復活
目の前の空間が完全に壊れて俺達は元の場所に戻った。そこにはシェリルもベル達も無事な姿で立っていた。
「良かった」
「貴様達が一番ボロボロだろうが。それと…その黒猫はどうしたんだ?そしていつまでノルンにべたべたしている。早く回復薬を渡せ」
「はい!」
シェリルは軽く笑っていたのだが、俺とノルンさんを見ると笑みから恐怖を感じるようになった。俺はすぐにノルンさんに回復薬を渡して離れることにした。
ノルンさんを含めて他の人は俺達の様子を笑って見ていたのだが、ひとりだけ不機嫌な男がいた。
「…使えないですね。三か所とも倒さないと解けないようにしたのですが、全員やられてしまうとは。王もガローゾも大したことが無いのですね。残りの一つに至っては姿を見せる前に消されていますしね。まあ、あそこだけは相手が悪かったと思いますけど」
ブツブツ独り言を言うウォルフに対してノルンさんが前に出る。
「ウォルフ団長。貴方は罪を償う気はないのですか。貴方のしたことは重罪だが、王国の発展の功績もあります」
「罪?何を言っているんですか?技術の発展に犠牲はつきものですよ。貴方が言う通り王国の発展にも寄与しているので罪なんてないでしょう。むしろ発展のための礎となれるのは光栄な事ではありませんか。貴方達もエイプス様についていけばいいのに」
この男は本気で自分は悪くないと思っているのだろう。発展のための犠牲は当たり前で自分達はむしろ良いことをしていると思っているかもしれない。それだけでも理解できなくて気味が悪いが、この面子に囲まれても動じないことに不安を感じてしまう。
「ならば貴方を殺す」
「強気ですね。言っておきますけど貴女よりは強いと思いますよ。それに皆さんこちらの映像を見て下さい」
映像には幾つかあるが、どれも建物の中にウォルフと同じ格好をした者達が映し出されていた。
「これらは王国の重要な拠点です。壊れたら王国の防御結界や水などの資源、門外不出の技術に多大な影響が出るでしょうね。そうなればこの国は終わりですよ。物理的な崩壊よりも、長く苦しみゆっくりと死んでいくでしょうね」
ウォルフはニヤリと笑った。こいつは王国が無くなっても他で研究を続ければいいと考えているのだろう。まあ、俺も王国がどうなってもいいと思っているけどな。
ただ住んでいる人の事を考えているのか、グラバインさんもジェスターさんも動けずにいた。
そんな時にまた別の男の声が響いた。
「ワハハ。ひよっこの考えそうな事だな。それで国を人質にとったつもりか」
「……モラーク元帥ですか。どうやってここに来たのですか?貴方は監視していたはずですが」
現れたのはモラーク元帥だった。その登場にノルンさんは驚き、ウォルフは睨むように見つめている。
「頭が固いな。そんなの別の映像を送っているに決まっているじゃないか。こんな風にね」
ウォルフが映していた映像が切り替わった。場所は同じなのだが、先程移っていた者達は王国兵によって縛られている。
「バカな」
「怪しい者達は見張っていたからな。それにノルンがしっかりとこの旧王都で起きた事の情報を送っていたからね。いやー、念話の水晶を渡して正解だった」
その言葉にウォルフはキレた。そしてやっぱりノルンさんは元帥と繋がりがあったんだな。
「おい。この国の念話の水晶はダンジョンから偶然発見された貴重品だぞ。質も精度も今の技術では再現できていない宝物なんだぞ。それをこの獣人に渡していたのか!」
「旧王都は不思議な結界に包まれているからな。連絡をとるなら使わなきゃいけないだろ。彼女なら有効に使ってくれると信じられるからね」
「クソジジイ。いいように使っているだけだろうが!」
ウォルフはキレたように元帥に叫んだが、元帥はウォルフの怒りなど適当に流している。
「うん?当たり前じゃないか。適材適所で誰でも使うのが上に立つ者の努めだ。私は優秀な者を使うだけさ。獣人というだけで優遇することもなければ貴族だから不遇に扱うこともしない。ただ優秀であればいい」
つまりは良くも悪くも差別がないのか。
「彼女の隊長昇進が決定したときは思わずニヤついてしまったよ。強くて従順な部下ができるとね。これで私の先祖からの悲願を達成できるかもしれないと思ったよ」
「先祖からの悲願だと?」
「そうだね。彼は気づいていそうだね」
そう言って元帥は俺をニッコリと見てくる。そういうことかよ。
「おい!分かっているなら喋ってみろ!」
皆の視線が俺に集まる。俺はため息をついてから説明する。
「ウォルフだったよな。アンタと元帥は同じなんだよ。ハスクがカフスになるように、文字を入れ換えるとムボレフはベルモフになるんだよ。つまり元帥は王都守護四家の子孫なんだよ。アンタもバカの仲間だったんだな」
