幕間④
「早く研究を進めないと。ハハ。アイツが全ての鍵かもしれない」
ボロボロの体を引きずりながらも笑みを浮かべているのはフォールだった。彼は間一髪のところで転移することに成功して、ギリギリの状態だが生き延びていたのだ。
「しかしここはどこだ?無理に転移したから座標が分からんな」
フォールは辺りを見回して首を傾げる。見たところ四角い部屋で通路が一つだけある場所だった。身に覚えがない場所だが、出口が一か所しかない以上進むしかない。フォールが歩き出そうとしたところで声が響き渡る。
「お主を逃がすわけにはいかんな。しかしエイプスが人形でお主が本体だったとはな。今度は騙されんぞ」
声の主は朽ちかけの骸骨だ。
「……その声は聞き覚えがあるな。確かネイラート家のガロンだったな。消えかけている者が俺を止められるのか?」
声の主を確認したフォールは不敵な笑みを浮かべた。事実ガロンの体はフォールよりもボロボロだった。もはや立つ事さえできないだろう。存在を保っているだけで不思議なくらいだった。
「ワシの命が残り僅かなのはお主よりも分かっておるわ。儂の役目は逃げるお主をこの場に連れて来るだけだ」
「転移する俺をこの場におびき寄せたのは貴様という事か。無駄な努力ご苦労だったな。さようならだ」
フォールはすぐに魔法放つ体勢になった。一撃でガロンを葬り、どこかで別の場所で研究を開始しようとフォールは思っていた。だがその願いは叶うことは無かった。
「さようならするのはお前だ」
声と共に閃光のような煌めきがフォールの体を通過した。
「え?」
フォールの体が半分に分かれた。フォールは自分を切った者を確認すると表情を歪ませた。
「モラン。また貴様か!二百年前と同じく邪魔しやがって!」
現れた男はモランだった。モランは記憶の能力を使って自分の分身を現在まで維持させていたのだ。
「お前が王国に仇を成すからだ。自らの欲望を優先させたお前を儂は許さん」
「おい!俺を殺す気か!?俺は天才なんだぞ。滅びの正体だってもうすぐ掴める。お前達にも有益だろ!」
「信用できんな」
「やめ…」
モランはフォールにとどめを刺した。フォールの体は崩れ去り消えていった。それを二人は複雑な表情で眺めていた。
「これが二百年前に出来ていれば良かったんだがな」
「全くだ。儂は元帥という立場にありながら陛下の暴走も止められんかったからな」
「それを言うなら剣聖と言われ騎士団長を務めたにも関わらず“不動鬼神”を倒せんかったワシにも責任がある」
「まあ互いに過ぎた事だ。いまさら何を言っても変わらん。後は今を生きる者に任せるしかないな」
「歯痒いな」
「まあな。だがあ奴はまだ生きておるではないか。儂の記憶の能力も覚えてもらったしの」
「ワシも剣術を伝えておるな。……あ奴も責任を感じておったからな。一人で暴走せずに協力し合ってくれればいいがな」
「そうだな」
それだけ言うと二人の体は光に包まれ消えていった。彼等は最後まで王国の繁栄と民の平和を願っていた。そして、今回戦ってくれたすべての者達に感謝をしていた。
――――――――――
「いやー、今回はピンチだったな。これ続きいつ発売するの?」
「彼の物語が進めば本は増えるよ。君も知っているでしょ」
運命神である少年の空間には、今日もダルそうな男の神様が寝転びながら本を読んでいた。
「まあな。しかし今回はお前の嫌いなタイプの転生者が関わり始めてきたな」
男の言葉に少年は肯定する。その時の表情は笑ってはいるが目が笑っておらず本当に怖かったと男は後に別の神に語っていた。
「そうだね。聖王国の勇者は転生者だ。まあシャイニーも転生者だけど、あれとは格が違うくらいの加護を与えられている存在だ」
「ならガローゾだっけか。アイツが勇者にでもなっていたのか?」
「そうだね。彼は誰からも愛されるような立派な勇者になったはずだよ。もしかしたら彼らと一緒に滅びと戦っていたかもしれないね」
「そんな男が国や家族から見放さられたのか。世知辛いな」
少年は紅茶を飲んでからまた話を続ける。
「それだけ神の加護の影響は大きいんだよ」
「ちなみにどの神が送ったんだ?」
「愛と正義の女神だよ」
「あの女か。…妄信的で話が通じないんだよな」
二柱の神は同時にため息をついた。愛と正義の女神は自分の主張を曲げる事はまずないのだ。自分こそが正義で正しいからだ。
