8 銃
無意識に、銃声のする方向に車を走らせている気がする。印刷会社の前を走っていった、自衛隊の車両から銃声が出ているんだろう。
追いかけるか?いや、やめよう。
俺はもう1人やってしまっているし、ボロが出るかもしれない。
撃たれるのは勘弁な。
「しかし多いな」
郊外にある住宅街を走ると、やはり感染者や放置車両の数が多い。
迂回してまた迂回、あまり人通りの多いところに行きたくはないが、車で通行できる道が限られている。
平屋の家がある場所で左に曲がる、ん?あれは...。
交差点の右側で、自衛隊らしき大型トラックが横転しているのが見えた。
曲がりきれなかったのか?というかさっき見た奴か?
調べてみたいがトラックの周りに10体以上の感染者がいる。
自分1人で倒せる数じゃないし、車で突っ込むのは無しだ。感染者を車で轢けば死ぬかもしれないが、車も死ぬだろう。田舎では車は必需品だ。
しかし、どうする?
俺はどうしても調べたい、何か手に入るかもしれないから。
......感染者を移動させるしかない。
まず、車で近づき感染者を誘き出す。感染者がついてくるのを確認したら、車で遠くまで誘導して遠ざける。そして、違う道から全速力でこの場所に戻ってくる、これしか思い浮かばない。
よし、やるか。幸いなことに感染者はまだ気付いていない。
俺がトラックに気付いた時点で、すぐにバックしたからな。
ハンドルを左に切り、トラックを目指す。クラクションは鳴らさずに徐行で接近する。
緊張して心臓の鼓動が早くなり、手汗がハンドルに垂れる。
トラックまで、あと30mほどの距離で道路に奇声が響き渡る。
「来たかっ」
正面から10体以上の感染者が走ってくる。その中には迷彩服を着て、スリングから小銃をぶら下げている感染者の姿も見えた。
俺は急いでシフトレバーを操作してバックする。
大丈夫だ、きっとうまくいく。
50mほどバックして、先ほど曲がった平屋の家で、車の向きを変える。
バックミラーを見ると、感染者がちゃんとついてきているのが見えた。
アクセルを強く踏み込み、住宅街を駆け抜ける。
来た道を戻るだけだから、脅威はないはず。再度バックミラーで確認、よしよし来てるな、よし次は......。
ん?待てよ、銃はあのライフルスリング掛けている感染者から奪えないか?
倒さなくてはいけないが、別の道からトラックにまで戻るよりはリスクが、そこまで高くないと思う。
銃が壊れてなければいいが...。
いや、ダメだ。どうやって10体以上倒すのか。ゴルフクラブ1本では立ち向かえない、ここは初めの作戦通りいこう。
俺は気を取り直して、バックミラーで追いかけて来ている感染者を見る。
よし、この辺りで右折してトラックを目指そう。
ハンドルを右に切り、アクセルをさらに強く踏みスピードを上げる。走っている途中、2回ほど横から感染者が飛び出してきたが無事に躱した。まぁ俺の運転技術は高いからな。
スピードを上げたおかげで、感染者を振りきることに成功した。トラックから、感染者を移動できたはずなので次にいこう。
さらにハンドルを右に切り右折する。
どこかこの辺りだったと思うが......お、あれだな。目視でトラックが見えた。周りには、感染者も人間もいなそうだが一応警戒していく。
スピードをさらに上げて接近し、トラックまで2mほどのところで停車。
助手席に置いてあったゴルフクラブを手に取り、急いで降りる。
急げ急げ急げ、感染者が来るかもしれない。何か何か使える物はないのか?
横転したトラックの周りを見てみると、肉片が散らばっていて、迷彩服の死体が5つくらいあった。
よし、感染者は周りにいない。早く何か見つけて、ここを離れよう。
自分の目の前にある、銃を持っている死体から89式を回収する。
手に持った重さからして、弾はまだ入ってそうだ。今は時間が惜しいので、リロードは後でしよう。
スリングを肩にかけて、銃を携行する。
再び死体に目を向ける。
死体が着ているボディアーマーやリグは血だらけで使えそうにない。
しかし、マガジンや銃剣、手榴弾、救急品袋などはリグから外して、回収する。
一度車まで運び、他の死体からも使えそうな物は回収、これを3回ほど繰り返す。
周りを見ても、まだ感染者は来ていない。もう少しいても大丈夫そうだ。
横転したトラックの荷台に駆け寄り中を覗く。
何かがちらほらと、落ちているのが見えた。
近寄って見てみると、パンツァーファウスト3が1基落ちていた。使用する機会があるかは分からないが、弾薬とセットで回収しておく。
その他、木製の弾薬箱をいくつか見つけた。表面に7.62㎜ M80普通弾 1120発 35.1kgと書いてあった。使用できる銃は持っていないが、何かに使うかもしれないので回収する。
見た感じ重量のある物は置いていったんだな、と思いながら7.62㎜の弾薬箱を車まで引きずる。
これ、めちゃくちゃ重いんだけど?
車の後部座席のドアを開けて、座席の足元に入れる。
ふと、奇声がうっすらと聞こえたので、周りを見渡すと感染者の姿が遠くのほうで見えた。
すぐにこの場から離れることを決断する。まだ、回収できていない物資があるが今は命を優先する。
手に入れた銃を撃っても、この距離からでは当たらないだろう。それに、銃を撃てば他の感染者も誘き寄せることになる。
俺はすぐに運転席に乗り込み、車を発進させる。
しかし、これからどうするか。
今家に帰るのは無理だ。もう少し市街地の状況が落ち着いたら帰ろう。時間をあければ、感染者もどこかに移動するはず、それまでおとなしくしていよう。
家に帰るという目的が、達成できない以上、別の行動を取らなければいけない。
銃を手に入れることはできた、次は食事と休息が必要だ。今走っている道の近くに、小規模だがドラッグストアやチェーン店が立ち並ぶエリアがあったはずだ。行って物資を調達したいが、人間も感染者もたくさんいるだろう。
まずは左側に見えるコンビニに行こう。
誰かいたら嫌だな。
コンビニに到着した。駐車場の端に車を停めて、車内から双眼鏡で店内を観察する。
ガラス越しから店内を見ると、中は真っ暗で照明が点いておらず、2体ほどの感染者が、うろついているのが見えた。
感染者はなぜこの距離でも俺に気づかないんだ?
まぁいいか、準備しよう。
先ほどゲットした89式を、マガジンリリースボタンを押してマガジンを抜き取る。
助手席にある別のマガジンを手に持ち、穴から25発以上入っているのが確認できたので、銃に差し込む。
チェンバーにはもともと一発入っていたからこのままで大丈夫だ。
セレクターをタから3にして、バレルに銃剣を着ける。
銃の機関部、壊れてなければいいけど。休めそうな場所で、一度クリーニングしたいと頭で考える。
予備のマガジンをズボンの右後ろポケットに1つ入れ、M26手榴弾も1つ左側のポケットに入れる。前ポケにも自衛隊員が持っていたライトを入れる。
ポケットがパンパンになった。
リグが欲しい、家に帰ればあるのに。
これ、転んだら怪我するやつやろ。仕方ないので妥協する。
一応、ゴルフクラブも持って行くことにする、貴重な鈍器だからな。
よし、準備は出来たな。
車から降りて音をたてないようにドアを閉め、ロックをかける。肩からスリングで銃を担ぎ、右手でゴルフクラブを固く握る。
喉が渇いたから水分が欲しい、あと甘い食べ物も。
俺は周囲を警戒しながら、ゆっくりと忍び足で入り口を目指す。