再会、ホワイトコング
「おー♪ これは楽しいな」
空飛ぶ絨毯に乗っているナイルさんはご機嫌だった。交替で操縦しながらホワイトコングの森へと向かう。馬車では三日程かかったのに、直進出来るためか一日とかからずに目的地へと着いた。
久しぶりの場所だが以前とは雰囲気が違う。やはりあの時は異常だったんだな。
「早速誰か来たな」
ナイルさんが示す先からはハンマーコングが近づいてきた。だが、敵意などは感じられない。むしろ歓迎されている感じがある。
「キュキュ。キュキュー」
「ウホ。ウホホ」
ベルが話してくれたようで、出迎えてくれたハンマーコングは俺達の案内をしてくれた。
森の中は以前とは違いゴブリンを見る事は無かった。それに、森の恵みが豊富に生っていた。
たまに子供のハンマーコングも見かけ、ベルやコタロウと挨拶を交わしたりもする。
「こんな状況じゃなければ、リッカ達も連れてきて遊ばせるんだけどな」
「ジュンの従魔達は喜びそうだな。それなら"不動鬼神"をさっさと倒すとするか」
「簡単に言ってくれるな」
話をしているとハンマーコング達の住みかに着いた。そして、案内された先にはホワイトコングが座っていた。
「待ったおったぞ」
ホワイトコングは何もかも分かっているような目をしていた。そして、俺達を座らせると話を始める。
「儂の本当の名は、ミジャール・ルジャンダじゃ。お主の予想通りじゃよ」
「何かこっちの動きを分かっているようだな」
ナイルさんの警戒を含んだ視線を向けて質問するが、ホワイトコングはサラっと答えた。
「儂は千里眼を持っておるからな。千里眼による索敵や監視、封印や結界の腕を買われて守護四家に選ばれたのじゃ。今でも王都の監視は続けておった。そこでお主達の戦いを見させてもらったんじゃよ」
ホワイトコングの額に目が現れた。漫画などではよく見た光景だが、実際に目の前で起きると驚いてしまうな。
「ちなみに今の姿はやっぱり」
「ああ。目は元々じゃが儂の場合はボタンの奴に裏切られてこの様じゃ。他にもギルドマスターも儂と同じ目にあったの」
確かウォルフの祖先だったな。中枢に裏切り者がいるのはキツいよな。
「さて、儂の所に来たのは"不動鬼神"の事じゃろ」
「ええ。倒す方法があれば知りたくて」
ホワイトコングは遠い目をしてから口を開いた。
「今でも夢に見る。儂に勇気があれば倒すことが出来たはずじゃった。……やり方はさほど難しくはない。この札をまずは“不動鬼神”の四肢に貼るのじゃ」
ホワイトコングの手には不思議な紋様が描かれた札が握られていた。
「そして魔法陣の中におびき寄せて最後にもう一枚札を使う」
「簡単そうに聞こえるが、四肢に札を張るのもかなり難しいんじゃないか?」
俺もそう思う。
「だがやらねばならん。当時は剣聖と呼ばれていた騎士団長、それにトップクラスの冒険者が四人がかりで成し遂げてくれた。相応の代償は負ったがの」
昔を思い出して複雑なのだろう。手に力が入り震えている。
「最後の札は魔法陣の術者が行わなければいかん。術者は魔法陣を展開している間は動きの制限もある上、基本属性全てを使えるものではなくてはならん」
「それなら私が該当するな。もしくはミランダだな。だが、私の方が適任だろう」
「危険じゃないか」
俺の言葉にシェリルは笑うだけだった。
「誰かがやらねばならんのだろう。能力的にも人は限られている。ミランダは完全に後衛のタイプだからな。何かあったときの対処は私の方が上だ」
文句は言わせないとばかりの視線だった。俺は黙るしかなく、ホワイトコングは話を再開させた。
「術者は最後に札を地面に投げるか、対象の顔に貼らねばならんのだ。地面に投げると封印が完了する。そして、顔に貼れば弱体化じゃ。力や魔力を大幅に封印するのじゃ。その時こそ討伐のチャンスになるはずじゃった。…儂は“不動鬼神”の迫力に負けて地面に投げて封印したんじゃ」
ホワイトコングは悔しそうに地面を殴りつけた。その顔からは後悔や無念が伝わってくる。
「悔しがっている所悪いが、その術式はどんなものなのだ?」
