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 握りこまれたエメラルドのブローチが嫌な音を立てた。


「いま、なんと言いましたか」


 ラズウェルの瞳の奥に、どす黒い感情が渦巻いていた。

 間違えた。クレアも動揺していたのかもしれない。


 いまのは、絶対に言ってはいけない言葉だ。


 ぎりぎりと締め上げられて、クレアは慌ててラズウェルの手を掴む。息ができない。


「わ、わたくしが悪かったわ! いまのは、さすがに」


 呼吸の隙間を縫って必死に言いつのると、ふっと胸ぐらを掴む手が緩んだ。


 咳き込みながら、慌てて距離をとる。


 ブローチの枠が割れていた。とんでもない力だ。直接首を掴まれていたら、謝罪する間もなく折られていたかもしれない。クレアはぞっとした。


「二度はない」

「わかっているわ。本当にごめんなさい」


 気まずい。クレアはそれきり口を開くことができなくなった。


 すでに日は登っている。鳥の鳴き声があちこちで聞こえた。


 リリアンはいまごろ寝ているのだろうか。


 クレアは、つい昨晩まで……無邪気に笑っていたリリアンを思いだす。

 それより前、ロジャース家の別邸でのリリアンも。

 しつこいくらいに話しかけてきて、クレアをお姉さまなんて呼んで、ラズウェルとクレアの仲に期待して舞い上がって。


 兄が兄なら妹も妹だ、と思う。それはいまでも変わらない。


「わたくし、ラズウェルさまとリリアンの血が繋がってないなんて、全然気づかなかったわ。だってあなたたち、そっくりなんだもの」


 ぽつりとこぼしたクレアに、ラズウェルが眉をひそめる。


「は?」

「人の話を聞かないところとか、強引なところとか。絶対あなたに似たのよ、あの子」


 なんともいえない顔で、ラズウェルはクレアを見上げた。


「魔族のリリアンは、あなたの妹よ。それは間違いないわ」


 ラズウェルがますます変な顔になる。


「……貴女、情報屋を使ってリリアンの周辺を探らせていたでしょう」

「突然なによ!?」

「いえ、たしか……リリアンの交友関係を洗って、あの子の友人に悪口を吹きこもうとしていたときでしたか」


 この男、いやなことを覚えている。今度はクレアが眉をひそめた。


 ――そして。


「……あっ」

「思いだしましたか?」

「情報屋にかき集めさせた話のなかに、ラズウェルさまとリリアンの血が繋がっていないって、与太話が」


 とにかくなんでもいい。リリアンに関する話を集めろと命じたのはクレアだ。リリアン本人に非の打ち所がなさすぎて、悪評を流そうにもなにも思いつかなかったからだ。


 そして持ってこられたのが、兄妹の血の繋がりに関する話だった。


 根拠もなにもない、馬鹿馬鹿しくて使えないと気にも留めなかった。


 だから忘れていたのだ。


「あなた、それでわたくしを殺そうとしていたのね!」

「その通りですよ。まさか本当に忘れていたとは……」


 ものすごいため息をつかれた。


「婚約なんかするんじゃなかった」


 そして本気で嘆かれた。


「あなたに言われたくないわ!」

「リリアンは私の妹だ、なんて貴女の口から聞くことになるとは」

「あのときは本気にしてなかったの! しかもいまのいままで忘れてたんだから!」

「ええ、そうですね」


 ラズウェルが震えながら口元を押さえた。笑っている。


 きぃっ、とクレアは声を上げた。悔しい、恥ずかしい。いますぐこの男のリボンを引きちぎりたい。


「人がせっかく慰めて……いえ、わたくしの自業自得……?」


 クレアははっとした。

 血が繋がっていないという情報を手にいれただけで、半年後のクレアが殺されたのだとしたら。


「わたくし、リリアンが魔族だって知ってしまったわ。今度こそ殺されるのかしら」


 ラズウェルがクレアを見つめて、首を傾げた。


「きょとん、じゃないわよ!」

「この期に及んで私が貴女を殺そうとすると?」

「……殺さないの?」


 ラズウェルが声を立てて笑った。


「ちょっと!」

「いえ、どうしても気になるのはそこなんですね」

「当たり前でしょう!」


 言ってから、当たり前なのはクレアだけだと気づいた。


 クレアはラズウェルに一度殺されている。だからそこに固執するのだ。


「リリアンが魔族だったことについては?」

「って言われても……ベティだって魔族だし、引きいれたのはわたくしだし」


 魔族らしさというのはベサニーだって持ち合わせている。村での一件で見せた冷酷さがそれだ。


「でも、ベティは味方だし。リリアンなら、余計にじゃないかしら」


 リリアンが身内ではないからという理由で、困っている人を見捨てるとは思えない。想像もつかない。


 魔物が人を食らうのだって、彼女は良しとしないだろう。


「……そうですね」


 ラズウェルが微笑んだ。


 いままで見たことがないような……そう、たとえば彼がいつもリリアンに向けるような、やわらかい笑みだった。


「両親はいつも『あの娘にリリアンの幻影を重ねるな』と言ってきます。事情を知っている人間で、あの子を妹だと認めてくれたのは貴女が初めてです」


 絶句するクレアを置き去りに、ラズウェルは腰を上げる。


「そんな貴重な人間、殺すわけがないでしょう」


 そして、クレアの頭を乱暴に撫で――。


「とでも言うと思いましたか」

「いったぁい!」


 額をばちんと弾かれた。


「着替えますから出ていってください。少しくらい休んでおかないと」


 ラズウェルが杖で扉を示した。

 気持ち悪い浮遊感。クレアの足が床から離れて、勝手に部屋の外まで運ばれる。

「ちょっと、人をモノのように扱わないでちょうだい!」


 ぽいっと放りだされて尻もちをついたクレアの前で、扉が閉まった。


あ~……ブローチ……。

ひとまず休息です。このあたりほんと~に書いてても辛かった……。

いつも読んでいただいてほんと~~にありがとうございます!これからますます目が離せない展開になっていくと思うので、まだブックマークしていない方は、ぜひポチ―ッとやってしおりを挟んでお待ちください!

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