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 ただの兄妹愛だから、なおのことラズウェルの溺愛ぶりが気持ち悪い――。

 とは、言えずじまいだった。


 謁見の間の外から、足音が響いてくる。


「リリアン嬢、こんにちは」

「アルバート殿下!」


 ひょっこりと顔を出したのは、アルバートだった。彼の柔和な笑みは、それだけで場の空気をほころばせる力がある。


「そこで父上とすれ違ったんだ。それで突然、『王太子はおまえだ、アルバート』とか言われたものだから、なにがあったのかと思って」


 父上に聞いてもラズウェルに聞けとしか言われないし、と眉尻を下げた。

 クレアたちは互いに顔を見合わせた。

 代表して口を開いたのはラズウェルだ。


「私とリリアンの……血が、繋がっていないと知って、王族としてあるまじき発言をしました。クレアの婚約破棄の件といい、先日の舞踏会での醜態といい、カイン殿下がご自身で築いた評価の結果ですよ」

「ほかはともかく、なんだって? 君とリリアン嬢の血が繋がってない?」


 すっとんきょうな声を上げたアルバートは、口を開けたまましばらく静止した。その目はリリアンを凝視している。


 リリアンが、心地悪そうに視線をさまよわせた。先のカインの発言が彼女の頭をよぎっている。

 クレアにも、手に取るようにわかった。


「そう、だったのか。どうりで――」


 ピリ、とその場の空気が張り詰めた。ラズウェルが杖を握る手に力をこめる。

 よもや、アルバートまでもがリリアンを――。


「どうりで、ラズウェルと違って清らかな心の持ち主だと思ったよ。血が繋がっていないなら納得だ」


 アルバートは、顎に手を当てて何度も頷く。


 クレアも、ラズウェルも、リリアンも……揃って、ぽかんとした。


 はっと我に返ったラズウェルが、改めて杖を握る。その顔ににじむのは、カインに向けたものとはまた別の怒りだった。


「どういう意味ですか、殿下」

「そのままの意味だよ。リリアンの兄にしては、ラズウェルは性格が悪すぎると思ってたんだ」

「いくらなんでも正直すぎませんかね」

「……ふっ」


 うっかり声を漏らして、今度はクレアがラズウェルに睨まれた。


「クレア?」

「笑ってなんかないわよ」


 墓穴を掘った。

 そっと目を逸らしたクレアに、今度はリリアンとアルバートが噴き出す。


「ふたりは仲がいいね」

「本当に! 羨ましいです」

「殿下もリリアンも、お医者さまに診ていただいた方がいいわ」

「私がいい医者を紹介しましょうか」


 ラズウェルと声が揃った。

 そういうところだよ、とアルバートが声を立てて笑った。


 ◇ ◆ ◇


 アルバートに見送られて、クレアたちは帰路についた。


 武骨な格子の門をくぐり抜けると、手入れの行き届いた木立に入る。背後にそびえ立つ城壁が木々に隠されて見えなくなるのはあっという間だ。

 整備された道路は、毎日のように掃除がされている。馬車の車輪が小石を踏んで跳ねるようなこともない。


 静かな帰り道だった。


 クレアもラズウェルもリリアンも、アルバートというムードメーカーがいなくなったとたんに、誰も口を開かなくなった。考えていることはほとんど同じだろう。


 国王にも、カインにもリリアンが魔族であると知られた。

 では、アルバートはどうだろう。


 カインのようにリリアンを罵ったりしないだろうか。アルバートはそんなことをする性格ではないが、カインだってもとはリリアンが好きだったのだ。なにがあってもおかしくない。