「ちょっと見ておれ」
俺達の前には大きな魔法陣が現れた。その魔法陣には細かく文字らしきものなども刻まれている。俺とナイルさんは見ても訳が分からない感じだが、シェリルは集中してその魔法陣を見ていた。
「こうか」
シェリルは同じような魔法陣を作り出してみせた。俺には何年経とうと出来ない芸当だ。
「見ただけでここまで使えるか。だがそうではない…」
ここからホワイトコングとシェリルの魔法陣の話が始まった。完全に蚊帳の外になった俺達は、寄ってきたハンマーコングの子供達と戯れたりナイルさんと話をしながら待つことにした。
「浮かない顔だな。シェリルに任せるのが不安なのか?」
「実力は不安に何て思いませんよ。どちらかと言うと何も出来ない自分が悔しいですかね」
仲間を頼り一緒に頑張る事を決めたのだが、不安は中々拭えないものだ。
「まあ気持ちは分かるがな。自分が傷つく方が楽だよな。でも仲間を信じなきゃ成り立たない作戦もある。アイツもお前を信じているからこそ、危険な役目を引き受けるんだ。こっちの働きで危険を減らすことも出来るぜ。だからそんな顔をすんじゃねえよ」
笑いながら背中をバシッと叩かれて気合いを注入される。本当に頼りになる人達に恵まれているな。
「キュキュ♪」
「たぬたぬ♪」
「ウホホ♪」
ナイルさんの真似をしてベル達も背中を叩いてきた。本人達はじゃれているつもりだが、ハンマーコングは子供でもその名前に恥じない力を持っていたと言っておこう。
「まったく。何をしているんだ」
突き飛ばされて前のめりになっている俺にシェリルが声をかけてきた。俺は返事をしようとしたのだが、楽しくなったベル・コタロウ・ハンマーコングの子供達が次々と俺に乗っかってきたので返事をする事ができなかった。
「本当に何をしているんだか」
「ハハハ。好かれている証拠だからいいじゃねえか」
埋もれていた俺の体だったが少しずつ軽くなってきた。辺りを見回す余裕ができたところでシェリルとナイルさんがベル達やハンマーコングの子供を引きはがしてくれた事が分かった。
「助かった」
「本当に貴様は魔物に好かれるな」
そう言いながらハンマーコングの子供を撫でていた。シェリルも十分好かれていると思う。俺の場合は遊び相手と言う感じだ。
「まあ嫌われるよりは全然いいな。ところでさっきの魔法陣は覚えたのか?」
「問題ない。後は実際に戦う時まで慣れるように練習するだけだな」
「そうか。…ところで他の魔物にも効果があるのか?」
ホワイトコングの方を見ると首を横に振っていた。
「残念じゃがそれは“不動鬼神”用に編み出した術式じゃ。他の魔物には通用せん」
それは残念だ。便利な技かと思ったが特定の魔物に特化させたのか。
「それじゃあそろそろ帰るか。領主にもなるべく早く帰るように言われているしな」
「引き留めたいがそういう訳にはいかんからな。…お主達には伝えたいことがある。戻ってきたらまたここへ寄ってくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらじゃ。気をつけるんじゃぞ」
俺達は挨拶を交わして森を後にした。別れ際、ハンマーコングの子供達が少し寂しそうにしていた。ベル達が「また来るね」とでも言ったのか、声をかけると元気を取り戻していた。今度は皆を連れて遊びにこよう。
空飛ぶ絨毯に俺達は乗り込み、タカミの街を目指して出発する。
「思った以上の収穫だったな。しかし、あの依頼中にホワイトコングと知り合うとはな」
「“光の剣”。ああ、今は“栄光の宝剣”か。あれとも面識を持っちゃいましたけどね。喜んでいいんだか悲しんだ方が良いのか」
「私は貴様やベル・コタロウと縁を結べたから喜びの方が大きいがな」
「キュキュー♪」
「たぬぬ♪」
ベルとコタロウは賛同するように両手を上げて跳び跳ねている。
「仲がいいな。お前は王都でも知り合いや従魔が出来たみたいだし、縁に恵まれているのかもな」
「良縁だけなら大歓迎なんですけどね」
ナイルさんに言われて、今回はどんな冒険になるか考えてしまう俺だった。