「ふざけっ」
怒りを露にしたウォルフは言葉を言い終える前に誰かに後ろから斬られる。だが魔道具でも使ったのか、部屋の別の場所に転移した。
「腐っても団長だな。攻撃する瞬間に気付かれてしまったか」
「不意討ちをするお前の方が腐っているだろ」
「戦場で相手が待ってくれると思っているのか?王国に仇なす存在に合わせるつもりはない」
「……いいのか。映像を映した場所だけに部下を配置したわけではないのだぞ」
「分かってないな。貴様は団長で私は元帥だ。動かせる数が違うのだよ」
そう言って元帥が映した映像には、ウォルフの部下を捕まえている兵士や魔物を討伐している兵士の姿があった。
「それなら儂らも遠慮なく戦ってよいのかの」
「お願いいたします。"花咲く道化"のおかげで速やかに安全は確保できましたからな。しかし彼はグラバイン殿達に協力してもらったりと予想以上の事をしてくれますな」
グラバインさん達も元帥の返事を聞いて安心して戦う事ができるようだ。追い込まれたウォルフは、ため息をつくと姿が変わっていく。
「ふん!」
「無駄ですよ。それにしても無粋ですね」
俺は変身中に攻撃をしてみたが効果がなかった。そのままやられてくれれば簡単だったのにな。
そして姿が完全に変わる。体が一回り大きくなり身体中に目がついている。その目は俺達を逃がさないように凝視しているようだった。
「また不意打ちをお考えですか?私に死角はありませんよ」
ウォルフが放った言葉で元帥は一歩下がる。
「…人の思考で読んでいるのか」
「正解です。私の目は人の思考も読めるのですよ。ですからノルン。色々考えているようですが筒抜けです…よ!?」
偉そうにご高説を垂れている所にメアの猫パンチがヒットする。小さい体とは思えない一撃だった。死角がないとは一体何だったんだ。
「バカな!?」
驚愕の表情で見つめられているメアは…寝ていた。そういや睡拳って能力を持っていたよな。寝てたから気が付かなかったのか。
「クソ猫が!だが理由が分かれば問題な…い!?ギャア!!」
今度はジェスターさんの攻撃が当たる。
「考えを読むなら、何も考えずに攻撃すればいいだけだね。それに全方位を見ているみたいだけど未熟で使いこなせていないのは証明されているしね」
ウォルフは痛みに悶えている。そして続くようにグラバインさん・シェリル・元帥・ノルンと続く。魔物化した強靭な肉体になったことが仇となっているな。
「お前は頭も良く指揮官には向いていたのだがな。確かに魔法も強いが周りに部下を配置して安全を確保してこそだ。前線で戦うには経験が足りなかったな」
「クソ!ならこれでどうだ!!」
ウォルフの顔に一際大きな目が浮かび上がった。
「この目は未来を見る目だ。お前達の攻撃もこれで予測できるんだよ」
「だから何じゃ?分かっていても避けられん攻撃をすればいい」
「へ?」
ウォルフは何を見たのだろうか絶望の表情を浮かべたままグラバインさんの一撃を受けて吹き飛んだ。
「ヒ、ヒヒヒ」
「しぶといの」
ウォルフは満身創痍だがまだ生きていた。そして狂気を含んだ笑みを浮かべている。
「ヒヒ。時間は稼ぎました。これで私はあのお方の一部となって生き続ける」
封印が消えていく。どの道封印は限界だったしウォルフが居なくても再封印できたか怪しいからこれは仕方が無いな。
そして中からは先程出会ったエイプスと四人の部下たちが姿を現した。
「ウォルフよくやりましたね。後は眠っていてください」
ウォルフは満足そうな表情でエイプスに吸収されて消えていく。そしてエイプスは俺達に顔を向けた。
「先程ぶりですね。ようやく生身の体で挨拶できます」
余裕のある表情だった。
(ベア。ベア)
リッカがこっそりと真剣な顔で俺に何かを訴えかけてくる。不思議なもので、普段は感情やおおよその事しか伝わってこないが、今だけは何が言いたいのかがハッキリと分かった。
シェリルの方を見るとシェリルはコクリと頷いている。
俺はリッカの頭を撫でて軽く頷いた。リッカはそれを確認するとベル達にも伝え始める。その中にはメアも加わっていた。メアは話を聞くとノルンさんの肩に飛び乗っていた。
エイプス達もその様子を見ているのだが、ベル以外に対しては警戒していないようだった。すぐに視線を俺達に戻していた。
「しかし、ベルモフ家は常に目障りですね」
「そんなに誉められるとはな、照れてしまうではないか」
「…まあ、いいでしょう。貴方達の体は血の一滴まで有効活用させてもらいますよ」
「この戦力差で強気じゃな」
「ええ♪」
機嫌良く返事をするエイプスの前に、装飾の施された服を着た雰囲気のあるゴリラが出現した。エイプスの自信はコイツから来ているようだ。