暴風
「これを使うのは疲れるがそうも言ってられないな」
フォールは風滅棒を取り出す。辺りには暴風が吹き荒れ始める。
「吹き飛んでしまえ!!」
風滅棒をから、今まで経験したことのない風が放たれる。
「近くの者と固まるんじゃ!風が止むまで防御に専念せい!」
グラバインさんの声で近くの人と協力して防御態勢をとる。城が破壊されていく音が聞こえるが状況を確かめる事さえできない。
風が収まった事でようやく周りを確認できた。…とりあえずは全員の姿があったことにホッとする。
「冗談のような威力だな。夢であってほしいな」
「本当だな。しかもあれはただ魔力を放出しただけだ。あれを使いこなすとどうなるかは想像できんな」
ノルンさんの言葉にシェリルが同意するように返事をした。二人とも口調は冷静だったが、表情には焦りなどが伺える。
「ハハハ。素晴らしい威力だ。さあ、お前達にここから何ができる?」
「ふん!!」
「無駄だ」
グラバインさんが槌を振るって強力な雷をフォールに向かって放つのだが、一陣の風と共に攻撃は防がれる。
「面倒じゃな。風力も凄まじいが、魔力の量が半端ない。あれでは殆どの技は通じんぞ」
「これでも二百年の間に少しは訓練したからな。二百年前もこれくらい使えていれば、今頃俺の思い通りだったんだがな」
そう言って風滅棒をグラバインさんに向けると瓦礫に吹き飛ばされる。
「ぬ」
「グラバインが相手でもこれか。…おっと」
フォールの周りで何かが弾けた様な音がした。だが、それらは風の壁に阻まれている。
「不意打ちも効かないようだね」
ジェスターさんの音魔法だったようだが、それでも防がれてしまうようだ。
「Sランクにも勝る力。ああ、研究したいことが多すぎる」
フォールは恍惚な笑みを浮かべる。傍から見るとその姿は変態にしか見えなかった。
「ところでお前は力を手に入れて何をしたいんだ?滅びの力を自分の物にしようと聞いたんだけど」
一瞬真顔になったが、再びニンマリと笑った。
「知的好奇心だ♪俺は何でも知りたい。知らない物をそなままにしておくのが嫌なんだ。だから永遠の命や老いない体だってほしい。とりあえず魔物化で代用しているがいずれは完成させるつもりだ」
それだけの理由で大勢の犠牲者を出したのかよコイツは。
「それと今の時代なら"渡り人"にも興味があるな。聖王国の勇者がそうなんだろ。光滅大剣も持っているようだしな。あの剣は是非手に入れておかないと。二百年前の“渡り人”は結局会う事は出来なかったからな」
「彼は本気だね。音に一切乱れがないよ」
マッドサイエンティスト。そんな言葉が頭をよぎる。
「だから君には本当に興味があるんだよ。君も"渡り人"なんだろ。ジュン」
確信を持った口調と態度だった。これだけハッキリ言うなら何か証拠でもあるのだろう。なので俺は普通に答えてやった。
「そうだけど。強力な鑑定の能力でも持っているのか?」
俺の返答にノルンさんは驚いた表情だったが、他の三人はどこか納得した表情だ。グラバインさんは多分俺の世界の酒を全部出してもらおうと考えていそうだな。
「へー、誤魔化さないんだな。そうだ、俺は鑑定眼を持っている。だからお前が人じゃないことも知っているんだよ。だが一体何なんだ?俺の眼でも正体が掴めない。勇者のような人外ともいえる力でも持っているのか?ああ、本当に研究したい」
「御免蒙る」
嫌な奴に興味を持たれたな。…しかし、俺の正体は分からないんだな。まあ今の所生活に影響がある訳じゃないからいいけど。
「それじゃあやっぱり実力行使だな」
「させるか」
「キュキュ!」
シェリルとベルから魔法が放たれる。だが強力な風に阻まれてしまう。
「お前達程度の力では無駄だ。破滅の力はお前達の想像の上を行くんだよ」
高らかに笑い始めるフォール。誰の攻撃もフォールまで届かず。風滅棒の一振りで叩きつけられたり、吹き飛ばされたりと傷が増えていく。
「さて、あまり弱い者いじめのし過ぎは良くないからな。そろそろ要件を済ませるか」
不意に俺の周りに風が集まる。
「ベア!」
近くに居たリッカが俺に飛びついた。そして俺達は風に連れ去られてフォールの前に連れてこられた。
「何だ邪魔な奴が付いてきたな。だが丁度いいお前は八つ裂きにでもしてやりたかったからな」
「リッカ下がってろ!」
俺はリッカの前に出て武器を構えてフォールを睨みつける。フォールはそんな俺を嘲笑うと、風滅棒を向けて抑え込んできた。
「ベアベア!」
その瞬間にリッカはフォールに向かって行った。俺にはその光景が非常にゆっくりに見えた。リッカはフォールの顔にへばりつき。髪の毛を引っ張たっり顔を殴ったりしていた。フォールはリッカの首を掴み引き離すと地面に叩きつけた。
