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カインが呼びかけたのはリリアンだが、先に気づいたのはクレアとベサニーだった。黙っていると向こうも気づいたようで、心の底からいやそうな顔をされる。
「クレアお姉さま、このケーキ美味しいです……ってあら、カイン殿下」
リリアンが戻ってきたのはそのときだ。
同じケーキをふたつ、それぞれ別の皿に乗せて、フォークとセットで両手で持っている。片方の皿のケーキはすでに食べたあとなのか、ふた口ぶんほど欠けていた。
「はい、お姉さまのぶんです!」
クレアは渡されたいちごのケーキを素直に受け取った。なんでもいいから、気を紛らわしたかった。フォークをケーキに突き刺して、ひと口含む。
甘いクリームと、いちごのほんの少しの酸味。
「リリアン、先ほどは隣国の……アーウェン姫と踊ったが、俺の心にいるのは君ひとりだけだ」
たしかにクレアの気は紛れた。カインが口を開くまでの一瞬だけである。
「殿下、アーウェンさまに失礼ですよ」
「すまない。少し焦ってしまったようだ」
とにかく誤解しないでほしい、と訴えるカインに、リリアンがどう答えたものかと困っている。
クレアはケーキをごくりと飲みこんで、胸のあたりを押さえた。言葉にできないもやもやがわだかまっている。カインとリリアンが同じ空間に揃って言葉を交わすと、余計に増す。
ベサニーがにやにやしながらクレアを見ている。これは絶対に、面白がっている顔だ。
「なによ」
「いんや、なにも?」
「これはこれはカイン殿下」
タイミングを見計らったかのように、ラズウェルが現れた。しかも第二王子の、アルバート・メリベラも連れている。
「やあ、兄上。リリアン嬢も、それからマーフィー嬢も、今宵はよく来てくださいました」
カインと同じブロンドの髪を、肩のあたりまで伸ばしている。カインはどちらかというと精悍な顔立ちだが、アルバートは繊細な印象を受けた。
見た目のとおり、心優しい性格で人望もある。次期国王には彼を、と推す声もあるほどだ。
しかしアルバートが王の座に就くには、第一王子で王太子であるカインを蹴落とさなければならない。アルバートもそれは本意ではないのか、王位に興味はないと公言している。
「リリアン嬢、僕と一曲踊ってくださいませんか」
そのアルバートが、リリアンに手を差しだした。予想外だったのか、リリアンがきょとんとする。
「わたしですか?」
「うん、あなただよ」
「おい、アル、なにを考えてる」
口を挟んだのはカインだ。当然だろう。彼もリリアンを誘うつもりで声をかけたはずだ。
「なにって、ダンスのお誘いだよ。兄上が先に誘ってるだろうから、てっきり断られると思ったんだけど」
カインはまだリリアンを誘っていない。つまらない言い訳をしている間に、先を越されてしまったわけだ。
リリアンはケーキを抱えておろおろしている。ケーキを見て、アルバートを見て、カインを見て、そして救いを求めるように隣のクレアを見た。
いや、こっちを見ないでほしい。
隣でベサニーが噴き出した。
クレアが顔をしかめると、横からにゅっと手が生えてきた。リリアンからそっと皿を取り上げたのは、ラズウェルだ。いつの間に背後に回ったのだろう。
「これは私が預かっておきますから」
「あ、ありがとうございます、お兄さま」
背中を押されたリリアンは、戸惑いながらもアルバートの手を取る。
「おい、待ってくれリリアン」
「はしたないですよ、カイン殿下」
口を出そうとしたカインを、ラズウェルが遮る。クレアは確信した。
「あなたの仕業ね。ラズウェルさま」
最初から、アルバートがリリアンを誘うのを狙って、彼に話しかけにいっていたのだ。
「意外だわ、あなたがすんなりリリアンを渡すなんて」
「渡すとは言っていません。ただ、カイン殿下よりはましだと思っただけです」
クレアたちがひそひそとやり取りをする横で、リリアンとアルバートが揃ってダンスホールに出ていった。ラズウェルの目論みは成功したようである。
想い人がほかの男に連れていかれるのを呆然と見送ったカインは、キッとラズウェル――ではなく、クレアを睨みつけた。
「余計な真似をしてくれたな」
「どうしてわたくしを疑うんですの」
どう考えても、いまのはラズウェルの仕業だろう。
ラズウェルもカインの斜め下発言にきょとんとしている。こうしてみると、リリアンとちょっと似ているように思えなくもない。
「リリアンに張りついていたじゃないか。俺とリリアンを一緒にしたくないから、ラズウェルに頼んでアルバートを連れて来させたのだろう」
「殿下の想像力は豊かですわね。生憎ですが、その予想は大外れでしてよ」
「とぼけるなよ。俺の気を引きたいからって、ずいぶん汚いやり方をする」
クレアの頬が、ぴくりとひきつった。
腹立つ展開が続きますが次々回あたりですぐに終わるので安心してください。




