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「本当に俺と話すためだけに町まで来たのかよ」
「そうよ。屋敷のなかじゃ、誰の口を伝ってラズウェルさまの耳に入るかわからないんだもの」
少なくとも使用人は全員敵だ。そうでなくても、リリアンに対していろいろやっていたせいで、ロジャース家の使用人からは軒並み嫌われている。ベサニーが来るまで専属の侍女がひとりもいなかったのも、それが原因だった。
(だから最初の日、ラズウェルさまは新しい使用人を入れる話をしたのよね)
結果すべてがいい感じに丸くおさまって、クレアは侍女兼護衛兼味方を手に入れた。運が良かった。
「さっさと帰りたいのだけれど……なんだか騒がしいわね」
店から出たクレアは、町のなかに流れる殺伐とした空気に眉をひそめた。顔を突き合せた町人がひそひそと言葉を交わしながら、街道の先を気にしている。衛兵を呼ぶ声や、怖い顔で駆けていく人の姿もあった。
先ほどまでは和気あいあいとした様子だったのに、この変わりようはどうしたことか。
「行ってみるか?」
「……そうね、さすがに無視はできないわ。ちょっとそこの方」
クレアは適当な人を呼び止めた。
もらった答えは――。
「町はずれの村で魔物が?」
どころか、魔族と思わしき者の姿も見られたという。助けを求めてここまで来た村人から聞いたということだ。
「その村人はどうしたのよ」
沈痛な面持ちで首を振られた。話を聞くことは叶わなくなってしまったようである。
「ラズウェルさまに連絡……いえ、屋敷に戻っていたら手遅れになるわね。だいたい、連絡できるのかしら、リリアンなら知ってるでしょうけど」
「……その村を襲った奴、俺の組織かもしれません」
そうだ、その可能性があった。
「あなたを探してるのかしら」
「クレアサマも、だと思いますよ」
クレアとベサニーは、失敗した依頼の依頼主と実行者という、ともに暗殺組織から追われる立場にある。
「自分たちで片付けた方が早そうね。ベティ、できるわね?」
「人使いが荒ぇなあ」
「誰か、村までの道を教えてちょうだい! それから、ロジャース家にも知らせを」
■ ◇ ◇
あちこちで飛び交う悲鳴、助けを求める叫び声。
ひとりやふたりではない。
右を見れば母親が必死に子供の名前を呼ぶ姿があった。目の前では、頭が肥大した大口の魔物が赤ん坊を咀嚼している。
左を見れば、下半身を狼のような魔物に貪られている男が、恋人らしき女のスカートを掴んですがっていた。女は男を顧みずに、スカートを引いて逃げようとしている。
それだけじゃない、背後の家族を守ろうとして叩き潰される父親、魔物に差しだすように老人を突きとばす若者。
この世の地獄を煮詰めたような光景が、件の村には広がっていた。
クレアは口を押さえた。喉までこみ上げてきたものを必死に押し返す。顔から血の気が引いていく。
「間違いねぇ。同胞がいる。行くぞ」
しかし、ベサニーはそれらに一切目を向けなかった。まっすぐ村の中心の広場へ向かおうとする。クレアは慌てて引き留めた。
「ちょっと待ちなさい、まずは助けないと!」
「んな暇ねぇだろうが。だいいち、なんで知らんニンゲンの命を助けなきゃならないんだよ」
ベサニーが眉を寄せた。なにを言っているんだこいつは、と顔に書いてある。
「……それは」
このままだとこの村の人間は全滅だ。彼らを襲っている魔物を潰して回るのが先決である。考えなくてもわかることだ。
――同じ、人間なら。
クレアの横を、村人がひとり走り抜けていった。そのうしろを追っていた魔物が、クレアに目を留める。
標的が変わった。
熊のような体躯が、クレアに迫る。しかしその大きな爪がクレアを捉えることはなかった。
ベサニーが魔物の胸に風穴をあけたからだ。
「あんたが死んだら困る。あんたのことは守るが、魔物の食事の邪魔をする気はねぇよ」
すれ違って逃げていった村人は、クレアたちのうしろで別の魔物に襲われていた。クレアは肩を震わせたが、ベサニーは見向きもしない。
(そうね、そうだわ。種族が違うのだもの)
良き隣人――魔族が魔物をそう呼ぶ意味を、クレアはようやく理解した。
人を人とも思わない、それが魔族だ。彼らにとって、人間は家畜とそう変わらない存在なのだ。
「……行きましょう」
「おう」
言いたいことは山ほどあるし、目を逸らしたくない惨状も山ほどある。
しかしクレアにはどうすることもできない。クレアが駆け寄っても魔物は倒せない。村人は守れない。
そしてクレアは、大勢の他人を見捨てて平気でいられるほど、非情にはなれない。
必要なのは、割り切ることだ。
クレアは胸にうずく罪悪感に蓋をする。
地に伏せた巨体の魔物を避け、クレアとベサニーは村の中心、先ほどからちらちらと姿が見え隠れしている魔族のもとへと向かった。




