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報告と宴

 疲れていたのかいつの間にか眠っていたようだ。


 目を開けると他の皆はまだ眠っていた。それでも一緒に遊んでいたベル達を誰一人離そうとしていなかった。俺もリッカをしっかりと抱きしめていたしな。


 そのままリッカを軽く撫でた。楽しい夢でも見ているのかリッカは笑っていた。…本当に失わずにすんで良かったよ。


 もしリッカが亡くなっていたら俺は今どうなっていただろうか?リッカだけじゃない。シェリル・ベル・コタロウ・ムギ・ネロ・メアの誰を失っても心が張り裂けると思う。


「強くなりたいな」


 強者と戦った後はいつも思ってしまう。能力・装備には恵まれているが、元々平和な国で暮らしてきた俺だ。


 スポーツはやっていたから試合や競争はしている。友人と喧嘩だってした。だけど武術は体育であった柔道くらいだし、武器で人を刺した事も無ければ、狩猟や動物の解体だってしたことがない。


 だから命を奪う行為も奪われる行為も怖い。魔物はまだ割り切って戦う事ができる。だけど人と戦うのは慣れる気がしない。ナイルさんみたいに手合わせならば気にならないが、命がかかるとなると後手に回ってしまう。


 ダンジョンで出会った盗賊、人形だったがエイプス、そしてフォール。俺は従魔を失いかけてから戦っていた。一歩間違えればコタロウ達は死んでいただろう。生きていて勝てたから良いとは決して言えない事だ。

 

 ガローゾとの戦いだってメアの存在やノルンさんが止めを刺してくれたからこそ勝てた。フォールを倒したのもあの状態になれたからだ。


「何かバカな事を考えているな」


 落ち込んでいた所にシェリルが声をかけてくる。

 俺の隣に移動してくると顔を覗き込んできた。


「無事に終わったというのに浮かない顔をしているな。話してみろ」


 シェリルの表情は柔らかく、優しく包み込むような雰囲気があった。俺は不安に思っていることが口から出てしまう。


「自分が情けないんだよ。人と戦う事に慣れなくて、コタロウ達が危険に晒されてから力を出せる自分がな。こんな事を繰り返していると、次は本当に誰かを失うんじゃないかと思ってしまうんだ」


 シェリルは黙って俺の言葉に耳を傾ける。


「それに自分が何者かが分からないのも不安なんだよ。普段はそんな事は考えないし気にしてなかったけど、フォールとの戦いで改めて感じたよ。リッカがやられた後は、自分が黒く染まっていくような変な感覚だったんだ」


 そう言って俺は俯いた。視線の先には気持ち良さそうに寝ているリッカがいる。


「貴様は考えすぎだ。少なくとも私やベル達は貴様を情けないだなんて思っていない。人と戦う事に慣れなくても構わん。むしろ平然と殺せるようになった方が嫌だぞ」


 シェリルは俺の肩に頭を乗せる。


「それにベルだけじゃなく、コタロウやリッカ達も十分に強くなってきている。貴様が守ろうと思う必要はないぞ。一緒に戦えばいいだけだ。貴様が大切に思っているように、向こうも貴様を大切に思っているのだからな」


 …そうだよな。コタロウ達は俺を守ってくれるほど強いからな。あの場面では俺が前に出るんじゃなく、リッカと協力するべきだったな。そうすれば違う結果になったかもしれない。もっと頼るべきだな。


「それと貴様は貴様だ。不安になる必要はない。あの状態が長引くようなら殴ってでも連れ戻してやる」


 不思議と元気を貰う。俺はただその言葉を信じるだけだ。


「ありがとうなシェリル」


「礼などいらん」


 いい雰囲気が流れるが、視線を感じてそちらの方を向く。そこには若干顔を赤らめながら気まずそうな顔のノルンさんと、興味津々にガン見しているスカラさんがいた。


「私達の事は空気と思って続けてくれて構わない」


「そうか。それならもう少し続けさせてもらうぞ」


「「いや、無理だろ」」


 スカラさんとシェリルのやり取りに思わずノルンさんと突っ込んでしまう。その声でベル達を起こしてしまった。


「キュキュ?」


 眠そうな目を擦って俺達を確認する。そのまま腹が減ったとばかりに俺を見つめてくる。


「疲れて眠ったから昼飯を食べてないもんな。…せっかくだからご馳走でも用意するか。もう少しだけ我慢してくれるか?果物を少し用意しておくから」


 ご馳走と聞いて目を輝かせている。この姿を見ていると悩んでいた自分が馬鹿らしく感じてしまうな。俺はまずフルーツの盛り合わせを用意して部屋の机の上に置いた。


 するとベル達はフルーツを仲良く分け合って食べ出した。部屋を出ていこうとした俺にもフルーツを持ってくる。そしてメアは本当に嬉しそうに食事をする。今まで誰かと一緒に食べるという事をしたことが無かったのだろう。


 その光景を見ながら部屋を後にしてリビングに向かった。時間は十八時を回っていた。人数が多いから少し改装する事にした。一度テーブルやソファーを片付けて、大きめのカーペットを敷く。テーブルをいくつか購入してその上に置いて、座椅子も人数分用意する。


