気が流れはじめたのを感じ取って、即座にまとめて応接室へ放りこんだのはクレアである。
お目付け役として、ベサニーもついていかせた。本人はめちゃくちゃに嫌がっていたが、ここでまさかラズウェルに様子をうかがわせるわけにもいかない。そして、ラズウェルを放っておいたら、吸いこまれるように応接室へと突撃するに決まっている。
ラズウェルの監視はクレア、アルバートの監視はベサニー。適材適所である。
逆でもいいじゃないか、という意見は受けつけない。
「……なんだか、大丈夫な気がしてきたわ」
「そうですね……複雑……」
「諦めることね、ラズウェルお兄さま」
ラズウェルを屋敷の外に引きずりだしたクレアは、庭の一角で、午後のティータイムとしゃれこんでいた。以前ここでお茶をしたときとは、気の持ちようが全然違う。
ラズウェルを前にしても冷や汗が出たりしないし、お茶をひっくり返したりもしない。
途中で席を立って、逃げだすこともない。
彼に対する気持ちも、ずいぶんやわらかい変化を遂げた。
非常に不本意ではあるが。
(まさか、ロジャース家で落ち着ける日が来るなんて思わなかったわ)
ティーカップを傾けながら、クレアはしみじみと目の前の婚約者を眺めた。
絹糸のように細やかな白金の髪は、相変わらず肩のあたりでひとつにくくられている。最近、使われるリボンが薄いピンクから黒に変わった。
襟元には、水色のブローチ。
そんなもの、わざわざつけなくてもいいだろうに、なぜか彼は愛用しているようだった。
「そうだわ、ラズウェルさま」
「なんです?」
「これ、あげるわ」
クレアは細長い箱を取りだして、ラズウェルの方に押しやった。
「手袋ですか」
「残念ながら、リリアンからではないけれど」
王都で買ってから、いままですっかり忘れ去られていた。いつ渡すんだよ、とベサニーに放り投げられなければ、そのまま仕舞いこまれていただろう。
箱を開けたラズウェルが、ふ、と頬を緩める。
「ずいぶん派手なものを選びましたね」
「うるさいわね。気に入らないなら捨ててもいいのよ」
「まさか」
ラズウェルは、真新しい手袋に、指をすべりこませた。
「悪くない」
驚いたのは、贈ったクレアの方である。
「……使うのね」
「使いますよ、もちろん。この店、リリアンの紹介でしょう」
「そうだけど」
「貴女が自主的に私へのプレゼントなんて選ぶわけがありません」
「その通りよ」
「リリアンも一緒に選びましたね?」
「ええ」
それなら、半分はリリアンからの贈りものでもあるわけだ。
大真面目に言ったラズウェルを見つめて、数秒。
クレアは脱力して、ガーデンチェアの背もたれに背中を預けた。
リリアンからのものだと思えばこそ、彼は素直に身につけるのである。
(……なんだ)
少しだけがっかりした。
そして、がっかりした自分に衝撃を受けた。
「このシスコン野郎、変態」
「急に悪口言うじゃないですか。しかも変態って、どこがです」
「わたくしに口づけしたわ」
「まだ根に持っていたんですか」
ラズウェルが声を立てて笑った。心底楽しそうなのが気に入らない。クレアは紅茶をひと口含んで、乱暴にカップを戻した。
「顔、赤いですよ」
「は!?」
ぱっと頬に手をやる。
すぐに、「嘘です、そんなに赤くなってはいません」と馬鹿にした声が返ってきた。
本当に腹が立つ。
「自覚がある、と」
「ないわよ! 手袋を返しなさい、わたくしが燃やすわ」
ラズウェルが、手に履いた手袋をさっと庇った。
「嫌ですよ、もう私のものです」
エメラルドグリーンの瞳が細められた。
笑みを深めたラズウェルの薄い唇が、その手の甲に押しあてられる。
つまり、クレアがあげた手袋に。
今度こそ、クレアの頬に熱がともった。
「初めての、クレアからの贈りものですから」
あまりにもさらりと放たれた言葉に、ぐ、と言葉を詰まらせる。
本当に、こんなことになるとは思わなかった。
(ラズウェルさまに殺されないように半年後を突破して、婚約破棄をするつもりだったのに)
半年経ったって、もう婚約破棄なんてできないだろう。
しかし、殺される心配もない。
ふたりの間に生まれようとしているものは、殺意とは別の――もっと、対極にある感情だ。
「……悪くないわね」
抜けるような夏の青空は、そのままクレアの心を表している。
リリアンのことも、アルバートのことも、マーフィー家のことも、魔族のことも、まだ解決していないことはたくさんある。
それでも、ずいぶん久しぶりに、クレアの心は穏やかだった。
――悪くない。
もう一度心のなかで呟いて、クレアはその口元に、ほんのりと笑みを乗せた。
ここまでお付き合いありがとうございました!これにて第一部完結です!!!
評価や感想などなどお寄せくだされば嬉しいです~!!
まだまだクレアたちのこと追いかけてくれるよ!って方は、第二部の開始をぜひお待ちいただければと思います。ひとりも待ってなくてもとにかく第二部は書きます。直近ではないので一度完結ということにはしますが、まだ作中で解決してないことがあるからね……ここで完全に終わるわけにはいかんのですね……。
現代和風ファンタジ~~~~な新作『守り狐と蓮の花』もよろしくお願いします!ラズウェルさまみたいだけど、ラズウェルさまよりも優しい(?)美形な狐が出てきます。
それではまた!ありがとうございました!これからもよろしくお願いします!




