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 宿泊客用の部屋のベッドの縁に腰かけた少女を見下ろして、ラズウェルは肩をすくめた。

 瞳は赤いままだが、髪は群青色に変えた。これなら、彼女が魔族だと気づく人間はいないだろう。


「治りが早いですね。手がかからなくて助かります」

「そりゃドーモ」


 クレアが息を切らしながら連れて帰った魔族の少女――ベサニーは、次の日にはすっかり回復していた。脇腹に大きな傷跡は残っているが、あくまで残っているだけだ。傷自体は綺麗に治っている。


 魔族の治癒力とは恐ろしいものだ。


 クレアもこれくらい早く治ってくれると助かるのだが。ラズウェルは内心でため息をついた。


 クレアが怪我をして以来、リリアンはすっかり彼女にべったりになってしまった。我が妹ながら、命まで狙ってきた相手と仲良くしようとする気概には驚かされる。できればクレアとはあまり関わってほしくないのだが……。


(そう長くは続かないでしょうし……)


 いつだったか、リリアンの周囲を探っていたクレアに余計なことを知られてしまった。

数日前に探りを入れたときには、知らない素振りを見せていたが。


(本当に知らないのか、しらを切っているのか)


 後者だとして、ひとりで胸の内に仕舞っているのか、誰かに洩らしたかでまた話は変わってくる。それがはっきりしないと、ラズウェルも動くことはできない。


「ラズウェルっていったか、あんた」


 めくっていたシャツを下ろして、ベサニーが呟いた。


「なんです?」


 彼女はもう普通に活動しても大丈夫だろう。治ったなら、本来の目的――クレアの侍女として働くことができる。


「クレアサマに聞いたんだけどさ、あのリリアンって女、あんたの妹なんだって?」

「……それがどうかしましたか」

「あんたはニンゲンだろ。なんでニンゲンの妹が魔族なんだよ」


 ラズウェルの顔から、すべての表情が抜け落ちた。

 部屋の気温が一段下がる。耳鳴りがするほど、痛い静寂がその場に満ちた。


「それ、マーフィー嬢に言いましたか」

「マーフィー……って、クレアサマか? 言ってねぇよ。てか、言いかけたら殺そうとしたのあんただろ。まずいってことくらいは俺にもわかる」

「賢明な判断ですね」

「クレアサマに言ったら殺すか?」


 ラズウェルは答えなかった。ただ黙ってベサニーを睨めつける。

 肩を震わせて目を逸らしたところからみると、意図は理解したようだ。


「せっかく生き延びたってのに、ちょっと口を滑らせただけで殺されちゃたまんねぇや」


 ベサニーがわざとらしく伸びをして、立ちあがった。


「本人も知らねぇんだろ? 自分が魔族だって」


 ラズウェルはまだ黙っていた。


「厄介なところに来ちまったなぁ、まったく」

「楽にしてさしあげることもできますが?」

「絶対にいやだね。めちゃくちゃ苦しんでから死ぬことになりそうだ」


 ベサニーは、そのまままっすぐ扉へ向かう。


「さて、助けてもらった命のぶんは働きますか」


 部屋を出ていく背中を、ラズウェルは黙って見守った。


 ◇ ◇ ◆


「……なにをしているんです?」


 ノックのあと、クレアの部屋に入ってきたのはラズウェルだ。ローテーブルの上に散らかした紙を眺めながら唸っていたリリアンが、眉間にシワを寄せたままぱっと顔を上げた。


「あら、お兄さま! ちょうどいいところに」

「全然ちょうどよくないわ」


 リリアンの横でぐったりと身を投げだしていたクレアが唸った。しかしそれにはまったく反応をせず、リリアンはテーブルの上の紙を数枚掴んで、ラズウェルに駆け寄った。


「今度の舞踏会での、クレアお姉さまのドレスです! どのかたちがいいと思いますか!」


 舞踏会というのは、先日カインが招待状を持ってきたアレである。


 リリアンはいつの間に話を通したのか、ラズウェルに加えてクレアも連れていくつもりのようだ。もちろん、ラズウェルのパートナーとしてである。


「私に聞くんですか」

「なんでラズウェルさまに聞くのよ」


 リリアンがきょとんとして、クレアとラズウェルを見比べた。


「だってお兄さま、クレアさまの婚約者でしょう? パートナーですし、お兄さまも衣装を考えないといけませんでしょう?」

「……リリアンはどれがよいと思っているんですか」


 その顔に「選びたくないんですけど」と書いてあるのが丸見えだ。


(わたくしだって、ラズウェルさまに選ばれたドレスなんて着たくないわよ)


 リリアンの前なので口には出さないが。


「わたしはですね! やっぱりマーメイドラインのものがいいと思うんです!」


 リリアンが、ラズウェルの顔の前にずいっと二枚の紙を寄せている。クレアは頭が痛くなった。先ほど何度も、クレア自身が聞かされた話である。


「クレアお姉さまはすらっとしていらっしゃいますから。それに、お顔立ちもはっきりしているので、あまり飾りのないものが、お姉さまの魅力を最大限に引き出すと思うんです! 色は赤でって決まってるんですけど、マーメイドラインっていっても、スカート部分のかたちに結構差があって……」


 ラズウェルは笑顔で聞いているが、どこまで頭に入っているか怪しい。クレアも途中からほとんど聞いていなかった。本人よりもドレス選びに夢中というのは、どうなのだろう。それともクレアが消極的すぎるのか。


 そこでまた、新たなノックの音が響いた。


「お客様がいらっしゃいました」


 似合わない侍女服を身につけたベサニーだ。外では猫を被るように、と言い含んでおいたのがよかったのか、口調だけは整っている。

 後ろに、初老の女性をひとり連れている。

 見覚えがある人だった。クレアは慌てて、ソファの上で身を起こす。


「たしか、王家御用達のデザイナーの」

「わたしが呼んだんです! よろしくお願いします!」


 クレアはなにも聞いていない。

 ラズウェルの顔から見るに、彼もなにも聞いていない。


「お兄さまもいらしてるんですから、一緒に決めてしまいましょう! 楽しみですね!」


 楽しみなのはリリアンだけである。

 奇しくも、クレアとラズウェルは同じタイミングでため息をついた。


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