33
ラズウェルがまるきり役に立たないので、到着した騎士たちへの説明はクレアが行った。
そこらに転がっている死体があるので、魔族に襲われたことは誤魔化しがきかない。クレアは疲れた頭をひねって、どうにか言い訳を考えた。
引っ張り出したのは、以前壊滅寸前にまで追いこまれたロゼの町の傍にある村のことだ。あのとき倒した魔族の仲間が、ラズウェルを恨んで報復にやってきた、ということにした。
「リリアンが人質にされそうになったから、わたくしの護衛をつけて先に帰した……は、さすがに無理があったかしらね……」
ロジャース家本邸で与えられた自室のベッドに伏せて、クレアは呟いた。
空が白みはじめた頃である。
さきほどようやく帰ってこれたばかりだ。もはや着替える気力もなくて、舞踏会に出たドレス姿のままである。血まみれだったが、ラズウェルに見せたら黙って綺麗にしてくれた。
本当に親切すぎて気持ち悪い。調子が狂う。
(それにしても……リリアン……いえ、ラズウェルのお父さまとお母さま)
ふたりはほとんど無傷だった。ロジャース公爵の方が、馬車が横転した際に夫人を庇った衝撃であちこち打ってあざをつくっていたくらいだ。騒ぎがすべて収まって、ようやく外に出ることができた彼らは、目の前に広がった光景と、ラズウェルの様子を見てすべてを察したらしい。
「どうか、リリアンのことは黙っていてくれないか」
公爵から頭を下げられてしまった。
夫人もまた、この世の終わりのような顔でクレアに懇願してきた。ふたりの反応ももっともだろう。魔族の皇女を――おそらく十七年前から、ずっと隠していたのである。
露見したら、ロジャース家はいったいどうなることか。
(……でも、わたくしだって)
こんなこと、誰にも言えない。言えるわけがない。あまりにも大事すぎる。
クレアは寝返りをうって、天井を見上げた。
(十七年前って、リリアンは……魔族の皇女は、生まれたばかりだったのよね。それがどうして、ロジャース家の娘として育つことになったのかしら)
権力争いの火種をなくすためにと追われていたのはベサニーから聞いた。
十七年前、このあたりで魔物の騒ぎがあったのも、以前リリアンが話していた。
繋がりそうで繋がらない。
クレアはじっと天井を睨んで――考えるのをやめた。ベッドから降りて、乱れたドレスと髪を軽く整える。
「要は、知っている人に聞けばいいのよ」
ロジャース公爵夫妻は話してくれない気がする。というか、クレアも話したくない。
誰にも話してくれるなという夫妻の懇願は、リリアンの身を案じてのものではなかった。そんな気がするからだ。
クレアは胸元のブローチを握りしめた。
「となると……ラズウェルさま、ね」
◆ ◇ ◇
どうせ起きているだろう、とふんで部屋を訪ねたが、当たりだった。
「ラズウェルさま、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
扉を開けた先で、こちらに背を向けたラズウェルが杖を抱えたままベッドの縁に腰かけていた。やはりというべきか、彼もまだ着替えていない。
「どうしました?」
問いかける声は穏やかだった。しかし振り返らない。
「リリアンのことよ。どうしてこの家で育ったわけ?」
「気になりますか」
「当たり前でしょう。言っておくけど、いやだと言ったって力ずくで聞き出すから」
「力ずくですか、貴女が」
ふふ、とラズウェルが笑った。本当に、うっかりこぼれた笑みのような。いつもの馬鹿にした笑いではない。
クレアはかっとなった。
つかつかとかかとを鳴らして、ラズウェルの前に立つ。
「あなたね――」
迷うことなく、手を振り上げた。
ぱぁん、と小気味いい音が高らかに響く。
手のひらがじんとした。
それもそうだ、ラズウェルの頬が赤くなっている。渾身の力をこめて頬を張った。
「いい加減になさい。いつまでしょぼくれてるのよ!」
ぽかんとしたラズウェルが、一拍遅れて己の頬に手をやる。僅かに顔をしかめた。痛かったらしい。
「しょ、しょぼくれてるって、私がですか」
「ほかに誰がいるのよ! 打たれ弱すぎるのよ! 普段から人には散々好き勝手言ってるくせに、ちょっと妹から嫌われたからって」
「やはり嫌われてしまったんでしょうか」
「そういうところよ!」
思いきり怒鳴りつけると、窓の外にいた小鳥がピィピィ騒いで飛び立った。
そうだ、ラズウェルが落ちこんでいるのは、リリアンに「兄なんかじゃない」と言われたからである。
リリアンの正体が暴かれてしまったからではない。
「いままでラズウェルさまのことは気持ち悪いシスコンだと思っていたのだけれど」
「は、なんて」
「わたくしの思い違いだったようだわ。ちょっと拒否されたくらいでへこむってことは、自覚があるってことよね。兄として、リリアンに対する愛情が足りてなかったんだって」
「そんなわけないでしょう!」
今度はラズウェルが怒鳴る番だった。
堰を切ったように、その薄いくちびるから次々と言葉がこぼれ出る。
「本当にリリアンのことを想っていたのは私だけです! 両親はどちらも、腫れもの扱いするようにリリアンを遠ざけて、向き合うこともやめてしまった! 魔族だなんだと言ったって、勝手に連れてこられて、勝手に入れ替えられた赤子に罪はないでしょう!? 揚げ句取引材料にするからと殺しもせず、それが叶わないとわかったら臭い物に蓋をするように……それではあまりにも……だから私は、私だけはせめて本物の家族でいようと」
「ちょっと待ってちょうだい、入れ替えられた?」
ラズウェルが口をつぐんだ。
しばしの沈黙。
やがて諦めたように、ため息をつく。赤く腫れた頬を、長い指で撫でる。その瞳、表情、仕草……いつの間にか、普段のラズウェルに戻っていた。
「十七年前、王都で魔物の騒ぎがありました。それはご存じですね?」
「ええ。たしかロジャース家にも入りこんだのよね」
「そうです。ですが、実際入ってきたのは魔物ではなく、魔族でした。それも、赤子を抱えたね」
「赤子って、まさか」
「ええ、それが皇女です。そして皇女を抱えたその魔族は、母の寝室に侵入しました。そして……」
ラズウェルは、そこでひと息ついた。
流麗な眉が歪む。なにかをこらえるようだった。
「そして、生まれたばかりだったリリアン・ロジャースと入れ替えた」




