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 一拍遅れて噴き出した血が、地面を濡らした。魔族の女のからだが地面に崩れ落ちる。

 広がり続ける血だまりには目もくれず、ラズウェルはクレアの前に立った。


「マーフィー嬢、一応聞きますが、怪我は?」

「ないわ。瓦礫でちょっと切ったくらい」

「そう、残念です」

「ちょっと!」


 残念とはどういうことか。

 ラズウェルは苛立っているようだった。


「どうして私を待たなかったんですか。自らの足で屋敷に戻って、変事を知らせるだけで十分だったはずです。自らこんなところに来るだなんて……しかも、役に立たない魔族ひとりだけを連れて」

「ベティは役には立ったわよ。だって、魔物からわたくしを助けてくれたもの」

「村の人たちは?」


 これにはクレアも、黙るしかなかった。

 しかし、である。


「あの女が狙ってたのはわたくしとベティだわ」

「だから?」

「村が襲われたのもわたくしの責任よ。わたくしだけ黙って安全な場所で待つなんてできないわ」


 今度はラズウェルが黙る番だった。


「……ただの自己満足ですね。結果がこれでは」

「もともと全員助けられるなんて考えてなかったわよ。ひとりも助けられなかったのはさすがに計算外だったけれど」


 ベサニーを睨んだが、彼女は侍女服のあちこちが破れた姿で、涼しい顔をするだけだった。本当になんとも思っていない。


「少なくとも、わたくしはわたくしに言い訳ができるわ。わたくしは、自分が招いた惨状を安全なところで眺めてただけのクソ野郎ではないってね」

「実に貴女らしい動機だ」

「お褒めにあずかり光栄よ」

「いまのが誉め言葉に聞こえたなら耳が腐ってるので、医師にかかった方がよいでしょうね」


 うるさいわね、と言い返したところで、クレアはラズウェルとのやり取りがいつもの調子に戻ってきていることに気づいた。主にラズウェルが発生源の、ピリついた空気がなくなっている。


 いや、それだけじゃない。


 村が静かになっている。魔物の咆哮とか、人の悲鳴とか、そういうものが聞こえない。


「村はどうなったのかしら」


 死体の山から目を逸らすように、クレアはうしろを振り返った。「ようやく聞きましたね」とラズウェルが呆れる。


「魔物は一掃しました。怪我をした人にも止血だけは施してあります」


 広場に来るまでに、この男はそれだけのことをやっていたのか。冗談抜きに化け物かもしれない。


「私はこのまま村に留まって治療を続けます。失った命は多い。いま生きている者たちは、ひとりとして死なせるわけにはいきません」


 いまだに座りこんでいるクレアはそのままに、ラズウェルが広場を離れた。クレアは慌てて立ちあがって、あとを追う。

 自分への言い訳だけじゃない。本当に村を助けて名実ともに「クレアが村に来た意味はあった」と言うチャンスだ。


「わたくしも手伝うわ。ベティもね」

「は? なんで俺が」

「これは主命よ。わたくしに従うんでしょう?」


 ベサニーが舌打ちをする。クレアはそれを肯定ととらえて、腕を引っ掴んだ。


 ◇ ◆ ◇


 村での手伝いは夕方までかかった。


 人の手当てだけじゃない。亡くなった人の埋葬や、助かった人たちの当分の生活の保障。あまりにもやることが多すぎた。

 ラズウェルに容赦なくこき使われ、へろへろで帰宅したクレアを迎えたのは、さらに疲労を重ねさせる人物だった。


「お姉さま! ご無事でしたかっ!」


 リリアンが全力で飛びついてきたのである。


「鬱陶しいわね! 離れなさい!」


 しかしクレアにべったり抱きついたリリアンは、背中に回した腕をほどこうとはしなかった。


「町の方からお話を聞いたときは本当に心配したんですよ! すぐにお兄さまに連絡をとりましたけど、その間にクレアお姉さまになにかあったらってもう、気が気ではなくって」


 むしろ力が強くなっている気がする。本当に全力で力をこめている。背骨が嫌な音を立てそうだった。


「いままさに、あなたのせいでご無事じゃなくなりそうだわ」

「はっ! ごめんなさいお姉さま、大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃない。疲れてるから休ませてちょうだい」

「はいっ! ではなにか温かい飲み物をお持ちしますね!」


 なんでリリアンが自ら茶を運ぶんだ、というつっこみをする気力も湧かなかった。


「湯浴みもお手伝いしますし、お着替えもお手伝いします」

「本当に鬱陶しいわね。そんなのベティに頼むわよ」

「わたしもなにかお役に立ちたいんです!」


 リリアンが口を尖らせた。


 自分も村へ赴きたいと言ったのだが、ラズウェルが許さなかったらしい。

 当然だろう。


 村で駆けまわっている間、クレアは本当に色々なことを言われた。その大半は助けてくれたことに対するお礼だ。


 しかし、なかには「どうしてもっと早く来なかった」「どうして自分の妻を助けてくれなかった」「なんでおまえは無傷なんだ」「善人ぶりやがって」とクレアやラズウェルを責める声もあった。罵声を浴びせた村人のほとんどは、魔物を前にして家族を見捨てたり盾にしたりしたろくでもない連中ばかりだったので、クレアは綺麗に無視してやったが。


 あの光景を見たあとでは、クレアだってリリアンを連れていきたいとは思わない。胸くそ悪いことにしかならないからだ。


「べつに、あなただってちゃんと役に立ったじゃないの」

「……本当ですか?」

「ここで嘘を言ってどうするのよ」


 リリアンがラズウェルに連絡を取らなければ、いまごろクレアは死体の仲間入りをしていただろう。リリアンがいなければどうにもならなかったのは事実だ。


「……広義的に見れば、あなたがわたくしを助けたとも、まあ、いえるかもね」


 リリアンを丸めこむために、適当なことを言っただけだった。ところが、背を向けてさっさと部屋に引っこもうとしたクレアに、ふたたびリリアンが飛びついてくる。


「クレアお姉さま……! わたし、お役に立てたんですね!? 嬉しいです!」


 もっと鬱陶しいことになった。


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