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首尾よくラズウェルからお茶会出席の許可をもらい、「なにを着ていくか考えなくっちゃ!」と自室に飛んで帰っていくリリアンの背中を見送って、クレアはため息をついた。
お茶会は一週間後である。つまり王都に出かけるのも一週間後だ。さすがに浮かれるのが早すぎないだろうか。
「……まだ少し元気がないですね」
しかし、ラズウェルがこぼしたのは、クレアと真逆の感想だ。
「元気すぎるの間違いじゃ……ああ、空元気ね」
クレアもそれで、ようやく気づいた。
リリアンの異様なはしゃぎようは、落ちこんでいるのを誤魔化すためだ。今度は人間と魔族の兄妹としてやり直す……決めたのは、つい先日のことである。
互いに納得してのこととはいえ、さすがにいますぐ、以前のように仲良くやっていくというのは無理があるのだろう。
もしや、外出許可を取るなりラズウェルの部屋を飛びだしていったのも、兄を避けるためだったりするのだろうか。
ラズウェルの顔をうかがったが、そこからはなにも読みとれなかった。
「でも、本当にいいの?」
「なにがです?」
「王都へ行くことよ。襲われるくらい、あなたにとってはなんてことないんでしょうけれど」
前回と違って、リリアンも自分が魔族だということを承知している。兄妹の関係がこじれることはもうないだろうが、あまり歓迎できないことには変わりない。
「王都に……というか、王宮には一度、リリアンを連れていかなければならなかったので」
「王宮に?」
「ええ。王に謁見を申し入れます。どう転ぶかはまだわかりませんが、おそらくリリアンの身分を明かすことになるでしょうね」
「……意外だわ」
場合によっては、メリベラル王国でのリリアンの立場も危うくなる。表立って外を歩けなくなるかもしれない。
「そうさせないために、私がいます。以前も言いましたが」
「わかってるわよ、魔導士の地位でしょ」
クレアが包み隠さず「気持ち悪い」と評した件である。
「なんとかなるならいいけれど……下手をしたら、わたくしの立場まで危うくなるわ。しっかりしてちょうだいね」
この兄妹と道連れは、できれば遠慮したい。抜けだせなくなるからである。
「せっかく周囲の貴女を見る目が変わってきましたものね。まさかクレアに同情の念が集まる日が来ようとは……」
「やめてちょうだい。思いだすでしょう。部屋にまだ開けていない招待状が山ほどあるのよ」
はっ、とラズウェルが鼻で笑った。
「昨日仕事に出たときも、声をかけられましたよ。『クレア嬢が、カイン殿下に翻弄されて一時道を踏み外してしまっただけの可哀想な方だと、最初からわかっておられたのですね。ラズウェル殿の慧眼には恐れ入ります』とかなんとか。気に入りませんね」
「まったくだわ」
誰が可哀想な方よ、とクレアが鼻息を荒くすると、ラズウェルは片眉を上げて不審そうな顔をした。
「どうして貴女まで? 自分の醜聞がひっくり返るのはいいことでしょう、貴女にとっては」
「そんなわけないでしょう! いくらいまはやめたからと言って、わたくしはリリアンにお茶を引っかけたりドレスにこっそりハサミを入れたり友人に悪口を吹きこんだりボート遊びと称して一人湖の浮島に置き去りにしたりお気に入りの帽子を風に乗せて飛ばしたり」
「あれも貴女の仕業だったんですか? てっきりリリアンが失くしたものと」
「失言だったわ、忘れてちょうだい。とにかく! わたくしはリリアンさんに思いつく限りの嫌がらせをしたのよ。そしてそれは間違いだったと、わたくしが自分で認めているの」
このわたくしが、とクレアは繰り返した。
「わたくしが罪を認めて反省しているっていのに、世間は好き勝手、『マーフィー嬢は悪くなかった』とかなんとか……冗談じゃないわ」
「反省している、という点には疑問を持ちますが、そうですね」
しかし、とラズウェルは口角を上げた。
「カイン殿下の名に傷がついたのは不幸中の幸いといいましょうか」
「勝手に幸いにされちゃあ殿下もたまったものじゃないわね……」
ラズウェルが本当に嬉しそうなので、ちょっとカインを哀れに思ってしまった。決して擁護はできないが、自分の不幸を他人に喜ばれるのはクレアだっていやだ。特に相手がラズウェルなら。
「リリアンにちょっかいを出されても、大手を振って追い払うことができます。あの子が殿下に気を遣う必要もなくなります」
ラズウェルだけではない。いまのカインがリリアンに迫っても、リリアンの周りが全力で止めるだろう。あの男だけは絶対にだめだ、と。
「あの日は散々でしたが、舞踏会での結果は上々ですね」
「代わりにわたくしとあなたの仲が噂されているけれども」
ラズウェルが笑顔のまま黙った。クレアが胡乱な目を向ける。
「……リリアンの帽子の件についてはあとでじっくりお話を聞かせてもらいます」
「話を逸らしたわね」
あなたの大胆な行動のせいで、とか色々言いたいことはあったのに、クレアは流れるように部屋を追い出されてしまった。




