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みなさまへ。ちょっとはしゃぎすぎたので、衣装の描写は積極的に読み飛ばしてください。ねずみもち月より。
あてがわれたドレスに腕を通したクレアが、悪くないわね、と呟いた。
姿見には、頭から爪先まで、見事に真っ赤に染まった女がいる。マーメイドラインのなまめかしいドレスを纏ったクレアである。
首元から裾まで、クレアのドレスには切り替えらしい切り替えがなく、腰までは布地がぴったりとからだに沿って、膝のあたりから緩やかに外側へと広がっていた。裾の布が床に溜まる様子は、さながら大輪の薔薇のようである。
スカート部分には、片側だけ太ももまでの大胆なスリットが入っていた。綺麗なラインを描く脚がちらりと覗いている。逆に、胸元はチョーカーと一体化させて極力隠れるようにした。足元の露出が激しいので、こちらはできるだけ抑えたかたちになる。
それでもかなり人を選ぶデザインであることに変わりはない。つり上がった目尻と凹凸のはっきりした顔立ちの、強気なクレアだからこそ似合うドレスだった。
「いいじゃん。似合ってるぜ、クレアサマ」
「適当言わないでちょうだい」
着替えを手伝っているはずのベサニーは、ティーカップ片手にどっかとソファにからだを預けている。時々ひらりと指を動かすのは、その指一本だけでクレアを着替えさせているからだ。あまりきちんと仕事に臨んでいるようには見えない。
どいつもこいつも気軽に魔法を使って……という気もないではなかったが、人に着せてもらうよりもはるかに快適だった。
人の手がべたべた触れたりしないので、うっかり引っかけて髪飾りがずれた、などという事故がないのだ。
最後の仕上げとばかりに、サイドテーブルに転がっていたエメラルドのブローチがクレアの胸元に収まる。ひとりでに角度を整えたブローチは、気合を入れるかのように光を反射してきらめいた。
ティーカップを置いて改めてクレアを見たベサニーが、感嘆のため息をつく。
「いや、ほんとに美人だよ、あんた。あの魔道士もさすがに動揺するんじゃねぇかな」
「ないわね」
即答した。
ラズウェルに褒められても、逆に馬鹿にされた気がして嫌な気分になるだけだ。
「髪は崩れてない?」
「問題ねぇ」
「下着が見えたりしてないかしら」
「見えてない。どこもかしこも完璧だよ」
「それならいいわ」
舞踏会の当日である。
「そろそろかしら」
最終チェックに姿見の前でくるりと回る。直後、ノックの音が響いた。
「マーフィー嬢、そろそろ参りますよ」
ラズウェルである。
彼もまたクレアと同じように、いつもより華やかな衣装を身につけていた。
クレアのドレスに合わせて、黒と赤に統一されている。
深紅のシャツの袖には、大ぶりのフリルがあしらわれていた。裾に金の刺繍が施されたマントが、ひらひらとうねりながら左半身を覆う。脚のラインがくっきりと出る黒のパンツとロングブーツは、彼の脚の長さを際立たせている。
唯一違う色を放っているのは、アスコットタイを留める天然石のブローチだ。これだけは、クレアの瞳の色と似た、薄い水色である。
クレアは顔をしかめた。
抱えた杖の宝石も青いせいで、違和感がない。似合っているのがまた憎い。
クレアがラズウェルを観察していたように、ラズウェルもまた、頭のてっぺんからつま先まで、じっくりとクレアを眺めていた。
しばしの沈黙の末、口を開く。
「ちんけな雑草でも、花瓶が立派ならそれなりに見えるものですね」
「うるさいわね」
褒められても腹が立つとは言ったが、ストレートに馬鹿にされると、それはそれでかんに障るものである。
ベサニーが噴き出す音が聞こえた。お茶が変なところに入ったのか、しきりに咳きこんでいる。クレアが睨みつけると、さっと顔を逸らした。
「リリアンはすでに、両親と同じ馬車に乗りこんでいます。私たちも行きますよ」
「……あんたら、みんなで同じ馬車に乗るわけじゃないのか?」
「そこまで大きい馬車はいままで必要なかったので、うちにはありません」
「そっか、わかったよ」
ひとつ頷いたベサニーの行動は早かった。
むせていた姿はどこへやら、素早く立ちあがると、ラズウェルの横をすり抜けて廊下へ出る。
すれ違う瞬間、ベサニーがラズウェルを避けるような動きをしたように見えたのは、気のせいだろうか。
「俺、リリアンと同じ馬車に乗せてもらうわ。クレアサマと魔導士がいる空間に混ざるのはごめんだ。息が詰まって仕方ねぇ」
あっという間に姿を消してしまった。止める間もない。
「……せっかく拾ってきたのに忠誠心はなさそうですね、あの魔族は」
「まったく、薄情な侍従だわ」
悔しいが、これに関してはラズウェルと同意見だった。




