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 春の陽気が、街を行き交う人々の活気を盛り上げていた。


「クレアさま、こっちです!」


 クレアの手を引いて、人の間を縫いながら進むのはリリアンである。


 うしろには、侍女から侍従にジョブチェンジしたベサニーもいた。


「そんなに引っ張らなくたって、ちゃんとついていくわよ」

「気に入られてんなぁ、クレアサマ」

「黙ってちょうだい、ベティ」


 へいへい、と適当な返事をして、ベサニーが肩をすくめた。それがまた、腹が立つ。


 舞踏会が間近に迫り、クレアたちは王都に来ていた。


 ロジャース家の別邸を離れてもラズウェルがクレアの帰宅を許さないのは変わらない。ここ数日、クレアはラズウェルやリリアンと共に、彼らの両親が住むロジャース家本邸に滞在していた。


 リリアンの件でロジャース公爵夫妻からの心象が悪いのは見なくてもわかる。挨拶をしたときは特になにも感じなかったが、さすがに気まずかったので、クレアはもっぱら部屋に引きこもって過ごしていた。


 そこに飛びこんできたのがリリアンである。


「クレアお姉さま! お出かけしましょう!」

「ノックくらいしなさいよ!」

「行きましょうお姉さま! いま! すぐ! これから!」


 そうして連れ出されて、いまに至る。


 王都は王宮を山のてっぺんに据えて、そこから斜面を下るように扇形に形成されている。平地になっても街は終わらず、むしろ山間部よりよほど活気づいていた。

 

 山の部分の街はほとんどが貴族の館で構成されていて、それも密集というよりは点在しているので、賑やかとは言いがたい。

 ちなみに、ロジャース家本邸も、マーフィー家も、この山の部分の王宮に近い方にある。


 平地の街は平民が主で、城壁も近いために人の出入りも激しい。住居も店も、建物はおおむね密集するように建てられているので、人の賑わいが耐えないのだ。


 リリアンがクレアを案内したのは、平地部分の街にある、宝飾品の店……ではなく、露店が立ち並ぶ通りだった。


「こんにちは!」

「おや、さっきのお嬢ちゃんじゃないか」


 リリアンの挨拶に笑顔で答えたのは、店主と思しき老婆だ。大きな布で作ったあり合わせの天幕の下で、椅子にちょこんと腰かけている。彼女の足元には、敷物の上に並べられた様々なブローチがある。


 それより、いまの彼女の発言、まさかリリアンはこことロジャース家本邸を往復したのだろうか。わざわざそんな面倒なことをしてまでクレアを呼びにきたのか。

 じとっとリリアンを見つめたクレアだが、それも長くは続かなかった。


「ここにあるものはすべて、こちらのおばあさまが手作りされたそうですよ」

「あら、そうなの?」


 クレアは屈んで、ずらりと並んだブローチを観察した。歪みひとつなくキレイにカットされた石もさることながら、どれも枠の装飾が細やかで、見事なものだった。手に取ってみて、さらに驚いた。


「これ、木でできているのね?」

「ねっ、すごいですよね!」


 ひとつひとつ、人の手で彫ったのがわかる。どれほどの器用さが必要とされるのだろう。クレアは思わず息を吐いた。


「新しいドレスに合わせるものはまだ決まってなかったですよね? どうですか?」

「まぁ……悪くないわね」

「ですよね! これとか!」


 リリアンが指したのは、楕円にカットされたエメラルドの、大ぶりなブローチだった。


「お兄さまの瞳の色です!」

「いやよ」

「どうしてですか!」

「どうしてわたくしがラズウェルさまの色を身につけなければならないの」

「婚約者ですよ? 舞踏会にパートナーとして参加するんですよ!?」


 社交の場で相手の色を身につけるのは、たしかに婚約者同士であれば不思議ではない。

 普通の婚約者であれば、だが。


「それから、お兄さまにはこちらをですね!」


 ずずい、とクレアの前に突きだされたのは、水色の石のブローチである。天然石なのか透明感はなく、白や濃紺など、ところどころ違う色が混じっていた。


「クレアさまの瞳の色に似ているでしょう」

「なにをにやけているのよ」


 リリアンはやたらと嬉しそうだったが、本当に理解できない。

 クレアが先ほどの感嘆の息とはまた別の、呆れたため息をつくと、ほがらかな笑い声が振ってきた。店主の老婆である。


「楽しそうに見てくれて嬉しいわ。仲が良いのねぇ」


 お友達かしら、と首を傾げた老婆に、リリアンが元気よく答えた。


「姉妹になる予定です!」


(お断りよ!)


 それこそ、クレアが一番避けたい未来のひとつだ。


「自分のぶんはいいのかよ、リリアン」


 うしろに控えていたベサニーが口を出した。話を逸らしたともいえる。

 この間の村での一件でラズウェルが来るまでの時間稼ぎを試みたことといい、彼女は意外と頭が回るし周りを見ている。


 クレアの味方だと豪語しただけあって、クレアが嫌がる方向に話題が進もうとすると、こうして叩き折ってくれたりするのだ。戦闘面では頼りないが、平時にはすごく頼りがいがある。


「わたしのは、クレアお姉さまに選んでいただきます! どれがいいと思いますか?」

「……これでいいんじゃないかしら」


 ぱっと目についた赤い宝石を適当に選んだ。レッドスピネルだろうか、光を当てると、角度によってはところどころピンクに見えたりもする。


「クレアお姉さまのドレスの色ですか!?」

「あなたの目の色よ。どうしてわたくしのドレスに合わせるのよ」


 頭が痛くなってきた。


「これいただいてもいいですか?」

「もちろんだよ。ありがとうね」

「あと、こっちのふたつも!」

「ちょっと待って」


 自分のぶんだけでなく、クレアやラズウェルのぶんまでまとめて買おうとしているリリアンに、さすがに待ったをかけた。だいたい、クレアは納得していない。


「……自分のぶんは自分で買うわ」


 クレアは水色の天然石のブローチを取った。ラズウェルの色を身につけるのは癪だが、リリアンのセンスは悪くないし、自分の色であれば問題ない。


「これ、いただけるかしら」

「はいよ」


 リリアンが「お姉さま……!」と震えた声を出した。なにかと思って見れば、なぜか目をうるませてこちらを見つめている。


「ご自分の手でお兄さまに贈るんですか……!?」

「ちがうわよ! わたくしが! つけるの!」

「ではわたしはエメラルドの方を買うので、クレアお姉さまにプレゼントします!」

「話を聞きなさいよ!」


 ベサニーが背後で腹を抱えて笑っている。

 店主の老婆も、にこにこしながらそれぞれのブローチを包んでいた。


 あとでリリアンがこっそり中身を入れ替えたせいで、結局はエメラルドのブローチが自分の手元に来ることを、このときのクレアはまだ知らない。


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