叫びたいが声さえ出ない。自分の無力さが恨めしい。
フォールはリッカに手を向け魔法を撃ちこんだ。
「弱いな」
リッカは俺の目の前でバラバラになった。人形だからか血は出ない。代わりに綿が飛び散っていた。
俺を拘束する風が弱くなる。
「リッカ?」
返事は無い。動く気配もない。自然に吹いた風にリッカの体が飛ばされていく。
「何だ、たかだか従魔一匹死んだくらいで泣いているのか?」
フォールに言われるまで気が付かなかった。手で顔を触ると俺の目からは涙が流れていた。
リッカとの思い出が頭によぎる。隠れ家の中で遊んだ日々、一緒に食事や睡眠をとる平凡な毎日。そんな日々が崩されたと実感すると、自分の弱さとフォールが憎くくなる。
もう何も考えられない。コイツヲ壊シタイ。
俺の思考は黒に染められた。
――――――――――
風で飛ばされたリッカの体がシェリル達の前に落ちてきた。シェリルやベル達は目の前の現実を受け入れるのに時間がかかっていた。シェリルが優しく持ち上げて、コタロウが泣きながら聖魔法をかけるがくっつくことも喋る事もない。
月光樹の実を食べさせることも考えたが、仮死や瀕死ならともかく完全に死んだ者を蘇らせる能力などない。
「くそ」
シェリル達は自分達の無力さに涙を流す。ジュンとリッカが攫われても何もできなかった。風が行く手を遮り、魔法もフォールまで届かない。
グラバイン達は掛ける言葉も見つからずただただ見ている事しかできなかった。だが、悲しむ暇なども無く異変が起こる。
ジュンとフォールの方から今までとは別の魔力を感じたからだ。そこにいるのはジュンとフォールのはずなのだが、ジュンの雰囲気がいつもと違う。
「アァァァ!!」
「ハハハ。素晴らしいぞ。俺の未熟さもあるが何で風滅棒の風と同等の風を操られるのだ?」
ジュンの雄たけびと共に二人は暴風に包まれる。他の者では近づく事ができない風だ。戦いの余波で周りの瓦礫はどんどん飛ばされる。グラバインとジェスターの障壁が無ければシェリル達もどこか遠くへ飛ばされているだろう。
「おい。ムーシュ様達との戦いでも思ったのじゃが、小僧のアレは何なんじゃ?」
「…私も知らないのだ。あんな状態は見た事が無かった」
俯くシェリルの横でベルが何かを訴えて、メアがノルンに伝えている。
「キュキュ!キュキュキュ!」
「ニャー、ニャニャ、ニャー」
「ダンジョンの中でも一度ああなったそうだ。キーノという魔物と戦った時らしい。ベルが言うにはジュンが遠くに行ってしまいそうな気がして怖いそうだ。ムーシュ様との戦いの時はまだ大丈夫だと感じられたが、今は危ないと言っているぞ」
ノルンの通訳でシェリルはすぐにジュンの元へ向かおうとするが元帥が腕を掴んで制止する。
「待つのだ」
「邪魔をするな!」
「若い者はせっかちでいかんな。この障壁から出たら飛ばされるだけだぞ。この従魔はそれが分かっているから、心配でもこの場にとどまっているのだろう。この風で君達が傷付けば彼はどう思うのかね」
シェリルは今にも泣きそうな表情で足を止めた。悔しさから握った拳からは血が流れる。
「なら私達は見ているだけしかできないのか。リッカを失い、ジュンまであんな状態なんだぞ」
「機を待つしかない。下手に動けば全てを失う」
全員がジュンとフォールの戦いに目を向ける。次元が違う戦いに介入できる可能性は少ないが、いつでも動けるようにと準備をする。
そしてジュンとフォールは暴風の中で戦いを続けている。
今のジュンは武器を手にしていない。素手とその魔力で戦っている。動くたびに風が吹き荒れ雨が滝のように落ちてくる。どんどん周りの物が壊れていく。
「アァ!! アー!」
「マスターゴリラと戦った時を思い出すな。精度はマスターゴリラが上だが、破壊力はコイツの方が上かもな」
ジュンの攻撃には時折黒い風と雨が混ざっている。その攻撃は普通の魔法よりも威力が高く、風滅棒の風を消し去っていた。
だがフォールにとってはそれほど脅威ではない。力任せに暴れるだけならいくらでも戦いようがある。現に自分に似ている人形を出すと、混乱して乱雑な攻撃になっている。よく見ればわかる程度の物なのだが、今のジュンには区別がつかないようだった。
時間が経つ程有利になると考えたフォールは防御に徹する。無理はせずにジュンが疲弊するのを待っている。ジュンは何も考えられず力任せに攻撃を繰り出していく。一撃一撃は脅威なのだが、単純な攻撃しかないので風滅棒で対処は可能だった。
そしてジュンの動きは徐々に落ちてきた。呼吸も乱れ始めて動くのもやっとという感じだ。
「これで終わりだな。後はお仲間を風滅棒で飛ばせばいいだけだ。運が良ければ生きているかもな」
そう言ってフォールはジュンの意識を刈り取るために魔法をジュンに向けた。