 むっつりと黙った三人に、痺れを切らしたのはベサニーだ。


「誰かなにか言えよ。結局どうなったんだ?」


 彼女はこのなかで唯一、謁見の間にいなかった。誰も説明しなければ、事の顛末を知らないままである。

 クレアとラズウェルを見比べて、リリアンが口を開いた。


「ええっと、陛下にはご協力いただけることになった……みたいです」

「……まあ、間違いではないわね」


 本来ならそのための謁見だった。


 カインの介入で、リリアンの正体がばら撒かれるわ罵倒されるわラズウェルがぶち切れるわで、それどころではなかったが。


「陛下だけが協力的でも、あれだけの人数に知られてしまっては意味がありません。まさか王宮の使用人を処分するわけにもいきませんし、ましてや王太子なんて……」

「止めなかったら殺すところだったじゃないの」

「ちょっと待て、なんの話だ? まさかとは思うが」


 クレアは顔をしかめた。リリアンがぎこちなく頬を持ちあげて苦笑する。ラズウェルは眉根を寄せてため息をつき、窓の外に視線をやった。


「バレたのかよ!? しかも魔導士のいまの口ぶり、あの馬鹿王太子にも……?」


 沈黙は肯定である。

 おいおいおい、とベサニーは額に手をやった。


「大丈夫なのかそれ! 俺は? 俺はどうなる!?」

「心配するのはそこなのね……ベティの話なんて欠片も出なかったわよ」


 あからさまにほっとした顔をするベサニーを見て、クレアは畳みかけた。


「でも、今後のことを考えたらベティの正体も明かしてしまった方が、リリアンが孤立しなくて済むかもね」

「冗談じゃねぇ!」

「悪くない考えですね」


 ラズウェルも乗ってきた。「そうでしょう」といやな笑みを口に浮かべ、ふたり揃ってベサニーを見る。


「……本気かよ」

「おふたりとも、それくらいにしてください」


 止めたのはリリアンだ。


「わたしには、お兄さまとクレアお姉さまもいますから! ベティまでわたしと同じ場所に引っ張りだす必要はないですよ。味方がいるってだけで、十分です」

「わたくし、べつにあなたの味方のつもりは……」


 反論しかけて、クレアは口をつぐんだ。


 味方のつもりはない?


 本当にそうだろうか。


 ベティを犠牲にする先の発現だって、傍から聞いたら完全にリリアンのためを想ったものにしか思えない。怒り狂ったラズウェルを止めるときに口から飛びでた言い訳もそうだし、カインの邪推に悩んだリリアンに投げかけた言葉もそうだ。


 まさかクレアは、リリアンにほだされて――。


(……いや、いやいやいやいや、あり得ないわ!)


 全面的にカインが悪いとはいえ、リリアンがいなければクレアとカインの婚約が破棄されることがなかったのも本当だ。カインはリリアンに惚れていたわけだし。


(それはさっき、まるごとひっくり返ってしまったけれど)


 どれだけ嫌味をぶつけてもめげないどころか、クレアをお姉さまと呼ぶ強靭な精神も嫌いだった。なにをしても、クレアの気は晴れない。


(リリアンと話すたびに怒鳴っている気がするもの)


 その上、クレアがラズウェルに殺された原因である。

 いろいろ自業自得だということは置いておいて。


 おまけに、魔族の皇女ときた。知ってしまったせいで、クレアも酷い目に遭った。舞踏会の夜がいい例だ。兄妹喧嘩のことだってそう。

 いまだって、どう考えてもクレアが謁見に同行する必要はなかったのに、まるで当事者のように巻きこまれてしまっている。


 クレアは迷惑しかしていないはずだ。


(どこにほだされる要素が……!?)


「おい、どうしたよ、クレアサマ」

「いえ……べつに」


 不自然に黙ったせいか、リリアンもラズウェルもクレアに注目していた。いたたまれない気持ちになる。


「本当に、なんでもないわよ」


 ふん、とクレアは顔を逸らした。


 リリアンに対する心持ちが多少変わったからといって、それがなんだ。クレアはそのうち、ラズウェルとの婚約を白紙に戻して、彼らのもとを離れるのである。


(べつに、リリアンがどうなろうがわたくしには関係ないわ。ただ……ただ、いま、彼女が魔族だって世間に知られると、ラズウェルさまの立場も危うくなる。そうなると、婚約者であるわたくしだって、ただじゃ済まないのよ)


 そうだ、ぜんぶ保身のためだ。断じて、リリアンに心を動かされたわけではない。一時でも憎んだ相手である。絶対にあり得ない。


 クレアはむっつりと黙ったまま、木立を抜けて貴族街に移った景色を睨んでいた。


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