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 まる一日が経って、クレアはふたたび目を覚ました。

 まだベッドの上で起き上がることすらできなかったが、リリアンが見舞いだと言ってしょっちゅう顔を出すので、退屈はしなかった。しかし、かなり鬱陶しい。


「十七年前、王都で魔物が出る騒ぎがあったのはご存じですよね? わたしが生まれてすぐだったんです。王都の本邸にも、魔物が入りこんだらしくて。そのときの瘴気に中てられて、わたしのからだも弱ってしまったんじゃないかって、お兄さまは言っていました」


 しかも話の内容が重い。

 無視して寝たふりを決めこんでやりたいところだったが、気になって仕方がなかった。


「だからわたしには魔物が近づけないように魔法をかけているらしいんです。これ、つい一昨日聞いたばかりなんですけどね」

「ちょっと待って」


 いまのは本当にスルーできない。


「なんですって?」

「この間の魔物が、クレアさまばかり狙ったのがどうしても気になって、お兄さまを問い詰めたんです。そしたら教えてくれました」


 初めから知っていれば、あのときわたしが部屋に残ったんですけど……と眉根を下げるリリアンに、クレアは深いため息をつく。


(前世で失敗したのも当然だわ。部屋にいた人間がリリアンだけなら、魔物は襲う相手がいない。駆けつけたラズウェルさまがさっさと殺しておしまい。わたくしが細かい部分を覚えていないはずだわ)


 そもそも大した騒ぎにならなかったのだから、それも当然である。


(でも、おかしいわね。魔法をかけているならそうと言えばいいのに)


昨日のラズウェルは、どうしてか隠そうとする素振りがあった。揚げ句、クレアを無理矢理眠らせてしまった。リリアンの話を聞く限りでは、隠す道理はどこにもない。


(これは……いえ、リリアンに聞いてもわからないわね)


 クレアは短くため息をついた。


とにかく、ただの魔物騒ぎとして終わってしまえば、クレアが知らぬ存ぜぬを通してもなんとかなったかもしれない。魔物がクレアを襲ってもたついたりしなければ、あの魔族だって姿を現さなかったはずだからだ。


 結局クレアは大怪我を負って寝たきりになってしまうし、暗殺組織のことも、依頼のこともラズウェルに知られた。


 クレアの行動は、見事にすべて裏目に出てしまったのだ。

 特大のため息ごと、魂が口から出ていきそうだった。


「魔物の出所はラズウェルさまから聞いたの?」

「はい。暗殺組織が仕向けたものだろうって。依頼をしたのは」


 クレアは、次の台詞を引き取った。


「わたくしよ」


 リリアンが息を呑む。


「あなたの命を狙ったわ」


 クレアはなるべく表情を変えないようにして、迷いなく言った。


 リリアンが視線をさまよわせている。複雑な感情が渦巻いているのが見てとれる。こんなときでも、きっとクレアに気を遣った伝え方を考えているのだろうというのも、手に取るようにわかった。

 迷った末に――。


「……わたしは、クレアさまを許しません」

「でしょうね」


 驚かなかった。むしろ好都合だ。これ以上傍にいたって、お互い辛いだけである。クレアだって、これからどう接すればいいのかわからなかった。


 ただの嫌がらせと、殺そうとすることの間には、それくらい大きな壁がある。


「兄の婚約者だからって、無理して顔を合わせる必要はないわ。この屋敷なら、一切互いの顔を見ないように生活することだって十分にできるでしょう。だから……」

「でも!」


 リリアンがずいっと顔を近づけてきた。頬を両手で挟まれて、クレアは口を開けたまま硬直する。


「クレアさまがわたしを庇って、先に逃がそうとしてくれたのも本当です! その……暗殺のことではクレアさまを許しませんし、その方がいいのはわかっています。でも、わたしはクレアさまのことが好きになりました!」


 とんだ爆弾発言である。


「あなた、自分がなにを言っているかわかっていて?」

「もちろんです! お姉さまとお呼びしてもいいですか?」

「さてはわかってないわね?」


 間接的にではあるが、クレアはリリアンを殺そうとした。実際殺されたことがあるクレアにはわかる。そんな簡単に相手と仲良くなれるわけがないし、怯えてもおかしくないのだ。


「リリアン、あなた、本当に甘ちゃん……」


 いや、違う。

 ただ脳内お花畑なわけではない。

 リリアンのこれは、ある種の強さだ。


 どんなに嫌なことをされても、本人が嫌だと思わなければ、ダメージを受けることはない。リリアンのこの性格は、そういう類のものだ。


「わかったわ。あなた、心臓に毛でも生えてるのね」

「ありがとうございます! クレアお姉さま!」

「褒めたつもりはないんだけれど。あとお姉さまはやめなさい」

「はい、お姉さま!」

「話を聞け」


 思わず強く吐き捨てて、クレアは寝返りをうった。リリアンを無理矢理視界から除外する。


(ラズウェルさまに殺されないのが当面の目標だけれど)


 クレアは別に、リリアンと仲良くなりたいわけではない。というか、仲良くなりたくない。

 それもまた、「リリアンを懐柔してなにか企んでいるのでは」とラズウェルに嫌疑をかけられる要因になるからである。


 リリアンはラズウェルの地雷だ。踏んだ相手の命を問答無用で奪う。


(こんなつもりじゃなかったのに……)


 とはいえ、すべてが悪いかというと、そうでもなかった。


 リリアンの「クレアお姉さま」を直に聞いたラズウェルが、衝撃のあまり杖を取り落とす場面を見ることができたからである。


 あの顔は見ものだったと、のちのクレアは、ときどき思い出し笑いをすることになった。


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