2 血
※グロ注意
外へ、と風が吹く。
木々が揺れ、鳥が飛び立つ。
大丈夫だ。
そのまま足音を立てないように歩き、トイレから離れていく。
歩きながら再度、周囲確認。...何もいないな。
「よしっ行こう」
走ってはダメだ。すぐに体力を消耗してしまう。ここは競歩の選手のように、早歩きが望ましい。
再び歩道を駆け出す。
「はぁ...はぁ...」
やっぱり体力が落ちている。以前ならこれくらい全然歩けたはずだ、息が続かない。
しかし、この道は周りが田んぼや畑だから見渡しが良い、今はそれが救いだ。誰か来ればすぐに分かる。
しかし、見渡しが良いということは相手からも見えやすいということ。念のため全方位、警戒しながら行こう。
このまま早歩きで行けば、まずは自宅までの中継地点となる、古ぼけたクリーニング屋がある。あそこのお婆さん生きてんのかね?まぁどうでもいいけど。
その周りには、民家がポツポツと点在するだけだけで人通りも少なかったはずだ。
そのクリーニング屋の奥の『左斜めの道』を進めば、下道に出る。
そこまで何も問題がなけ...マジか、後ろから車が来た。あれはアル○ァードか?
ここは呼び止めて乗せてもらおう。
一旦立ち止まり、振り返って自分の存在をアピールする。声を出すのは不味いからジェスチャーで相手に伝える。
猛スピードで走り去る。
......普通に無視されたわ。
まぁまぁ多分ヤバイ奴だと思ったのか、余裕が無かったとかそういう理由でしょ。感染者だと思っていてもおかしくはないだろう。
......。
一般道って時速60kmくらいまでじゃなかったけ?あれどう見ても80kmくらい出てね。それだけ急いでいた理由があるのか?
「ふぅふぅ」
本音を言うともう歩きたくない。
息が苦しい、太ももがズキズキする。まだ2kmも歩いていないはずなのに、この調子だと30分くらいでダウンするんじゃないか?
「はぁっはぁっ」
ヤバイ、本当に息が上がってきた。
もうそろそろ休憩しよう。
クリーニング屋の前に自販機があった筈だから、クリアリングしてから買おう。
あともう少し、もう少しだ。
「ふぅー」
ようやく自販機が見える30m手前についた、が問題がある。
...この血は何だ?
自販機から4.5m程離れた所に血溜まりがある。あれはなんだ?
あの血溜まりは赤いだけじゃない、あれはまるで吐瀉物をそのまま放置したような...。
「うっ」
ヤバイ、吐きそうだ。口の中に酸っぱいものが上がってきた感じがする。反射的に口を両手で塞ぐが少し戻してしまったかもしれない。
どうにか嘔吐感をこらえて自販機に近づいていくと、あることに気がついた。
血痕だ。
あの血溜まりから点々と続いているようだ。それに何かを引き摺ったのか?血痕が黒い。
「っ!」
やはりあの血は吐瀉物なんかじゃなかった。ここで誰か死んだんだ、それも恐らく1人じゃない。この量からして最低でも3人は死んでいる。
ということは、この血痕を辿っていけば生存者がいるかもしれないな。
感染者に追われていて、ここに逃げ込んだのかもしれないし、何らかの理由でここから動けなかっただけかもしれない。
どちらにせよ、背後から襲われる危険性があるから確認は必要だろう。
自販機が見える位置から警戒して進む、が何か変だ。血痕が途中で途切れている。
何かに引き摺られたような血痕だ。
血痕に顔を近づけてよく見る、......何だこれ、地面にある黒くて丸い物体から点々と続いているようだ。そしてそれは、自販機の下にある隙間へ続いているように見える。
「うぷっ」
この光景を見て気分が悪くなってきた。しかし、確認しないと後ろから襲われる。
俺は恐る恐るその黒い物体に顔を近づけると、そこには......顔があった。顔というか、目や鼻や口がある、人の顔半分があった。
「うっうわぁぁ」
慌てて後退する。
「なっなっ何で下に置いてあるんだぁ」
くそっ!あの顔半分は何なんだ、この自販機の下で何が起きているんだ。
あれは駄目だ、何かヤバイものを感じる。もう見るな、見てはいけないと俺の危険感知センサーがビンビン反応している。
俺はまだ自分が正常だと思えるうちに、踵を返すようにその場を離れた。
「はぁ...はぁなんなんだよ」
若干イラつきながら、血痕を辿らずに早歩きで奥の道に進む。
あの顔半分は何かヤバイ、そう俺の第六感が叫んでいる。あれを見てから、俺は心臓がバクバクして冷や汗が止まらない。汗で髪の毛が張り付いて鬱陶しく感じる。
早くここから離れよう、そう思った瞬間だった。
どこからか女性の悲鳴が聞こえた気がした。
「ひっ」
今の悲鳴はなんだ?それにどこから聞こえたんだ?分からないぞ!何でこんなときに悲鳴が聞こえるんだよっ!やめろよ、やめてくれ!
「うっ」
再び込み上げてくる嘔吐感を必死に堪える。
また聞こえたぞ、今度はハッキリと聞こえた。近くに感染者がいるのかもしれない。
俺はその悲鳴に反応するように、無意識で音のした方角へ早歩きで進んでいた。
くそっ!止まれ、止まるんだ俺っ!あそこにいるのは絶対にヤバイ奴だって、俺の危険感知センサーがビンビン反応してるぞ!!
何でよりによって、そっちに行くんだよっ!馬鹿かっ!! くそっ!もう手遅れだ。俺は悲鳴が聞こえた方に歩を進めてしまっている。今の悲鳴は女性の声だった、それもかなり若い声だと思う。
どうする?このまま行くべきだろうか?行ったとして俺に何が出来るというんだ、ただの一般人に出来ることは少ないぞっ!
そもそも俺に戦闘能力なんてなく、知識も中途半端なんだぞっ!
それに俺には目的があるだろっ!何をやっているんだ俺っ!【感染者】になるつもりかよっ!!
「うっ」
もうどうしようもない。この【衝動】は抑えられるものじゃない。それに足も止まらない、もう悲鳴が聞こえた『右側の道』を一直線に進んでいる。
「あぁくそっ」
そしてついに、悲鳴が聞こえた場所にたどり着いてしまった。
そこは少し開けた場所で、その奥には小さい公園があるようだ。
「どこだっ!?」
辺りを見回すと小さな公園の入口に、人が転がっているのが見えた。
「くそっもうやってるかっ!」
もう既に遅かったらしい、距離にして数十m、入口にいる感染者は、まだこちらに気づいていないからかフラフラとした足取りで公園内を見ている...ように見える。
ここからでは良く見えないが、確実にあの悲鳴を上げた若い女性は、すでに感染者に殺されているのだろう。
くそがっ!間に合わなかったのか!
ゆっくりと、音をたてないように歩を進める。
ようやく公園の入口が見える距離まで近づいた。