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ちょっと辛い展開が続きますが次回で終わります。安心してください。

「リリアン・ロジャースって、ほかにいたの?」

「正真正銘、血の繋がった私の妹です。リリアンという名前もその子のものでした」

「入れ替えってことは、魔族に連れていかれてしまったのかしら」

「そういうことになりますね。実際にその場を見たわけではないのでたしかなことは言えませんが……あの夜以降、リリアンには一度も会えていません」


 ラズウェルが指先で眉間を揉む。

 クレアは開いた口が塞がらなかった。


「ねぇ、リリアンがここにいるなら、ラズウェルさまの、ほ……」


 本物の、と言いかけて慌てて口をつぐんだ。地雷を踏み抜きそうだ。


「血が繋がってる方の妹は、もしかして」

「言わないでください、私だってわかっています」


 もうひとりのリリアン・ロジャースの行方は。

 人間の女の子がたったひとりで、魔族の国に放りこまれてしまったとしたら。

 想像もつかない。いったいどのような扱いを受けるのだろう。


 魔物の餌か、それとも。


「最初に気づいたのは……私でした。あのときは私もまだ十歳かそこらでしたが、よく覚えています」


 つ、とラズウェルが顔を上げる。その目はクレアを見ていなかった。窓の外を見ているようで、それもまた違う。


「……すべてのことが終わって、リリアンの様子を見に寝室へ入ったとき、はっきり、違うと感じたんです」


 まだ子供だったラズウェルは、小さなベッドの傍に椅子を引っ張ってきて、リリアンを覗きこんだ。

 自分とお揃いの白金の髪も、エメラルドグリーンの瞳も、生まれたばかりでしわくちゃなその顔も、騒ぎが起こる前となんらと変わらない。


 それでもこれは、自分の妹ではないと感じた。


 いま思えば、とラズウェルは言う。


「あれは、リリアンの姿を変えていた魔法の気配だったのでしょうね」


 ラズウェルは両親にそれとなく、「リリアンがいつもと違う」と話してみたが、まともに取り合ってもらえなかった。彼らは赤子が無事だったことを喜ぶばかりだった。


「この子になにもなくてよかった……って。その赤子、あなたたちの実の娘ではないというのに」


 ラズウェルが冷ややかな笑みを浮かべた。嘲笑だ。彼は自身の親を、馬鹿にしていた。


「彼らが気づいたのは、実にひと月もの時が経ってからでした。悲鳴が聞こえて、駆けつけてみると――」


 赤子の身長が違う。髪色が違う。目の色が違う。


「黒髪赤目、魔族の証です。それでようやく、両親は魔族が侵入したとき、自分の娘と魔族の子供を入れ替えていったことに気づいた」


 あとを追うには時間が経ちすぎていた。すぐに奏上すれば王家が動いてくれたかもしれないが、すでに一か月も過ぎている。


 周囲に助けを求めるには遅すぎた。


「魔族に連れ去られたのなら、生きているはずもない。娘のことは諦めろ――そう言って、魔族の子が殺されるのが目に見えています。おそらく、勅命が下るでしょう。当たり前です、魔族を育てるわけにはいきません」


 しかし、両親はリリアンのことを諦めなかった。

 誰にもなにも相談しないまま、魔族の赤子を人の少ない領地の別邸に移した。娘を取り戻すときの取引材料にするためだ。


「情報屋を雇ったり、傭兵を使ったり……まあ、いろいろやったようですが、なにも起こらないまま五年も経つと、両親もいよいよ諦めたようでした。私が別邸に移ることを決めたのも、その頃です。リリアンの髪の色を変えて、別邸の使用人を一掃して、徹底的にあの子の正体を隠すことにしました」


 許せなかった、とラズウェル低い声でうなった。


「なにもかもがです。自分のことだって。祖国に帰してあげようにも、どうすればいいかわからなかった。私はなにもできなかった」

「そうしなくて正解だったわね。向こうで殺されていたわ」

「でしょうね。ベティから聞きました。皇女は国を追われていたと」

「知っていたの?」

「つい最近ですよ。それに、あの子が皇女だとは確信していませんでした。なにしろ根拠がありませんからね。ベティも半信半疑でしたし」


 ベティも皇女を直接見たことがあるわけではなかった。リリアンが魔族だとはわかっても、自分たちが捜していた皇女その人だとまではわからなかったらしい。


「そうでなければいい、とも思いましたが」


 そんな都合がいいことにはならなかった。


「どうしてリリアンを……その、護るような真似をしたの? 血は繋がっていないわけだし」

「クレアならどうします? 実の妹ではない、魔族だからと殺しますか?」


 突然振られて、クレアは戸惑った。


 自分ならどうしたか。血の繋がった妹と入れ替えられた魔族の子供を、クレアなら。


「……殺すのは可哀想だわ。メリベラル王国に来てしまったのは、本人のせいではないわけだし」


 祖国に帰っても殺される、人の国にいても殺される。事情を知るいまだからこそ言えることだが、それでは、あまりにも。


「そうです。あの子に罪はない。まさか赤子が人を殺したり、魔物を操ったりしたわけでもありません。リリアンはなにもしていない」


 ラズウェルは、強く拳を握って――その手を緩めた。


「だから私は決めたんです。あの子は私の妹だ、とね」

「……魔族に連れ去られた実の妹の代わりに?」


 しまった、と思ったのは、ラズウェルに胸倉を掴まれてからだった。

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