そのためトラブルが絶えない。愛と正義のためなら加護だろうが能力だろうがバンバン与える。何なら現地に行って介入することもあるくらいだ。
二柱の神とは考えや行動がかなり違っているため、まず相容れない存在だ。
男の神は気分を変えるためにお菓子をボリボリと食べ、紅茶を一気飲みする。
「ところで彼は人間じゃないみたいだが、お前がやったのか?」
「いや、僕は何もやってないよ。エルフ・ゴブリン・スライム・ドラゴン。転生すると他にも色んな動物や魔物に生まれ変わっているからね。ただ、予想はつくけど僕でも正体が見えないことには違和感はあるね」
「予想はついているのかよ。ああ、ネタバレはしないでくれよ。俺は物語を読み進めるから」
「本は汚さないでくれよ。さっきからお菓子をこぼしすぎだよ」
「了解」
二柱の神は再び読書の時間になるのであった。
――――――――――
初めはただの人形だった。だけど“リッカ”と名付けられて少し経つと自我が芽生え始めた。気が付くと隣にはいつも卵があって、楽しそうにする人たちが見えていた。
時折、暖かい力が流れ込んできた。流れ込んでくるたびに意識がハッキリしてくる。初めの内はゆっくりとするのが心地よかったのだが、段々と寂しくなってしまう。皆は日中はどこかに行っているので静かだったからだ。だから自分も一緒にいたいなと思っていた。
そして願いは叶った。体が自由に動くようになった。皆はいつものように朝食を食べていた。仲間に入りたかったので男に声を掛けに行った。
「はぁ!?」
男の声にはびっくりしたけどどうしたのだろうか?すると、二匹の従魔が声をかけてくれた。仲間に入りたいと言うと二匹とも快く承諾してくれた。男も受け入れてくれたので飛びついてしまった。
しかし、最初のピンチはすぐに訪れた。火山地帯で凶悪な魔物に出会ってしまった。何か不思議な技を受けると自分と男以外が動かなくなった。訳が分からなかったが、頼まれ通りに隠れ家に運んだ。後から仲間に聞いたら、思い出したくない嫌な記憶を引き出されたとの事だった。自分は産まれたばかりだから通じなかったと思うが、今なら通じるだろうと思った。
それからも強敵との戦いは続いていく。自分が死にそうなこともあったし、実際仲間が一度死んでしまった。人形の体にも涙があるのだと知った。この時は運良く助かったが、仲間が死ぬのは怖いと思った。
リッカの夢は皆でずっとのんびりと過ごすことだ。だけどそのためには今を頑張らないといけないと知った。だから夢をかなえるまで誰も死なないようにと願いを込めて身代わり人形を作り始めた。完成間近で初めて知ったのだが、効力は一ヵ月程度で貴重なアイテムが必要になった。アイテムは手に入ったが、完成させるタイミングが大事だと思った。むしろ完成させる状況が来ない事も願っていた。
だけど願いも空しくそんな状況がやってきた。新しい仲間の分は用意できなかったが、他の仲間の分は用意できた。だけどこれは伝えない。必ずしも身代わりが成功するとは限らないからだ。身代わりを期待して作用しなかったら大惨事だ。それなら初めから死なないように戦ってもらった方が良い。
でも大切な人達が傷付くと体が勝手に動いてしまう。大切な人を連れて行かせない。そんな思いで敵に飛びかかった。そしてズタズタに切り裂かれた。
気が付くと隠れ家にいた。自分の人形が無くなっていた事から、恐らく入れ替わったのだろうと思った。すぐに隠れ家から出ると、初めに戦った城壁に着いた。急いで元の場所に戻ろうと思ったが、リッカは足を止めた。
自分の力では言っても助けになれないと感じたからだ。そんな時に自分の手に握っている物が目に入る。フォールの髪の毛だ。
そして閃いた。自分のゆっくりした時間を奪うアイツを呪ってやればいいと。半信半疑だったが効果は十分だったようだ。
皆が生きて戻ってきた事に心底安心した。そして宴会が始まった。この時間がずっと続けばいいのにと思った。
――――――――――
とある森の中の洞窟で一匹の猫が出産を終えていた。
産まれた仔猫の数は全部で八匹。全員が元気な様子で遊び始めようとする。しかし、一匹の仔猫を確認すると親猫も兄弟猫も態度を変えた。
「ニャー」
その仔猫は他の兄弟たちと違って黒い毛並みだった。そして高い魔力を有していた。そんな事を分かっていない仔猫は、親に甘えたり兄弟と遊ぼうと思って皆に近づいた。
「シャー!!」
