5 思考
水中から引き上げられるように、意識が覚醒する。
「やべっ」
身体中に恐怖の感情が駆け巡る。
すぐに身を起こし、周囲を見回す......誰もいない。
懐中電灯が棚の横で光っているだけだ。
俺、寝ていたのか?意識を失っていたのか?よく分からないが、夢では無かったようだ。
......。
まだ、寝起きのせいか頭が働かない。視界も少しぼやけている。体育座りの姿勢で、少しぼーっとする。
今何時だ?
腕時計で確認する...ちょうど9時...夜か。マジかよ、6時間寝ていたのか。しかも昼夜逆転じゃねぇか。
ため息がでる。
過ぎたことは仕方ないと考え、次の行動に移す。
腹が減った。何か食べたいがジュースしかない。取り敢えず、喉を潤して胃に水分を送ることで誤魔化そう。
飲む前に口内をゆすぎたかったが、水道がでないので断念する。ジュースでゆすぐことも考えたが、あと5本しかないのでやめておく。
座ったまま、手足を伸ばして体をほぐす。
寝汗が少し気になる。シャツがベタついてて不快で、着替えたいが替えがない。
各部屋をチェックしたとき、高齢の女性用衣服しか見当たらなかっため、服についても妥協するしかない。
しかし、体は一度拭いておきたいので、まだ衛生的なタオルを探し出して拭くことにした。
「ふぅー少しだけスッキリしたな。」
小声で呟く
まぁほんの少しだけだが、気持ち的にも良い影響を与えただろう。
さてこれからどうするか?
一度家に帰ることが目的なのは間違いない。お母さんを安心させてあげないといけないし、銃を入手するには駐屯地がある自宅方面がいいだろう。
警察署や駐在所も候補に考えていたが、駐屯地よりも人が駆け込むイメージがあるので除外する。そもそも駐在所の場所は知らない。
その他、家に帰る理由としてペットの金魚にエサをあげなきゃいけない。いや、エサはお母さんがあげてるか。
......。
よし、少しだけ外の様子を見てみるか。俺は、懐中電灯の明かりを一度消して、静かに立ち上がった。少しだけ心臓の鼓動が早くなり、手が震えそうになっているのを感じた。
カーテンに近づくと、仄かにカビの臭いがしたが、そこまで気にならない。
自分の姿が限界まで見えないよう、中腰の姿勢でゆっくり捲った。
は?一瞬思考停止してしまったかもしれない。
電気がついている。それも向かい側の家からだ。
その家の周りには、4体の感染者がうろうろ徘徊していたり、外壁を叩いたりしている。
まさか、俺が助けを求めた家が電気を点けているなんて。
......分からなくもない、自分が一番かわいいからな。家族を守るため、とかそんな理由だろ。
......もしかして泥棒よけか?
田舎では、泥棒に入られないよう電気をつけっぱなしにするのは、そこまで珍しくはない。
しかし、外壁を叩いている感染者がいるから人がいるかもしれない。
いたところで、もうどうでもいいが。
気を取り直して周辺を見渡す。
俺が今いる家の周りは、暗くてよく分からないがいなそうだ。気付かれなくて良かった。
この辺の地形は分からないが、小規模な住宅密集地みたいだな。
しかし、意外と電気が点いている家がぽつぽつとある。なんでだ?家庭用発電機か?
...いや、この規模からしてまだライフラインが生きているのだろう。
この光景を見るとたくさんの疑問が湧いてくる。
まだ政府は崩壊していないのか?自衛隊や警察はなにをしているのか?他の人達はどのように過ごしているのか?いずれにしろ情報が欲しい。
他に何かないかと目を凝らして見ると、かなり距離のある場所で、ライトを点けて走っている車が目に入った。
やはり俺以外に生きている人はいるのだな。まぁ当然だな、少し安心した。
もう、見るものも無いだろう、そろそろ中腰の状態もキツくなってきたので、ゆっくりとカーテンを元に戻す。
音を立てないよう、寝転がっていた場所に再度戻り、仰向けになる。目を閉じてこれからどう動くべきか思考する。
夜に外に出るのは、視界が悪すぎるためやめたほうが良いだろう。ゲームや映画などでも夜間は活発に動くイメージがあるし、海外のメディアでは夜間は夜目が利く、嗅覚で人間の場所を嗅ぎ付けてくるとかあったな。
しかし、嗅覚で嗅ぎ付けてくるのであれば、俺なんで今生きてるんだ?感染者が家の中に入ってきてもおかしくはないと思うんだが?この家がカビ臭いからか?俺の体臭か?まぁ入って来なければどうでもいいか。
あと、俺は夜目が利くというのを怪しいと思っている。そもそも目が見えているのだろうか?
今日、公園で感染者に遭遇したときは俺と目があったように感じた。しかし、目が食いちぎられた個体もいたから感染者にも、見える奴と見えない奴がいるんだろう。
個体差があるのかもしれない。
もし、メディアの情報が全て事実だったとしたら...感染者になれば夜目が利いたり、嗅覚がよくなるのか。
生物として進化しているのでは?
俺は寝返りを打ちながら、思考する。
回避スキルがいくら高くても限界がある。夜間は出歩かずに、空が明るくなってから移動しよう。暗闇の中、走り回るのは怖いし道もよく分からない。
俺は感染者の奇声が聞こえるなか、二度目の睡眠を取り、日の出とともに家を出た。
俺は今、田んぼの用水路にいる。犬の目線でな。伏せている状態だから、服に水が染み込んでくる。不快だが、命が懸かっているので仕方ないと割り切る。
伏せているといっても、周りが田んぼだから相手からは見えているかもしれない。しかし、すぐに見つかるよりはいいだろう。
稲刈りを終えた時期だったので、用水路の水量がほとんど無いことが救いだ。
伏せながら考える、昨日は全然眠れなかった。感染者うるさすぎ、せめて寝ている間は静かにしろよ、不眠症になるだろうが。つーかお前ら感染者も、睡眠とれよ。
などと感染者を罵倒しながら、そろそろいいだろうと、頭を出して辺りを見渡す。
前方斜め右80mほどのところで、普通乗用車と軽自動車が正面から衝突している。
これは事故か?車の周りには、感染者も人間もいない。しかし、車内では何か動いているように見える。
近づくべきか、迂回すべきか。今いる道は、おそらく人通りの少ない道のはずだ。他の道を探して、行ったとしてもいつかは感染者と遭遇するだろう。
よし、覚悟を決めて調べてみるか。感染者が車の死角から、出てきたら嫌だなと思いつつ、カバンから包丁を取り出して固く握りしめる。音を立てないように立ち上がり、忍び足で近づいていった。