20
折り重なって山と積まれているのは、まさかこの村の人々だろうか。
村の広場の中心、クレアの身長を越す高さまで積み上がった人の山の頂上に、ひとりの女が座っていた。
「あん? やっぱり生きていたんだね、ベティ」
初めて会ったとき、ベサニーが身につけていたものと同じローブ姿だ。フードは下ろされ、結い上げられた黒髪と、退屈そうに伏せられた赤い瞳が日の下にさらされていた。
「誰も帰ってこないからもしかしてと思ったんだけど、どういう風の吹きまわしだ?」
「手を引いた方が身のためだと思うぜ。オマエもただじゃすまされねえだろうよ」
「負け惜しみか? あたしに勝てる気がしないからって」
ベサニーが歯ぎしりする。
魔族の女が、死体の山から下りた。
その手にはいつの間にか剣が握られている。柄から剣の先まで、真っ黒な剣だった。
それも、普通の剣ではない。
不意に崩れてただの棒きれのようばかたちなったりする。ゆらゆらと揺れて、不安定だった。
よく見れば、柄の部分は女の手のひらから吹きだしているようだ。まさかあの剣は、純粋な魔力の塊で作られたものなのだろうか。
名付けるとすれば……魔剣。
「クレアサマ、あんたは下がっとけ」
クレアがはっとベサニーを見る。彼女もまた、相対する魔族の女と同じような魔剣を握っていた。向こうよりもいくらか細く、揺らぎも大きい。
クレアは黙って足を引く。あれが本当に魔力でできた剣だとすると、ぶつかり合ったときに、魔力同士が反発しあってとんでもない爆発が起こる。巻きこまれてはたまらない。
魔族の女が笑った。ぞっとするような笑みだった。
「うしろにいるのは例の依頼主? 安心しな、ふたりまとめてすぐに終わらせてあげる」
「ほざいてろ」
魔族の女とベサニーが駆けだして、それぞれ相手に剣を叩きつける。
彼女たちの目前で交わされた剣は、ぶわりと膨れ上がって、あたりに爆風を撒き散らした。
押し負かそうと渾身の力をこめながら、刃越しに相手を睨んで――。
とは、ならなかった。
爆風とほぼ同時に、ベサニーが吹っ飛んだのである。
空中に直線を描いたベサニーのからだは、クレアの近くの家屋に背中から突っこんだ。
木っ端になった壁が散り、煙がもうもうと立ちこめるなかで、クレアは呆然とする。
「ちょ、ちょっと! あなた、なんとかできるって!」
慌てて駆け寄ったクレアに、瓦礫からはい出てきたベサニーが平然と言い返す。
「俺は言ってねぇよ」
彼女の手に、先ほどの魔剣は握られていなかった。わずかに眉を潜めて手を開いたり閉じたりするあたり、あの魔族の女に消し飛ばされたらしい。
「クレアサマが勝手に勘違いしたんだろ」
そういえば、そうだ。その通りである。彼女が言ったのはたった一言「人使いが荒い」だけだ。
思えば、マドの森でラズウェルも言っていた。彼が魔族の前に身を踊らせたとき、ベサニーはすでに倒れていたと。てっきり、その前の晩にラズウェルに負わされた傷のせいでろくに動けず、やられるしかなかったのだと考えていたが。
「あなた、もしかしてものすごく弱い……?」
「弱いとか言うな! 繊細だと言え!」
図星のようである。
「どうするのよ! こんなところまでのこのこ出てきちゃって!」
あの魔族の女になぶり殺しにされるのはもうほとんど確定した。
ベサニーだけじゃない。クレアもだ。
ベサニーが立ちあがった。
「いや、問題ねぇよ。もう一発いってくる」
「生き急ぐにもほどがある!」
渾身のつっこみは聞きいれてもらえなかった。
ベサニーは先ほどよりもさらに細く不安定な、弱々しい魔剣を作りだす。ひと振りすると、鞭のようにしなった。これでは向こうの魔剣は受けとめられない。
それでもベサニーはキッと前を睨んで、欠伸をしている魔族の女に向かっていく。
二度目の爆風。目を開けていられずに、クレアは腕で顔を覆った。
クレアの耳に届いたのは、すぐ傍で響いた派手な破壊音だ。
やはりあっけなく打ち負けたベサニーが、今度は隣の家に落ちたのだ。落ち着きかけていた砂煙がふたたびあたりを覆う。
細かい木くずが飛んできて、クレアの腕にぴしりと当たった。
「本当に大丈夫なの……?」
少なくともいまはまだ、生きている。腕を退けて目を細めると、瓦礫を押し退けながら立つベサニーが見えた。
からだが頑丈なのはさすが魔族というべきだが、それだけでは活路は開けない。
「続けてもいいけど、私も飽きてきちゃうの。諦めてくれないかしら」
魔族の女には、かすり傷ひとつすら見受けられなかった。立っている場所も、まったくといっていいほど変わっていない。ベサニーのあの様子じゃ、最終的に力尽きるのはこちらだ。
「先に依頼主をやった方が早そうね」
女の目がこちらを向いた。片手に握った魔剣を持ちあげる。先ほどよりも、威力が増していた。もはや剣ですらない。女の手から吹きだす魔力が、ハリネズミの針のように鋭いかたちになっている。
ベサニーは動かない。クレアは叫んだ。
「ベティ!」
「安心しろ、時間切れだ。向こうのな」
魔族の女の足元に、雷が落ちた。
「ほうら、お出ましだ」
顔を上げたベサニーにつられて、クレアも上を見た。
人が浮いていた。
肩に飾り紐がついた白い外瘻が、風になびいている。王宮付き魔導士にだけ許されたものだ。クレアから見えるのは背中だが、長い白金の髪を大きなリボンで結ったその姿は間違いようがない。
「ずいぶん好き勝手にやってくれたものですね」
ラズウェルである。
音もなく地面に降り立った彼は、クレアとベサニーを振り返った。
「もう少しましな時間稼ぎができないんですか、あなたたちは」
「おい魔導士、うしろ!」
「ラズウェルさま!?」
その背中に向かって、魔族の女が剣を振り下ろす。
激しい閃光が散った。
「バケモンかよ……」
クレアの傍にきていたベサニーが呟いた。
「魔族の貴女がそれを言いますか。というか、貴女が弱いだけでは」
「弱いって言うな!」
ラズウェルが両手で杖を掲げ、剣を受けとめていた。相当な力がこもっているのか、関節が白くなっている。手袋をつけていないのでよくわかった。
杖の青い宝石のまばゆい光が、彼の顔を照らす。
魔族の女のこめかみに青筋が浮いた。
「ニンゲンの魔導士風情が……」
「その魔導士風情に、あっさり攻撃を止められたのは貴女でしょうに」
「あまり調子に乗るんじゃないよ」
みしり、とラズウェルの杖が鳴った。青い輝きがいっそう強さを増す。
「こちらの台詞です。相手が人間だからと油断していると死にますよ」
ラズウェルが、ふっと腕から力を抜いた。魔族の女の力を受け流すように、杖を傾ける。
魔族の女が、体勢を崩した。
「こんな風に」
くるりと回った杖が、女の首に吸いこまれていく。
驚きに固まった女の顔が、そのまま宙を舞った。




