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 リリアンのこと以外でも、問題は山積みだった。


 たとえば、舞踏会のあとからクレアのもとに届くようになった大量の手紙である。

 ほとんどが貴族のご令嬢からのお茶会の招待だ。どうしてクレア宛てにこんなに届くのか、気味が悪いにもほどがある。


 しかしそれは、なかを開ければおのずと理解することができた。


「ははあ、王太子相手に騒いだのが原因か」

「好意的な反応ばかりでうすら寒いわ」

「あの状況だけ見れば、クレアサマに非はねぇもんな」


 それにしても、である。


 クレアはまったく気にしていなかったが、以前まではクレアに対する周囲の当たりは強かった。例の舞踏会だって、カインとやり合う直前までは「よく顔を出せたものだ」だとか「リリアンと一緒にいるのはどういう風の吹きまわしだ」とか、ほかにもよからぬ憶測が飛び交っていた。


「ぜんぶまとめて断るわよ。手のひら返してすり寄ってくる連中なんか知らないわ」


 ロジャース家もマーフィー家も、貴族としてはかなり力がある方だ。


 王家との婚約が破棄されても、クレアが表舞台を歩けたことや、リリアンに嫌がらせを重ねても社会的な地位が致命的に落ちたりしなかったこと……それから、ラズウェルが王太子の元婚約者であるクレアを簡単に婚約者にできたのも、そしてそのあとけろっと普段通りの生活を送っていられたのも、ひとえに家の力があったからである。


 許されるのならばお近づきになりたい。それがほかの貴族たちの内心だ。そしてクレアは、ロジャース家ともマーフィー家ともつながりを持つことができる絶好の相手である。


 だからこうして、汚名が払しょくされたクレアに招待状が殺到していた。


「断るのはいいんだけどよ、なんかこっちの紋章、見覚えがあるような」


 ベサニーが引っ張り出した封筒を見て、クレアは目をひん剥いた。


「スエーニウ王国の!?」


 先の舞踏会で招待されていたアーウェンの国の紋章だった。


「さ……すがに断れない、わ」

「だよなぁ」


 唸ったふたりの背後で、ノックの音が響いた。


「お姉さま、クレアお姉さま!」


 やたらとテンションの高いリリアンである。

 髪はいつも通り、肩の上でふたつにくくって……しかしその色だけが、以前と違っていた。


 彼女の本来の色、黒髪になっている。


 王都から逃げ帰ってきたあの日、リリアン付きの侍女などは、彼女の黒髪赤目の姿を見てしまっている。これ以上、屋敷の者たちに隠しとおすのは無理があると判断してのことだった。


「……よかったわね、誰も離れていかなくて」


 すべてリリアンの人となりのなせる業だ。種族なんて関係ない、使用人たちにそう思わせることができたのは、彼女ならではである。


 これがクレアだったら、使用人には軒並み見限られていただろう。


 ……いや、実際は、リリアンの人となりだけではない。

 ロジャース家は、ラズウェルがリリアンの正体を隠すと決めたときに、一度使用人を総入れ替えしている。


 ラズウェルが、以前勤めていた使用人について皆に語って聞かせたのだ。


「文字通り、首を飛ばしました。解雇しようにも、リリアンの正体をネタにロジャース家にゆすりをかけようとしたり、屋敷外の人間に情報を漏らそうとしたりする者が散見されたからです」


 あっけからんと言ってのけたラズウェルを前にして、顔色が真っ青、を通り越して紙のように真っ白になった使用人たちの表情を、クレアははっきり覚えている。全員が一様に、この世の終わりに直面したような有り様だった。それはもう、哀れなほどに。


 要は、「裏切ったら殺す」と明言されたようなものである。


(それで本当に繋ぎ留められたのもすごいわ……)


 しかし、ラズウェルはあれでいつか身を滅ぼしそうで怖い。クレアは彼の婚約者だから、道連れになって破滅する可能性が高いのである。


 遠い目をしたクレアの眼前に、ずずいと手紙が突きつけられた。


「アーウェン王女殿下からお手紙が! お茶会の招待状が! クレアお姉さまにも送ったと書いてあります! お姉さま!」


 リリアンは、空いた手に開封済みの封筒を握っている。

 封蠟は……スエーニウ王国。


 クレアは鬱陶しいと言わんばかりに、目の前でちらつく手紙を払った。


「落ち着きなさいよ。たしかに来てたわ。まだ開けてないけど」

「もちろん行きますよね!? わたし、お姉さまと一緒に行きたいです!」

「近い。離れなさいリリアン。あなた、立ち直りが早すぎない!?」


 顔がくっつくほどまで迫ってきたリリアンを引き剥がす。


「わかっているのかしら、王都に行くことになるのよ。最悪、またあの魔族があなたを連れ戻しに」

「わかっています! だから、行けるときに行って、できるだけひと息で用事を済ませないと……!」


 ワインレッドの瞳が、なぜか情熱に燃えている。


「スエーニウ王国の王女さまからのお誘いとあっては、お兄さまだって駄目とは言えません。行くならいまです!」

「普通に王都に行きたいって言っても却下される自覚はあるのね。というか、用事ってなによ」

「もちろんこれですよ!」


 リリアンがポケットから取りだしたのは、枠が割れたエメラルドのブローチだ。あれ以来、リリアンが持ったままなのである。


「宝石だけ残して新しい台座を作れないか、あのおばあさまにお願いしたいんです」


 まさかそれが本命か。クレアが額に手をあてたが、リリアンは気にした様子もない。


(王女とのお茶会よりもアクセサリーの修理を重視する……その豪胆さは、やっぱり皇族だからなのかしら)


 お兄さまにお願いしにいきましょう! と張り切って廊下へ出ていったリリアンを、クレアは渋々追いかけた。


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