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ラズウェルの婚約者になってから二度目の王都。リリアンの宣言どおり、クレアは都じゅうを振り回されることになった。
まずは当初の予定、ラズウェルに割られたエメラルドのブローチの修理である。
「引き受けてくださってよかったですね!」
例の露店が並ぶ通りから戻るリリアンの足取りは軽い。その髪はラズウェルと揃いの白金だ。魔法で染め直している。
しかし、全然まったく「よかったですね!」ではない。
「直してくれって頼んだ覚えはないのよ、わたくしは」
「止めもしなかっただろ?」
「黙ってちょうだい」
クレアはベサニーの脇腹に拳を叩きこんだ。
前を歩いていたリリアンが振り返る。
「おふたりとも、急がないと! 今日はあまり時間がないんですから」
「なぁ、やっぱり無茶じゃねえ? このあと茶会に、王サマの謁見もあるんだろ?」
「文句ならラズウェルさまに言いなさい。わたくしだってこんなことになるとは……」
お茶会は許可したが、安易な外出を許した覚えはない。
言いだしたのはラズウェルである。
もともと王都への滞在は最低限で済ますつもりだったのだろう。王への謁見も、クレアたちのお茶会と同じ日に取りつけてきた。
「呑気に王都を回る余裕はないでしょう」
「だめですか?」
「駄目です」
「どうしても?」
「……駄目です」
「絶対に?」
「…………駄目です」
「本当に? お茶会と同じ日にぜんぶ済ませますから! 駄目ですか?」
絶対に譲らない、という強固な意思をもって挑んだリリアンが、ラズウェルに負けるはずもない。もともとあのシスコン野郎は妹に弱い。押して押して押されまくったら聞き入れてしまうのは良そうする前からわかっていた。
「せめて滞在を一日延ばすとか、あるじゃない」
「だって、お兄さまがわたしたちの外出をいやがるのは、わたしたちの身を心配してくださっているからこそですよ。あまり無茶なことは言えません」
ラズウェルへの無茶を控えた結果、クレアたちにとって無茶なスケジュールになったのはいいのだろうか。正直、王都の端にある老婆の露店から、中央に戻って手袋の店を訪ねて、本邸に戻ってお茶会の準備をする……というのは無謀だ。
(それに、あの人が心配しているのはあなたひとりだと思うけれど)
黙っておいた。「そんなことないですよ!」と勢いこまれたら面倒だからである。
「せめて馬車移動にしない?」
「お兄さまから目立たないようにって言われてますから!」
「市街地でお貴族サマの馬車なんかが通ったら間違いなく注目浴びるわな」
「勘弁してちょうだいよ……」
斜面の上へ向かって伸びる王都の街並みを見て、クレアはぼやいた。
■ ◇ ◇
王宮に近づけば近づくほど、道路が整い、ひとつひとつの建物が大きくなり、人が減る。貴族街ならではの光景である。
「思っていたより時間がかかってしまいましたね……お姉さま、早く帰らないと!」
「あなた、その調子でよくまだ元気でいられるわね」
「クレアサマの体力がなさすぎるんじゃねえ?」
そうだ、こいつらは魔族だった。クレアとは根本的にからだのつくりが違う。思いだした。
初夏に差しかかろうかという季節の、真昼間に動き回ってけろっとしているのは、クレアからすれば信じられない。
「てか、既製品でよかったのかよ。こういうのって、あんたらはオーダーメイドにするもんじゃねぇの?」
「うーん、わたしがお兄さまに贈ったときは、とにかくお兄さまにバレないようにって必死だったのと……わたしがわたしの意思で好きにできるお金って、あんまりないですし」
リリアンの場合は、おそらくラズウェルに頼めば好きなものを好きなだけ買い与えてもらえる。反面、ラズウェルに隠れて、ラズウェルにものを贈る場合には非常に困る。まさか本人への贈りものを本人にねだるわけにもいかない。
「でも、今回あの魔導士にあげんのはクレアサマだろ?」
「ラズウェルさまに? わたくしが? オーダーメイドの? 手袋を?」
「わかった、俺が悪かった。もう聞かない」
クレアの場合は、また別である。「あなたのためにオーダーしました」なんて死んでも言いたくない。思われたくない。あんなシスコン野郎には既製品で十分だ。
「大丈夫です! 既製品と言っても、お客さんからオーダーされたものではないってだけで、一点ものには間違いないですよ」
「そんな心配をしているわけじゃないのよ」
クレアは、ベサニーが抱えている小さな箱を睨みつける。以前、ラズウェルが机の引き出しから出してクレアに見せたものと同じ箱だ。
しかし中身は違う。
リリアンにしつこくつつかれるかたちで、クレアが仕方なく選んだものである。
さっさと破れてしまえ、という念をこめて、手首にレースがあしらわれているものを選んだ。手の甲には繊細な刺繍が施されている。細かすぎるものは直せない、とラズウェルが言っていたのを思いだしたのだ。
そして色はもちろん白である。汚れが目立つからだ。とれない汚れがついてしまえば、お役御免になるのも早いだろう。作った人には申し訳ないが、クレアが贈ったものをラズウェルが長く身につけると考えただけでぞっとする。
視界に入れるのも忌々しいとばかりに、クレアは先だって歩きだした。すでに日は高い。帰宅してからは、お茶会の準備でばたばたすることだろう。
「やっぱりリリアンからってことにしたら駄目かしら」
「だめです!」
あとをついてくるリリアンに、力いっぱい言い切られた。
「べつに、わたくしはラズウェルさまとの関係に困っているわけじゃないのよ」
「婚約者としては欠陥だらけだろ」
「うるさいわね」
「ベティの言うとおりですよ!」
クレアの顔が歪んだのを見て、リリアンは慌てた様子で首を振った。
「そうではなくてですね! お姉さまとお兄さまには、婚約者らしいやり取りが少なすぎるんです。おふたりで出かけたことだってないでしょう?」
「あるわよ、マドの森」
「ああ、俺を拾ったときのな」
「それは違うじゃないですかぁ……」
リリアンが頬を膨らませる。わざわざクレアの横に並んで見せつけてくるので、クレアはその頬を掴んでやった。ぷしゅう、と間抜けな音がして、リリアンの頬がしぼむ。
(仲良くなってどうするのよ。冗談じゃないわ)
ラズウェルとの婚約破棄は諦めていない。リリアンの件でずいぶん先延ばしになってしまうだろうが……すべてが落ち着いたときには、絶対にあの誓約書を破ってやろうと思っている。
クレアの足は自然と早まった。
「おい、あんま急ぐと……」
あっという間にバテた。




