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 結局、ラズウェルはクレアを殺す気をなくしたのか、それともまだ殺す気なのか。


(わからないわね……まだ安心するには早いのかしら……)


 うまく誤魔化されてしまった気がする。

 クレアは唸りながら廊下を戻った。


「なんだクレアサマ、寝てなかったのか」


 客間の前に、つい数時間前に別れたベサニーが立っている。リリアンを連れて、ひと足先に別邸へと帰っていたはずだ。


「ベティ、いつの間に戻ってきたのよ」

「ほんの少し前。魔導士を探してた」

「ラズウェルさまに用事?」


 ベサニーが苦い顔をした。


「リリアンが部屋にこもったまま出てこねぇ。ずっとすすり泣く声が聞こえてる」

「……ああ、そういうこと」


 クレアとラズウェルが別邸に帰ってくるまで、待てなかったらしい。クレアは素直に背後を指さした。


「ラズウェルさまの部屋なら、そこだけれど」

「わかった」


 皆まで聞かずに、ベサニーがクレアの横を抜けた。


「ちょっと待ってベティ、いまたしか」

「おい、魔導士! いますぐ家に帰れ」


 クレアが止める間もなく、ベサニーがラズウェルの部屋の扉を開ける。


「……ノックくらいしてくださいよ」


 ドレスシャツを脱いで上裸になったラズウェルがいた。

 きゃーっと盛大に上がった悲鳴はクレアのものだ。


「魔導士のくせにいい体してんじゃねぇか。鍛えてんのか?」

「観察するのをやめてもらえませんか」


 ラズウェルが胡乱な目でベサニーを見る。持っていた飾り気のないシャツを羽織りながら、クレアにも目を向けた。


「悲鳴を上げるくらいなら目を逸らしたらどうです?」


 言われて、クレアは慌てて両手で目を覆った。触れた箇所がいやに熱い。顔に熱がのぼっているのがわかった。


「クレアサマ、意外と純情なのな」

「うるっさいわね! ベティ、あなたのせいだから!」


 視覚を遮断したのに、脳裏にはラズウェルの綺麗に割れた腹筋だとか、厚みのある胸板だとか、筋肉で膨らんでなめらかな曲線を描く腕とか、そういうものがくっきり浮かんでくる。


 これではまるでクレアが変態のようだ。


「もう着たので大丈夫ですよ、変態令嬢」

「誰が変態よ!」


 視界を開放したクレアは、キッとラズウェルを睨みつける。

 そしてやっぱり恥ずかしくなって、目を逸らした。


「それで、なにごとです。ベティはリリアンを連れて帰ったはずでは?」

「ああ、それな。リリアンなんだけどよ」


 ベサニーの話を聞いて、ラズウェルがさっと顔色を変えた。


 ワードローブからいつもの魔導士の制服の外瘻を引っ張り出すと、それを腕に抱えたままベッドの脇に立てかけた杖を回収しにいく。


「先に戻ります」

「え、ちょっと、わたくしは?」


 クレアの問いには答えずに、ラズウェルはその場で姿を消した。


 魔法の名残が、床の上でちらりと舞った。


 ◇ ■ ◇


 ロジャース家別邸の門前に乗りつけた馬車から、ベサニーが降りてきた。彼女に差しだされた手を取り、あとからクレアも降りてくる。


 その足取りが、どことなく不機嫌だった。


「王都とここを往復したくらいで魔力切れを起こすなんて、ベティったら」

「転移魔法ってめちゃくちゃ魔力削られるんだぞ? 知ってるか?」

「あなたそれでも魔族なの!」


 並べて人間より魔法の才にあふれていると言われる魔族の発言とはとても思えない。おかげでクレアは、こうして王都を出立して家に帰ってくるのに、夕方までかかってしまった。


「リリアンはどうなったのかしら」


 つかつかと屋敷に足を踏み入れて……異様な空気感に気づいた。

 行き交う使用人たちの様子が落ち着かない。皆一様に、二階の方を気にかけながら歩いている。


「あら、ベティ……と、クレアさま」


 ひとりの侍女がクレアたちに気づいた。不安そうな面持ちである。


「なにかあったのかしら」

「その、なにかあったというか、なにもないというか」


 はっきりしない答えだ。クレアが眉をひそめると、すかさずベサニーが聞いた。


「リリアンか?」

「それに、ラズウェルさまもよ」


 リリアンの部屋に行けばわかる、と侍女は言った。ふたりは顔を見合わせながら、言われたとおりに二階へ上がる。

 答えはすぐに見つかった。


「ラズウェルさま、そこでなにをしているのかしら」


 リリアンの部屋の扉に背を預けて、陰湿なオーラをばら撒くラズウェルがいたのである。


「まさか、帰ってきてからずっとそこにいたのか?」

「嘘でしょう、何時間経ってると思ってるの」


 俯いたラズウェルはぴくりとも動かない。


 その沈黙こそが答えだった。

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