38
「……ときどき、ふっと考えが湧いてくるんです。鬱陶しいな、消してしまおうかって、そんなつもりはないのに」
「わたくしはそう思われて当然のことをしたわ」
「っ、でも、わたし……わたし、クレアさまと一緒にいながら、そんなこと考えてたんですよ?」
「べつに不思議なことじゃないわよ。わたくしだって、あなたの命を狙ったわ。しかも考えるだけじゃなくて、実際に行動を起こして」
理性で抑えて、顔にも態度にも出さなかっただけ、リリアンの方が数倍えらい。
「クレアサマになに言ったって無駄だよ。こいつ性格悪いもん」
「あなたに言われたくないわ。ベティだって、村の人を軒並み見捨てたじゃないの。……そう考えると、魔族としては、リリアンはずいぶんマシな方ね」
クレアやベサニーをおびき寄せるために村ひとつ滅ぼそうとしたりしないし、魔物に襲われている人を見た上で放置したりしない。無言で人を殴って顔のかたちを変えたりもしないだろう。
「人間だけれど、ラズウェルさまはもっと酷いわよ」
相手が覚えてもいない情報を隠蔽するために、崖から突き落として抹消した。
さすがに口には出さないが。
「カイン殿下も最悪ね。言葉が通じないわ」
舞踏会での出来事を思いだして、クレアは眉をひそめた。
「あなたが魔族で、ちょっぴりひどいことを考える節があるからって、誰も気にしないわよ。ラズウェルさまだって」
廊下から様子をうかがっているラズウェルを指す。心配そうに眉尻を下げている。リリアンの顔が曇った。
「わたくしは近づいても問題ないわね」
クレアは問答無用で、ベッドの縁にどっかと腰かけた。どたん、と音がしたのでなにかと見ると、リリアンがベッドから落ちている。
「……あなた、そろそろわたくしに失礼よ。それとも近づいたらうっかりわたくしを殺してしまいそうなのかしら」
「ちがいますごめんなさい、もう大丈夫ですっ」
ちょっとだけ頬を赤くして、リリアンが顔を出した。
「……クレアさまはすごいです。わたしは……わたしはまだ自分のことも受け入れられないのに、クレアさまは全然気にしてないんですもの」
「性根が腐ってるだけよ」
「自分で言うのかよ」
「自覚があると言ってちょうだい」
話が逸れた。クレアとリリアンが分かり合ったって意味はないのだ。
問題は、鬱陶しいくらいにそわそわしながら、顔を半分だけ覗かせてこちらをうかがっているラズウェルである。
クレアは自身のポケットをまさぐった。ちくりと指先に触れた木材のささくれを掴んで引っ張りだす。
「あなたからもらったブローチよ」
ラズウェルの地雷を踏み抜いたときに壊れてしまったものである。エメラルドは無事だが、木彫りの台に綺麗な亀裂が入っていた。細工が台無しだ。
「ど、どうしてこんなことになってしまったんですか」
「平たく言えば、ラズウェルさまに壊されたわ」
自分の失言は棚に上げた。
「お兄さま!?」
リリアンがクレアの手からブローチを取り上げて、がばっと立ちあがった。ものすごい剣幕で部屋を突っ切って、廊下にいるラズウェルに詰め寄る。
「わたしがクレアさまに贈ったものですよ! お兄さまの瞳の色だからって、それなのになんですかこれ! どうしてこんなひどいことするんですか!? クレアお姉さま、せっかく舞踏会で大事につけてくださったのに!」
まさかそんな責められ方をされるとは思わなかったのか、ラズウェルの目が盛大に泳ぐ。
「す、すみません……?」
「すみませんじゃありません! お兄さまったら前からクレアお姉さまに意地悪でしたが、これではあんまり――」
突然静かになった。
何度か口を開閉したあと、リリアンが気まずそうに俯く。
「なんだ、やっぱり意識して呼ばないようにしてたんじゃないの」
ふん、とクレアは鼻を鳴らした。馬鹿馬鹿しい。
「あなたらしくもないわ、リリアン。引きこもってたって、なにも解決しないのはわかってるでしょうに。ラズウェルさまをぶん殴りでもした方がすっきりするわよ」
実際、クレアはうじうじしているラズウェルを殴ってすっきりした。話も聞き出せた。
「そうでしょう、ラズウェルさま」
「……はい。リリアン、あなたが納得するまでいくらでも付き合います。罵ってもいい。殴ってもいい。許さなくてもいい。私は――」
リリアンが拳を扉に叩きつけた。辛うじて残っていた扉の残骸が吹き飛ぶ。
「それならどうして、いままで隠していたのよ!」
暴風が吹き荒れた。正面から叩かれて、クレアはベッドの上に転がる。扉の破片が頭上を飛んでいった。
「うわ、逃げそびれた!」
ベサニーがフットボードにしがみついている。
竜巻のような風に押し負けて、部屋のあちこちがみしみしと鳴った。クレアも慌ててベッドからすべり降りて、窓際から兄妹の様子をうかがう。
次いで響いたのは、ラズウェルが床に叩きつけられた音だった。




