7 自動車
さっきまで話をしていた社長が、俺の足元で転がっている。
まぁ俺がやったんだがな。
よく見てみると、目が魚のように限界まで見開いていて、左後頭部が変形している。手足が微動しているようにも見える。
普通にキモいな。
人を殺したのに特に何も感じない、感染者を殺したのと同じ気持ちだ。
なぜ殺したのか自分でも分からない、ただ......ただ何となく。
あれっ?何でだろう?
今まで俺は、転がっている死体を極度に恐れてきた。なぜ、そのようになったのかを分からないから。
予想はできても、必ず当たっているという確証があっても、殺す過程を見ていなければ死体は怖い。
しかし、自分で倒した死体はなぜかまったく怖くない。倒した過程がわかるからだ。
いつ、どこで、誰が、何を、どうしたかを自分が当事者として理解できるから。直接手を下したからというのもあるのかもしれない。
それよりも、ようやく車が手に入った。これで、くそ面倒な歩行という活動をしなくてもよさそうだ。
駐車場にあった、社長のレ○サスSUVは俺がありがたく貰っておきますね。ありがとう社長。
殺す前に、話の長い社長からそこそこ貴重な情報をゲットした。
要約すると
「水道の水は飲まないほうがいい、あくまで噂だけど、何か入っているらしい」
「携帯が使えなくなる前にニュースを見たとき、国家非常事態宣言を発令するとか言っていたね。」
「そのとき外出禁止令も出すとか」
とかなんとか言っていたな。
水道水については、飲める環境にいなかったから問題ない。
非常事態宣言については、政府さもっと早くだせよと思う。感染者が日本で確認されてからの2ヶ月間、何をしていたのか。
その他、嘘の情報だらけとか社長言っていたけど後で考えよう。
さてと、目の前で転がっている奴から持っていた物を回収し終わったので、この会社内で役立ちそうな物を探すかと、ゆっくりと立ち上がる。
ん?何か、さっきから遠くの方でしていた銃声が、近づいてくるような気が......車で移動しているのか?
銃声からして自衛隊だと思うが。
連続した銃声が近づいてくる。これは1つじゃなくて集団、部隊規模で近づいて来てないか?
何かヤバイ。社長殺したからか?
俺は姿勢を低くして、窓際に近づく。頭だけ一瞬出して外の様子を伺うと、ちょうど自衛隊の高機動車が機関銃を発砲しながらが通りすぎる。
耳が痛い、絶対鼓膜によくないわ。イヤーマフか耳栓が欲しい。
これは、まだ次が来る。
窓からほんの少しだけ顔を出して見ると、軽装甲機動車や大型トラックが、ものすごいスピードで走って行く。
車列には、軽自動車もあったことから一般人も同行しているのか?見た感じ、自衛隊の業務車ではない。
自衛隊の車両が、見えただけでも10台は走っていった。すべての車両を数えたら20台は超えてそうだ。
どこに行くんだろう。避難するのか?避難所になるなら、俺の家の近くの中学校じゃないのか?
それとも別の任務があるのか?
などと考えていたら大量の感染者が視界に入った。
「おいおいおいおいおいっ何連れて来てんだよ」
ここはヤバイ、俺はすぐにゴルフクラブとカバンを手に取り、部屋を出る。急いで廊下を走り抜けて、階段を下り、正面の入り口を目指す。
廊下を走り、入り口が目に入る距離まで来たが、ドアガラス越しに何か走っているのが見えるので、社員用入り口から行くことにする。
駐車場は、この建物の左側にあるから、まだ正面ではないだけマシだ。
車は、端に止めてあったのをこの目で見た。
再び廊下を走り抜ける。
心臓の鼓動がはね上がり、息苦しくなる。
社員用入り口どこだよっ
探しても分からないので、駐車場方向の壁の窓を開けて外に出る。
出た先はちょうど、車が目視で見えるところだ。およそ20mほどの距離の先に車が止まっている。
俺は運が良い。
と思ったが、3体の感染者が車の奥の方向からこちらに走って来ているのが見えた。
「くそっ!」
俺はとっさに、車まで全力疾走で向かうが、感染者の方が早く俺の前に来るだろう。
これは無理だ、やるしかない。
先頭を走っていた感染者に、カバンを投げて転倒させようとしたが、倒れない。
突っ込んでくるのでゴルフクラブを構える。
「死ねぇっ」
左顎から頭頂部にかけてフルスイングする。
グゴッと変な声を上げて倒れたが、次の感染者が走ってきている。
いまだ!
「オラァッ」
もう1人の感染者の頭頂部をゴルフクラブで叩き潰す。
すると、グシャッと嫌な音を立てて動かなくなった。
「ウオラアァァ!」
もう1人に向かって走り出しながら、ゴルフクラブを思いっきり横にスイングする。
ボグッという鈍い音を出しながら、俺の打撃した方に倒れ込んでいった。
すぐに周りを見回すと、他の感染者が走って来ているのが見えた。
俺は倒した感染者たちを踏まないように、走り抜ける。
急いで車の鍵を開けて中に入り、ブレーキを踏んで、左にあるプッシュスタートボタンを押し、エンジンを掛ける。手早くサイドブレーキを解除して、シフトレバーをPからDに入れアクセルを強く踏み込む。
車はスムーズに走り出した。
「よっしゃあ!」
思わず叫んでしまった。
感染者達は、銃声で集まってきているので、すぐにこの場を離れなければいけない。
俺はどこに行くのかも決めずに、無我夢中で、運転した。
頭の中は、感染者の集団から逃げることでいっぱいだった。
バックミラーを見ると、追いかけてきた感染者の集団がだんだん小さくなっているのが見えた。
手汗で、ハンドルが少しテカっている。興奮状態だったからな。
燃料計に目を向けると、まだ半分ちょっとあるので大丈夫だ。
助手席には、ゴルフクラブが置いてあり、カバンは...
「あれ?」
放り投げてからどこにやったっけ?
まさか、置いてきたのか。
「くそっ」
悪態をつく。
過ぎたことは仕方ない、次に活かそう。
食料や包丁を置いてきたのは惜しいが、まだ物だからなんとかなる。命を失うよりはマシだ。
さらば包丁、今までありがとう。
そのまま車を走らせて、感染者を振り切った。ときどき生存者らしき人が、家のベランダから手を振っているのが見えたが無視した。
どこに向かっているのか分からないが、とりあえず一旦休めるところに行きたい。