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 鈴を転がすような、リリアンの声がこだましている。


 クレアに希望を聞いて、ラズウェルに意見を求め、デザイナーと意見を交わす。どこからそんなエネルギーが湧いて出てくるのかというほどしゃべり続けるリリアンの、クレアのドレスを決める会は日が傾くまで続いた。


 そしてそれは、深夜になったいまも終わっていない。相変わらずクレアの部屋に陣取ったリリアンは、テーブルの上のデザイン画とにらめっこしてクレアを振り返り――。


『クレアお姉さま!』


 ちがう。これは夢だ。

 クレアは飛び起きた。


「とんだ悪夢ね」


 どこからが夢だったのだろう。


 扉の横につけられた常夜灯が、ぼんやりと光っている。クレアは目を凝らした。自室にほかの人の気配はない。もちろん、ソファにリリアンが座っていることもないし、テーブルに大量のデザイン画がばら撒かれていたりもしない。あれは間違いなく夢である。


「水でも飲もうかしら……」


 心臓に悪い起き方をしたせいで、すっかり目が冴えてしまった。

 あまり眠れないようだったらホットミルクを作ってもらってもいいかもしれない。ベッドから降りたクレアは、扉の前に立ったところで、思いだした。


「鍵をかけられてるんだったわね」


 こうしてクレアが夜中に目を覚ましてしまった場合について、一切考えていないのがラズウェルらしいところである。クレアは少し考えてから、扉の取っ手に手をかけた。


「騒いだら開けにきたりしないかしら」


 力をこめて――。


「……開いたわ」


 鍵は、かけられていなかった。

 これ幸いと廊下に躍りでたはいいものの、どうも腑に落ちない。


(ラズウェルさまが鍵をかけ忘れたりするとは思えないわね。まさか、わざと?)


 それこそあり得ない。だって、鍵をかけない理由がない。


(なんだか気味が悪いわね)


 クレアの足が、廊下に細くもれ出た明かりを踏んだのはそのときだ。顔を上げると、ほんの少しだけ開いた扉があった。

 ラズウェルの部屋である。


「いいのかしら、わたくしを部屋から出してしまって」

「いまのあなたは大したこともできないでしょうからね。問題ありません」


 流暢な答えが返ってきた。廊下から突然声をかけたというのに、驚く素振りも見せない。

 クレアは扉を押し開けた。


 窓際の机に、ラズウェルの姿があった。こちらに背を向けるかたちで椅子に座している。


「どういう心境の変化よ?」

「リリアンに怒られたんです」


 納得した。暗殺騒ぎの直前だったろうか、「お兄さまにきつく言っておく」とかなんとか、リリアンが言っていた気がする。ラズウェルは本当に叱られたらしい。


 なにか書きものをしていたのか、ペンを置いたラズウェルが振り返った。つられて白金の髪がぱらぱらとこぼれる。もうすぐ寝るつもりだったのだろう、彼の長い髪は下ろしたままにされていた。


 リボンがないだけでずいぶん印象が変わるものだ。


 こちらを見つめるラズウェルは、いつもより数割増しで冷酷そうに見えた。整った顔もそれを助長している。個々のパーツが素晴らしいのはもちろん、そのすべてが完璧な位置におさまっているのだ。重たそうな睫毛などは、まばたきをするごとにこちらの目を惹きつけてくる。


