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クレアを殺す動機にリリアンへの嫌がらせが関係ないのであれば、クレアがいくら態度を改めて無害であることを示しても無駄だということだ。かえって眠れなくなってしまったクレアは、部屋に戻ってから布団を被って唸っていた。
そして翌朝、王宮に出仕するというラズウェルを引き留めた。
「というわけで、外出許可がほしいの」
「前後の話に脈絡がなさすぎやしませんかね」
大ありだ。口には出さないが、ベサニーをきちんとクレアの味方として引き入れておきたかった。せっかく無理を言って手に入れた駒……もとい、侍女である。
彼女はたしかにクレアが連れて帰ったが、実際に怪我を治して命を救ったのはラズウェルだ。この家で力があるのもラズウェルの方だし、普通なら彼に媚びを売った方が得だと考える。
クレアの侍女として取り立てたはいいものの、果たしてベサニーが本当にクレアについてくれるかは微妙なところだ。
しかし屋敷のなかでは、ラズウェルの息がかかった人の目が多すぎて、そんな話もできない。なにか余計なことを企んでいると思われて、監視の目が強くなるのは困る。
(この人がやろうと思えば、わたくしを部屋に監禁することなんて簡単にできてしまうもの)
それを避けるためにも、一度外に出たいのだがーー。
「許可できません」
「別に逃げたりしないわ」
「率先してそれを言うあたりがすでに怪しいんですよ」
やはり、そう簡単にはいかないようである。
クレアが逃げないのだと証明できる提案をすればいいのだが、あいにくクレアにはいいアイデアがない。
助け舟を出したのは、うしろに控えていたベサニーだった。
「信用できないなら、なんか渡せばいいんじゃねぇの? 追跡魔法が付与された装飾品のひとつやふたつ、あんたなら持ってるでしょ」
「ベティ、それいいわね。そうしましょう」
「ベティはやめろ。組織の人間が使ってた愛称なんだよ」
「で、ラズウェルさま。どうかしら、ベティの案は」
おい聞け、とうめく声が聞こえたが、無視した。そんな細かいことにかかずらっている場合ではない。
「……まあ、いいでしょう。ただし、逃げ出そうとしたことがわかったら」
ラズウェルはそこで言葉を切った。
(殺す、かしら)
いよいよ隠す気がなくなったようである。しかしクレアは胸を張って答えた。
「問題ないわ。だって逃げたりしないもの」
理由がわからない半年後の死よりはずっと楽な条件だ。逃げる気がないのだから、殺される心配もない、はずである。
かつん、とラズウェルの杖の石づきが鳴った。ラズウェルが手を放すと、杖はその場で静止する。
少し考える様子を見せてから、ラズウェルは懐を探った。しかし、なにも見つからなかったらしい。さらに考えて袖をめくった彼は、つけていた腕飾りを解いた。
「これでいいでしょう」
「あんた、自分で自分に追跡かけてるのか?」
「まさか、そんな無意味なことはしませんよ」
こうするんです、と両手で腕飾りを包む。
「汝、清き身ならば、その理をここに示せ。汝、二心なしと銘するならば、その身をもってこれを示せ」
ラズウェルにしては珍しい、魔法の詠唱である。ずいぶん短いので、もしかすると端折っているのかもしれないが。
ラズウェルの指の間から、黒い光がこぼれ出た。それがおさまると、彼はゆっくりと手を開く。
一見するとなんの変わりもない、ラズウェルが外したばかりの腕飾りである。
「……作ったのか、追跡魔法を付与した腕飾りを」
ベサニーが渋い顔で唸っている。
「ついでに、一度つけたら外せないようにしておきました。どうぞ」
それを言われるとさすがにためらうものがあるが、背に腹は代えられない。クレアは腕飾りを受け取って、手首に巻いた。
ラズウェルは同じように反対の手からも腕飾りを外して、魔法をかける。
もちろん、ベサニーのぶんだ。
「お揃いね、ベティ」
「嬉しくねぇ……」
「出かけていいのはそこのロゼの町までです。絶対にふたりで行動すること。二手に分かれたらすぐにわかりますからね」
それだけ言い残すと、ラズウェルは杖をひっつかんで屋敷を出ていった。
といっても、目の前から姿を消しただけである。
おそらく王都に直接転移したのだろう。
王都とこのロジャース家の別邸は、そんなにほいほいと往復できるほど近い距離にない。
本当に外れなくなった腕飾りを眺めながら、クレアは呟いた。
「ねぇ、魔道具ってそんなに簡単に作れるものなの?」
「魔族なら息をするように魔力を扱うから、そこらへんに転がってることもザラにあるが」
「人間は?」
ベサニーが黙った。
クレアも、そんな気はした。
ものに魔法を付与した魔道具は、たしか魔道具師という専門職が作るもののはずだ。基本的に市井には流通しない。そもそもの用途が、王都を守る結界を固定する道具だとか、そういう国の規模で使われるものだからだ。
ベサニーが言及した追跡魔法の装飾品も、いざというときに、王族が自分の居場所を知らせて、迅速に護衛を呼ぶために使われるものである。
こんな風に、個人が勝手に作っていいものではないような。
「法に触ったりしないのかしら、これ」
「さあ、どうだろうな」
魔族のベサニーに聞いてもわからないだろう。
(……わたくしが外部に漏らさなければ大丈夫ね、きっと、たぶん)
とにかく、居場所が筒抜けとはいえ外出許可はもぎ取った。
クレアは、大手を振って屋敷の外に出ることができるようになったのである。