「これでいいよな。後は料理か。渡り人って事はバレているから気にせずに料理を選ぶか。お膳形式より好きな物を取って食べる形でいいよな」


 寿司・天ぷら・刺身・焼き鳥は外せないよな。それから串揚げや唐揚げも良いな。サラダも何種類か用意しておこう。後はフライドポテトや枝豆なんかも食べやすいだろう。……居酒屋のメニューを参考に用意しておくか。酒も色々用意しよう。


 やりすぎかもしれないが、楽しめる時に楽しんでおこう。


 大方の準備を終えるとタイミングよく全員が部屋から出てきた。テーブルの上の料理を見て目を丸くしている。


「随分と派手にやったな」


「これくらいの贅沢はしておきたい。ネロとメアの歓迎会も兼ねるつもりだしな」


 シェリルは呆れた口調だったが、表情は嬉しそうにしていた。


「それじゃあ皆さん飯にしましょう。あんな戦いの後ですからパーッと騒いで楽しみましょうよ」


「そうじゃな。もちろん酒もあるんじゃろうな」


「酒は美味かったから料理も期待できるな」


「異世界の料理か?何にせよ美味そうだな」


 グラバインさん達はすぐに席についた。それに続くように全員が席につく。だが、料理を食べる前にアルレから話があった。


「申し訳ないが、料理を食べる前に互いに何があったか話しておかないか。その方が何も気にせず食べられるだろ」


 すぐに食べたい気持ちがあったが情報交換は早いほうが確かにいいだろう。料理を一度収納して、軽くつまめる物と飲み物を出してから話をすることにした。


 それから互いの戦いの様子を伝えあった。質問は全員が話終わってからにしたので静かに話を聞いていた。


 "花咲く道化"はしばらく魔物を倒し続けていたが、途中からいなくなったので旧王都に向かったらしい。そしたら異常な風が吹き荒れていたため、四方に分かれて障壁を張ってくれたようだった。ちなみにスカラさんは途中でリッカを見つけて、俺達の元へ転送してくれたとのことだ。


 グラバインさん・ジェスターさん・元帥の三人はマスターゴリラとの戦いはかなり熾烈だったらしい。どんな技も風で防いでくるので、最終的には火力で押しきったようだ。グラバインさんとジェスターさんの協力技が通じなかったからやられていたかもしれないと言っていた。


 ちなみに元帥はノルンさんから情報をもらっていて、嫌な予感がしたようで近くで野宿をしていたらしい。何があってもいいように軍をすぐ動かせるように手配もしていた。


 他にもウォルフによって別々の場所で戦ったときの話を聞く事ができた。シェリルはガローゾが出てきた事に驚いてはいたが興味を持つことはなかった。


 そして俺達は一番の疑問を尋ねる事にした。


「ところでリッカはどうやって生き延びたんだ?」


「個人的には私の体を使っていた者の魔法から逃れた手段も知りたい」


「たぬー……たぬ!」


「ベア。ベア」


「ニャニャ、ニャ」


 コタロウとリッカはメアに説明を行い、メアの言葉をノルンさんが翻訳している。


「まず魔法から逃れた手段だが今は話せないとの事だ。リッカの方は身代わり人形が作用したと話しているぞ。攻撃は受けた後は人形と居場所を交替したようで、急いで戻ってきたらしい」


 そう言えば人形魔法にそんなのがあったな。リッカが俺達の人形も作っていたけどもしかしてアレがそうなのか?