 リリアンも優れた容姿を持っているが、丸っこい輪郭だとか、ぱっちりした目だとか、やや厚めの唇だとか……ラズウェルとは対極にいる。


「リリアンとはあまり似てないわね。髪の色は同じだけれど」

「あの子は愛らしい顔立ちをしていますからね。私とは系統が違います」

「……ん? いま、さらっと自分のことも褒めたわね?」


 たしかにクレアも同じことを考えていたが、ラズウェル自身の口から出てくると腹が立った。彼の容姿を良いと思う己も許せなくなってくる。


「それで、なにかご用ですか?」

「いえ……そういうわけではないのだけれど」

「まさかこんな、くだらない話をするために私の手を止めたのですか」

「勝手に手を止めたのはそっちじゃないの。そういえば、手袋は?」


 ラズウェルが机の引き出しを開けた。質のいい箱がひとつ。

 なかから現れたのは、ベサニーを連れて帰ってきた日に、魔族との戦闘でぼろぼろになったラズウェルの手袋である。あのときのままだった。


 意外だった。


「直すんじゃなかったの?」

「……刺繍が繊細すぎます」

「できなかったのね」

「いえ、手袋を直すこと自体は可能です。ただ、私がそれをやると、もともと施されていた刺繍が跡形もなくなるというだけで」

「それ、直ったって言わないんじゃないの」


 ラズウェルは黙って引き出しを閉じた。こちらに向かって指を振る。指先がぼんやりと光るのと同時に、半開きだった扉がきしんだ音を立てた。


 半分だけからだを部屋に入れていたクレアが、押し返される。

 強制的に追い出す気だ。クレアはとっさに抵抗した。


「待ってちょうだい、聞きたいことがあるの!」

「それを先に言いなさい」


 無理な相談だった。だって、いま思いついたのである。


 思えば、転生したクレアがラズウェルとこうして落ち着いた状態で話をするのは初めてだ。ロジャース家に来た当初は、転生した直後で逃げるように話を切り上げてしまったし、魔物に襲われて寝こんでいたときは、早くに眠らされてしまった。


(リリアンに聞きそびれてしまったこと……いまなら、直接本人に聞けるわね)


 カインの偽名のことだ。


「リリアンから聞いたわ。カイン殿下が偽名を使ってリリアンに近づいたって。あなた、知っていたの?」

「当然でしょう。そもそも、最初に気づいてリリアンに教えたのは私ですからね」

「は?」


 素で聞き返してしまった。ラズウェルがかすかに眉をひそめる。


「ちょっと、聞いてないわよ」

「それは、言ってませんからね」

「そうじゃなくて!」

「殿下がリリアンに接触したのはうちにいらしたときです。私は殿下と何度もお話したことがありますし、気づかないわけがないでしょう。リリアンが面倒な色恋沙汰に巻きこまれないようにするのも兄の役目です……カイン殿下が想像以上にアホだったせいで、結局こんなことになってしまっていますが」


 後半はほとんど聞いていなかった。クレアは口から飛びだしかけた言葉を呑みこむのに必死だった。


(この人……わたくしが聞かなかったら、ずっと黙ってるつもりだったのね! それに、それに……)


 前世でクレアが事実を知ったのは、半年後。殺される直前だ。


 クレアの勘違いを正して、リリアンへの嫌がらせをやめさせた方が、ラズウェルにとってもいいはずだ。間違いない。それなのに前世では、ずっと黙っていた。


 クレアを殺すその日まで。


「……なにを考えているのかしら、ラズウェルさま」

「なんの話でしょう」

「わたくしがリリアンからこの話を聞いていなかったら、いまでもリリアンを恨んでいたわ。あの手この手でまた彼女を苦しめようとしたでしょう」


 実際は前世ですでに知っていたわけで……リリアンに言われるまでは忘れていたが、とにかく知っていたので、そうはならなかっただろうが、それでも、である。


「どうしてわたくしに黙っていたのかしら。リリアンさんのためにもならないでしょうに」

「私が言ったって、聞く耳を持たないと思ったまでですよ」

「リリアンが言っても同じではなくって?」


 実際、前世のクレアはリリアンとの対話を拒否していた。


「しかし、そうはならなかったでしょう」


(そういうことじゃないのよ)


 もどかしかった。半年後の出来事について、これから半年間の彼の言動について、いまのラズウェルに詰め寄ることはできない。

 それでも、確認せずにはいられなかった。


「あなた、わたくしを殺すつもりなのではなくて?」


 ラズウェルはなにも言わなかった。

 ただわずかに、その口の端に笑みを乗せた。


「面白いことを言うんですね、マーフィー嬢は」


 クレアは確信した。


 ――ラズウェルがクレアを殺す理由は、リリアンへの嫌がらせとは別にある。

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