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 食事を終え、湯あみを済ませて、あとは寝るだけ――とはいかないのが、今夜の厄介なところだった。


(もう時間がないわ。とにかく行動を起こさないと)


 リリアン暗殺計画を止めるうまい術は、結局思いつかなかったのである。


 自室の質のいいカーペットの上を無意味に往復しながら、クレアは心を固めた。もうリリアンの部屋に押しかけるしかない。それから先は、体当たりでどうにかする。


「おや、どちらへ?」


 しかし今日のクレアはとことん運が悪いようだった。扉を開けた先に、ラズウェルが立っていた。クレアはその指に引っかけられた鍵を見て、それから彼の手にはめられた手袋を見る。まさか寝るときもつけたままなのだろうか。


「……レディに失礼なことを聞くのね」

「これは失礼しました」


 さっと脇に避けたラズウェルが、わざとらしい微笑を浮かべる。クレアは逃げるように行きたくもないお手洗いへ向かった。


 ひどいのは、戻ってきたときもまだ、ラズウェルが部屋の前に立っていたことである。


「なにか用かしら」

「いいえ、なにも」


 嘘である。なにもないわけがない。しかし、部屋の前でラズウェルを睨み続けても沈黙が続くだけだ。極上の笑みを浮かべたラズウェルと、クレアが黙って見つめ合う。


 ラズウェルは顔が良い。目の保養になる。しかし性根が腐っているので、見ているとクレアの目まで腐りそうな気がした。諦めて早々に退散することにする。


「用がないなら失礼するわ」

「おやすみなさい」


 部屋に引っこんだクレアが、扉を閉めたときである。


 がちゃん、と音がした。


「ちょっと、鍵をかけたわね!」

「深夜に屋敷をうろつかれるのは困りますからね。なにか企んでいましたね?」


 まさか、クレアが内心でずっとそわそわしていたのに気づかれたのか。悔しいが、クレアの見張りを口実に婚約をこぎつけただけはある。クレアのことをよく見ている。


「あなたねぇっ……」


 クレアはこみ上げてくるものを必死で呑みこんだ。ここで声を荒げても逆効果である。


「朝になったら開けてくれるんでしょうね」

「もちろん。食事の知らせついでに、侍女に開けさせます」


 それでは、と踵を返したらしいラズウェルの足音が、クレアの返事も待たずに遠ざかっていく。聞こえないのをいいことに、クレアは悪態をついた。


 悪いことに、この部屋の扉は外からしか鍵の開け閉めができないようにされている。すべての部屋がそうなのか、クレアの部屋だけがそうなのかは、わからないが。


「ふざけるんじゃないわよ。よりによって今日……」


 この際、明日以降の監禁なら甘んじて受け入れよう。しかし、今夜だけはだめだ。


「どうしようかしら……」


 もう今夜は、部屋を出ることができない。

 完全な詰み、だった。


「いいえ、諦めるのはまだ早いわ。リリアンに嫌がらせしまくってたときの精神力と行動力を思いだすのよ」


 クレアは視線を窓に向けた。さすがにこちらは、内側に鍵がついている。


「いちかばちか、ね」


 庭に降りて、どこかに潜んでいるはずの暗殺者を先に見つける。九割九分は失敗する無謀な考えだが、もう賭けるしか方法がない。


 素早く窓に寄って、ぱちん、と鍵を外す。

 ほぼ同時に、ノックの音が部屋に響いた。


「クレアさま、わたしです!」

「今度は妹の方……」


 クレアは鍵を閉め直して、窓際から離れた。


「入ってもいいですか?」

「無駄よ、さっきラズウェルさまが鍵をかけていったわ」

「お兄さまが? 鍵をですか?」


 お兄さまったら! と怒っているらしい声に次いで、鍵穴からぽろぽろと光がこぼれ落ちる。今度はなんだと鍵穴を凝視すると、かちゃん、と軽やかな音を立てて解錠した。


「お兄さまにはあとできつく言っておきますから、どうか許してあげてくださいね」


 口を尖らせたリリアンが、扉の隙間から顔を見せた。


(べつに、わたくしがあなたにやったことを考えれば、当然の対応だけれど)


 面倒なので黙っておいた。


 部屋に入ってきた彼女のうしろにはカップがふたつ、トレイに乗った状態で浮いていた。

 鍵を開けている間も、リリアンはこの浮遊魔法をキープしていたのか。


 本を読みながら手紙を書くようなものだ。もちろん、本からも手紙からも目を離さずに、である。

 要するに、かなり高度な技である。


(兄妹揃いも揃ってなんなの!)


 大した魔法も使えないクレアに対する嫌味だろうか。いやただ単に、好きに使えるだけの魔力が余っているから、普段使いしているだけに違いない。それでも許せないものは許せない。


「ホットミルクをお持ちしました! 少しお話しませんか」

「あのねえ、さっきも言ったけれど、あなたはもう少し警戒心を」


 言いかけて、やめた。クレアは黙って、部屋の真ん中にあるロングソファに身を沈める。その前のローテーブルにトレイを着地させたリリアンはクレアの隣に座った。


(詰んだと思ったけれど、これはこれで悪くないわ)


 リリアンのいる部屋にクレアも同席している。ラズウェルはいない。ここがクレアの部屋というところが想定と違うが、おおむね、最初に考えていたとおりの状況になっている。


(自室にいないからって諦めるとは思えないけれど……依頼主が同じ部屋にいる場合は、どうするのかしら)


 業務妨害にあたりそうな気もする。その場合、クレアに待つのは暗殺組織からの口止め――すなわち、死である。


(……死期を早めただけかしら)


 いや、どちらにしろ暗殺が失敗した時点で、クレアは命を狙われる。結果は変わらないだろう。


(それでも以前は、半年後までちゃんと生きていたわ。大丈夫、よね)


「あの、クレアさまに話しておかなければいけないことがあって」


 リリアンのか細いささやきが、クレアの思考を遮った。


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