 俺は単純にそう思っていたのだが、"花咲く道化"やグラバインさんとジェスターさんは目の色を変えていた。


 アルレ曰く、死を回避するレベルの身代わりは普通は出来ないとの事だ。そもそも身代わり人形は作成が難しい上に使用期限もあるため、使い手がほぼいないらしい。


 ちなみに後日判明したのだが、リッカは自分が持っていた月光樹の実を一つ砕いて人形に混ぜていたらしい。それくらいしないと身代わりの効果はでないそうだ。


「リッカ凄いな」


「ベア♪……ベア」


 リッカは自慢気にした後に、思い出したかのように何かを取り出した。身代わり人形かと思ったが、取り出したのは藁人形だ。


 ………もしかしてフォールの謎の苦しみの正体は。髪の毛を引っ張ったりしていたしな。


「それは呪い人形か?」


「ベア」


 正解だと言うように、頭の上で丸を作る。その返答に全員が笑うしかなかった。


「凄いわね。呪い人形も相手によっては効果がでないものだけどね」


 エイプスが人形だと見抜いたりもしたし、今回のリッカの功績は凄まじいものだな。


 他の報告や質問が出なくなったので、俺は再びテーブルの上に料理や飲み物を出した。


 そこからの全員の動きは早かった。皿やコップがすぐに配られて、コップには飲み物が注がれる。ムギやメアにはペット用の皿が置かれている。


 皆がコップを手に持つとジッと俺を見てくる。この面子で俺が話すのはおかしい気もするが、こんなことで時間は使いたくない。


「それじゃあ皆さんお疲れ様です。皆さんのおかげで今日を乗り越えられました。そして新しくネロとメアが仲間になった記念でもあるので、今日くらいは騒ぎましょう。乾杯」


「「「乾杯」」」


「キュキュ」


「たぬ」


「ベア」


「ピヨ」


「ペン」


「ニャー」


 楽しい宴が始まる。グラバインさん・ムーシュさん・元帥はすぐに酒を飲み始める。さっきまでも飲んでいたはずだが気にしたら負けだ。


「刺身が気に入ったのか?」


「ペーン♪」


「ニャニャ♪」


 二匹は刺身に抵抗がないようでガツガツ食べている。他にも焼き魚も好んでいるようで幸せな表情だ。


「生の魚なのね」


 二匹とは正反対にクインさんやアルレ、ジェスターさんは箸が伸びてない。スカラさんやノルンさんも同じだ。


「無理しなくて大丈夫ですよ。他にも食べ物は多くあるので。ただこの酒と一緒に食べると相性はいいですよ」


 俺の言葉に反応したのは酒飲みの三人だった。何の抵抗もなく刺身を口に入れ、用意していた日本酒を口にする。


「ほう。確かに酒にも合うの」


「酒無しでも俺は好きかもしれんな」


「他の酒だとダメなのか?」


「酒によっては生臭さが広がることもあります。後は試すしかないですね」


 三人が平然と食べていたので見ていた五人も手を伸ばし始めた。ノルンさんは好みのようで、その後は色んな種類の刺身を食べ始める。逆にスカラさんは苦手だったようで他の物を食べている。


「しかし、似ている料理もあれば知らない料理もたくさんあるね」


 天ぷらを食べながらアルレが感慨深げに呟いた。


「そうね。山菜は私も食べていたけど、この天ぷらにすると味わいがまた変わるわね」


 クインさんも舌鼓をうっている。


 最初は近くの人と話していたが、どんどん色んな人と交流が広がっていく。


 酒も入っているので盛り上がっていく。メアも自分を忌避する人がいないため、皆に可愛がってもらえている。


 そんな暖かい光景を見ながら、俺はこの場にいる皆と話をしていた。たまにとんでもない提案などもあり驚くこともある。


 アルレからはダンジョンでの出来事を謝られた。まあ今回は助けてもらったし、あの出来事がなければ今が無かったので気にしていない。


 そして元帥がとんでもない事を言ってきた。今回の件の報酬を大金貨一枚から白金貨一枚にあげてくれるという事だった。これは別に構わなかった。貰える金額が増えるのを断る理由は無い。俺も仲間も死にそうだったんだから安いくらいだ。問題はその後だ。


 ……爵位と未開の土地を貰う事になった。なぜこうなったのかは俺にもよく分からない。酒が入っていたとはいえ完全に言いくるめられた。ここが日本だったら無効だぞこんな契約。シェリルに怒られるかと思ったが、笑われるだけで済んだのは重畳だった。


「国の中枢を担っている男だぞ。政治力にも長けていないと今の地位にいられないだろ。そんな男に口で勝負しようと思う方が間違っている。まあ、税金も払う必要もなく自由に動けるのだから気にせずに貰っておけ」


 そう言って笑っていたんだ。まあ、未開という事で資源が豊富らしいから気が向いたら見に行こう。辺境にあるらしいけどな。


 そして元帥の話はこれだけでは終わらなかった。俺達のパーティーにノルンさんを入れてほしいという事だ。理由としては俺達の護衛・王国との繋がり・監視とのことだ。監視の事まで丁寧に説明してくれたよ。


 隠れ家の事もあるのでパーティーに入れるのは悩んだが、今後俺達に降りかかる災厄を考えると戦力が欲しいのは事実だ。俺とシェリルは契約の印鑑を使用して隠れ家の存在を明かすという事に決めた。


 面倒な話もあったが宴会は楽しかった。“花咲く道化”の四人も気さくな人ばかりで本当に楽しい時間だ。途中からアルレとジェスターさんによる演奏が始まり、そこにムギが加わり歌いだす。楽しくなったベル達が踊ったりコタロウが綱渡りや傘回しなどの芸を披露したりと笑いが絶えなかった。だけど時間は止まらずに過ぎていく。


「さて、私達はそろそろお暇しますか」


「あら、もうそんな時間なのね。…楽しかったわね」


「まだ飲み足りなかったんだけどな」


「私ももっと食べたかった」


 四人の言葉で何が起きるかは察しがついた。賑やかだった声が静かになる。


「ジュンさん。鎮魂をお借りしても良いですか」


 俺は促されるまま鎮魂を出すと四人は手を重ねる。すると体が淡く光り出して鎮魂に吸い込まれていく。


「私達もこの後の戦いに協力します。それまでの間、依り代にさせていただきますね」


「それじゃあまたね」


「たまに酒でもかけてくれ」


「それは臭そうだから却下」


 “花咲く道化”の四人は笑って消えていった。ジェスターさんは目から涙を流していたのが見えた。ダンジョンで最初にキーノに会った時は最悪だったが、今はあの出会いに感謝しよう。


 俺達は“花咲く道化”の四人に向けて、もう一度乾杯をした。

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