その瞬間に親猫は仔猫を威嚇した。仔猫は訳が分からなかった。だけど親や兄弟が自分に敵意を向けているのは感じ取れた。怖くなった黒猫はその場から逃げ出した。
無我夢中で逃げた仔猫は気が付くと街についていた。逃げている途中に他の魔物からも狙われていた仔猫は弱っていた。
そんな中で今度は人間に見つかった。孤独に過ごすのが寂しい仔猫は一縷の望みに賭けたが、すぐに打ち砕かれた。
「黒猫じゃねえか」
「え~、気持ち悪いです。退治しちゃいましょうよ~」
「そうだね。僕達のような光とは対を成す存在だ。脅威になる前に退治しておかないと」
仔猫はまた逃げた。素早さと体の小ささを活かして逃げ切る事は出来た。でも疲れた。寂しい。安心できる場所や安らげる場所が欲しいと願った。
そんな中、近くで賑やかな声が聞こえた。そこは孤児院だった。楽しそうにする子供達を見て嫉妬をした。自分もあの輪の中に入りたいと願った。そして暫くすると子供達は眠りにつく。仔猫は夢猫としての魔物の本能が働いたのか、子供達の夢の中に入る事に成功した。
夢の中は仔猫にとって幸せだった。誰も自分を傷つける事ができず体力も回復できる。その分、子供達の睡眠に影響したようで目が覚めるのが遅くなってしまった。今はそれだけだが、魔力量が多くない子供達にはいずれ害が出ると感じた。
仔猫は子供達を害する気持ちは無かったので数日だけ休んでから外へと出た。
最低限しか回復していなかったので仔猫はすぐに疲弊してしまった。そして人間に見つかった。
「フシャー」
精一杯の威嚇だが人間は動じる様子が無かった。そして仔猫に水をかけてきた。
これからどんな酷い事をされるのかと思った子猫はさらに睨みだした。しかし、すぐに自分のケガが治っていることに気が付くと、ただただ人間を見つめてしまった。
さらに不思議な魔法で体の汚れが落ちた。仔猫はこの人間は敵じゃないかもしれないと思いゆっくりと近づいた。
「何をしているんだ」
不意に聞こえた声に仔猫は驚いた。目の前の人間が視線を逸らしていたので、反射的に人間の夢の中に入ってしまった。
そこでは仔猫の想像だにしない出来事を見る事ができた。不思議と見る事ができない記憶もあったが、従魔達との出会いや、ダンジョンに潜って女性を助けるために強い魔物達と戦う姿などの仔猫は惹かれていった。また、男は魔力量が多いために子供達と違って睡眠時間以外に影響は出ない事も感じ取れた。
でも一番惹かれたのは彼らの日常だった。一緒に遊んで美味しい物を食べたり、お風呂に入って上がった後は暖かいベッドで一緒に寝たりと羨ましいものだった。自分も仲間に入りたいと思って人間が一人になった時に会いに行った。
姿を見せると優しく抱き上げられて膝の上に乗せられた。美味しいご飯を何も言わなくても出してくれて、優しく撫でてくれた。仔猫にとっては涙が出るほど嬉しかった。だけど別の人間は怖かった。気配を感じるとまた、人間の夢の中に避難する。
暫くは人間の夢の中で過ごした。たまに夢を操作して皆で遊んだりもした。楽しいと思ったが、本物ではないので最後には虚しさが残った。勇気を出して会いに行こうとも思ったが、隠れ家にいる時は何故か夢から出られなかったので諦めた。
そして人間が空を飛ぶ乗り物に乗った時に、自分とそっくりな生き物が幸せそうにしている絵を見て羨ましいと思った。寝静まった頃にその絵を眺めていると急に掴まれてビックリした。だけど優しく抱きしめてくれたから本当に嬉しくなった。起きる前に夢の中に戻ったが仔猫の顔は絵の中と同じで幸せな表情をしていた。
仔猫はその後も夢の中から周りを見続けていた。卵が孵った時に歓迎されている魔物に嫉妬もした。自分も勇気を出していればあの輪の中に入れていたのではと思うと悔しかった。それでも恐怖の方が強かった。他の者達に否定されたらと思うと勇気は出なかった。
だがそんな事を言ってられない出来事が起きた。人間がピンチに陥った。このままだと人間が大怪我負ってしまう。下手をすれば死ぬかもしれない。
仔猫の体は勝手に動いていた。
「フシャー!!」
自分より大きく強い相手。でも不思議と怖くは無かった。人間は自分に“メア”という名前もくれた。とても嬉しかった。強敵たちとの戦いが終わった後も、自分を嫌う存在は誰もいなかった。優しく撫でてくれたり楽しく遊んでくれる者達ばかりだった。
仔猫は居場所を見つけた。居場所を守るために頑張り続けようと決心した。