4 空き家
急いで振り返り、窓とカーテンを閉める。ガラスの割れた付近から、そよ風でカーテンがはためくが仕方ない。
「ゲホッゲホッ」
カーテンを動かしたら埃が舞い上がってしまい、モロに吸い込んでしまった。喉がガサついて不快だ。
咳をしたとき、一瞬あの感染者達がここまで来るのではと、ゾワリとした感覚に襲われたので早めに安全を確保したい。
暗闇に目が慣れるまで時間が掛かりそうだが、今いる部屋だけでも安全を確保したい。
人の気配は?...しない、感染者は?...いない、いたら俺死んでる。今いる場所は...多分和室だな、リビングではないと思う。
おそらくだが、この家には人がいないのだろう。人間独特の気配がしないし、この和室だけでも少々埃っぽい。掃除しろよっ。
何となくだが俺しかいない気がする。誰かいると仮定しても、窓が割れた音に反応しないのは、よほど警戒しているのか、それとも死んでいるかの二択ではないだろうか?
真っ暗な空間にも目が慣れてきたので、これから確かめて見ればいい。部屋の真ん中辺りに、テーブルと扇風機らしき物がある。周りを見渡しても、棚やテレビはない。この部屋は、特に何も無さそうなので別の部屋に移動する。
まずは右側にある襖からチェックするか。と、その前に天井から照明の引き紐がぶら下がっているのに気がついた。思わず手を伸ばしかけたがすぐに引っ込めた。
点けないほうが良いだろう。
点ければ外の人間や感染者に、ここにいますよ、と合図を送っているようなものだからな。そのような自殺行為はしない。
まだ、インフラが生きているかは分からないが、確認は水道でしよう。喉がガサついているので、水分を摂りたい。
......今気付いたことだが、俺土足で畳の上にいる。まぁ緊急事態ということで仕方ない。
外にいる感染者が、入ってこない事を祈りつつ、困憊している体にムチを打って、すべての部屋をチェックした。
うん、うまいと心の中で呟く。喉がスッキリ爽やかになり、困憊した体が内側から回復し、脳に甘さを伝えてくれる、そんな気がした。
今飲んでいるのは、ブドウ味の缶ジュース。
これ、24本入りの段ボールに入っていた物をゲットした。賞味期限まで残り4ヶ月だったので、味は問題ないはず。
段ボールは開封済みだったので6本しか無かったが、今の俺からしたら命の泉ですわ。
食べ物?ありませんよ。
まぁ水分が摂れただけでも良しとするか。
今は2階の書斎らしき部屋でくつろいでいる。少々カビ臭いが、この家で一番綺麗な部屋だったからな。綺麗な部屋と埃だらけの部屋があったので、誰かが定期的に清掃しに来ているのだろう。
階段近くに椅子を置いて、通りづらくし、扉の前には、机を動かした簡易バリケードを作った。
何もしないよりはマシだ。精神的な安心を得ることができる。
幸いなことに、この家の中には人間も、感染者もいなかった。良かった、良かった。
各部屋をチェックしたとき、ついでに使えそうな物も回収してきた。
マッチ、ライター、蝋燭、懐中電灯、電池、包丁、ガムテープなど......照明に関する物ばかりだな。
家庭用救急箱も見つけたが、箱のサイズがデカイので、中身を厳選して持っていくことにする。
防災袋があれば良かったのだか、見つけられなかった。無いのかもしれない。
バックパック等の、背中に背負うタイプのバックも無かったので、回収した物は見つけたラップトップバッグに入るだけ入れようと思う。
これで使えそうなものはある程度回収できたと思う。
この家が、空き家だからなのかは分からないが、電気もガスも水道も点かなかった。
今日はもう疲れた、と床に転がり上を見る。棚の横で光源となっている懐中電灯が、右目の視界に入った。
ぼーっとする
何で、家帰るだけなのに此処にいるのだろう。
......今何時だ?2時56分か。
午後じゃん
あの公衆トイレを出てから約4時間経ったのか。
てっきり、もう夜だと思っていたわ。それだけ俺の精神が疲弊していたのか?体も、もうくたくたで動きたくないし。
まぁこの短時間の間に、起きた出来事からすれば分からなくもない。
あと家までどれくらいだ?多分...あと2kmちょっとか。今からここを出発して夕暮れまで間に合うか?...無理だな。
俺が住んでいるアパートは、駅から15分程度の場所、周辺には自衛隊駐屯地やショッピングセンターなどの商業施設も多数ある。市街地のエリアだから人が多いし、その分感染者も大量にいるだろう。電車も今では運航していないはずだ。
今日はこの家で、1日過ごさないといけないのか。まぁ仕方ない。
外からは感染者らしき気配と奇声が聞こえる。少し、窓から外の様子を見てみるか?いや...感染者にバレる危険性があるのでは?
しかし、情報は必要だ、少しだけ見てみよう。
......体が動かない、休息を欲している。体が小刻みに震えているように感じる。正直怖い、一歩間違えれば俺もあの化け物どもの仲間入りだ。
「はぁ」
ため息がでる
反省しよう、浮かれていた。
今までと変わらない日常がようやく終わって、素晴らしい世界が始まった。そんな世界で、自分なら無双できると、心の中で無意識に考えていた。
しかし、現実はまだ感染者の1人も倒していないし、誰かを助けた訳でもない。自分自身に、冷静になるよう心掛けていたが、気付かないうちに興奮していた。どれだけ頭で冷静になれと考えても、実際に起こると勝手に動いてしまう。俺は舞い上がっていたんだな。
あの女性の悲鳴が聞こえたときも、体が勝手に動いたのは、『獲物』を先に横取りさえないためとか、あわよくば良い関係になろうとしていたのだろう。いや、そうだな。
女性は、俺の見えないところで死んだか、上手く逃げ切れたんだろう。今ではどうでもいいが。
感染者に追いかけられ、全力ダッシュしてなんとかなったのも、運が良かっただけ。
この家の中に、誰もいなかったのも、ただの偶然だ。
自分の実力でもなんでもない。
......。
自販機の下にあったのは何だったんだろう?
...猫かなんかの動物が勝手に入れたんだろ。そうに違いない...そうじゃなかったら、ヤバイけどな。
憶測に憶測を重ねても意味がないのでやめよう。
と、これからのことを思考していたら、いつしか俺の意識は消えていた。