二つの戦い
ジュン達がガローゾと戦っている頃、シェリルはコタロウ・リッカ・ムギ・ネロと一緒にいた。
「ジュンとベルが違うところに飛ばされたか。二人が一緒だと良いのだがな」
「たぬ~」
「心配するな。ジュンもベルも十分強い。それに強者との戦いは何度も経験しているから大丈夫だ」
自分の主人がいないことで不安になっているコタロウ達にシェリルは優しく語り掛ける。コタロウ達も互いに頷き合うと気合を入れなおす。
「さて、敵が出るのかそれともアイテムによるものか調べないとな」
心配もあるが、まずは自分達の安全も確保しなければいけない。脱出の手段がないかシェリルは辺りを調べ始める。すると、紙吹雪が舞い始めた。
「どんな化け物が出る事やら」
シェリルはソウルイーターを構える。コタロウ達も紙吹雪の場所から距離を取ってすぐに動ける態勢をとっている。
そして紙吹雪が収まると一体の魔物が立っていた。
「余の相手は女と畜生か。ハズレを引いたな」
「そうだな。倒されるのだからハズレであっているな。最も誰に当たってもハズレだろうがな」
「無礼であるぞ。余を誰だと心得る」
「知るか」
「この国の王を知らぬとは無知蒙昧よ」
シェリルは王と言う言葉で日記の中身を思い出した。そして、目の前の魔物が二百年前の王なのだと理解した。
それと同時にこの男が余計な事を考えなければ、邪竜という存在は作られなかったと思うと怒りも湧いてくる。
「二百年の時が経っているのに王様気取りとはおめでたいな。貴様はただの臆病者だ。恐怖に負けて人であることを辞めたばかりか、人体実験にも手を貸す愚か者だ」
「貴様のような下賤な者に余の崇高な考えは分からぬだろうな。それに何の価値も無い者達に栄誉ある仕事をくれてやったのだ。世に感謝すべきであろう」
「下衆が」
話が通じないと思ったシェリルは“ソウルイーター”を振り回す。
「む」
王は危険性に感づいたのか距離を取った。
「余に武器を向けるとはな。反逆者がひねりつぶしてくれる!!」
鎖付きの大きな鉄球をブンブンと振り回し始める。迫力は凄いがシェリルは動じることなく冷静だった。王の出方を静かに待っている。
「ぬん!!」
勢い良く投げられる鉄球。当たればひとたまりもない威力だろう。だがその攻撃はシェリルには届かなかった。
「ペペン!」
「何!?」
ネロの重力魔法で鉄橋は途中で地面に叩きつけられた。
「たぬぬ!」
そしてコタロウの号令で一斉に魔法が王へと飛んでいく。コタロウ達など眼中になかった王は突然の事に対処ができずに直撃を受けてしまった。
「よくやった」
シェリルは正々堂々と戦う性格ではない。コタロウ達が作ってくれたチャンスを見過ごす真似などしない。大きな隙を見せた王をソウルイーターで切り裂いた。
「……」
違和感を感じ取ったシェリルはその場から離れる。コタロウ達もシェリルの様子がおかしいのを感じたのか警戒したままだ。
「ククク。死なぬ体だと油断していかんな」
切られた体がくっついていく。数秒もすると傷ひとつ無い体に戻っていた。
「化け物だな」
「滅びに立ち向かうにはこれくらい当然なのだ。それよりも」
王はコタロウ達を睨みだす。
「下賎な者どころか、ただの畜生の分際で余に攻撃するとは許しておけぬ!」
すると王の髪の毛から魔物が生まれ落ち出した。少し小さいがその姿は王とよく似ている。三体ほど生まれると、王は分身だちに命令を出す。
「あの畜生共を殺してこい」
分身達はコタロウ達へと向かっていく。シェリルは阻止しようと動こうとしたのだが。
「たぬ。たぬぬ!」
コタロウ達が「任せて」とシェリルに言っていた。シェリルもコタロウ達の気持ちを覚り、王に向き直る。
「ほう。畜生共は見捨てるか。その判断は褒めてやろう。余と分身を同時に相手したら一瞬だからな。まあ分身が畜生を殺すのに時間はかからんがな」
そう言うと同時に王の体は切り裂かれた。だが、シェリルは大鎌を振るうのを止めない。細切れになるまで切り続ける。
「無駄だ」
声が聞こえるとシェリルは距離をとった。細切れになった肉片が再び王へと戻っていく。
「会話の途中だというのに無礼な奴じゃ」
「私は貴様とおしゃべりを楽しむつもりはないのでな」
シェリルは数種類の魔法わ放つ。どの魔法が王にダメージを与えるかを観察しているのだ。そして、少しだけ顔を歪ませた魔法があった。それは毒魔法だ。シェリルは毒魔法を中心に攻め立て始める。
「下賎な者らしい小賢しい魔法だ。本当の魔法とはこういうものだ」
王が手を上に掲げると空から隕石が降り落ちる。
さすがにシェリルもコタロウ達も、この魔法には驚き防御に徹していた。
「力の差を思い知るがいい!」
とてつもなく大きい隕石が落ちてきた。シェリルは素早く飛行しコタロウ達を回収して、全員を羽で包み込む。
隕石の衝撃は辺りを破壊しつくした。地面には大きなクレーターができ、分身達は消滅していた。
「バカ力が」
シェリル達は無事だが全員を庇ったシェリルは傷ついている。戦えないわけではないが、回復には少しばかり時間がかかるだろう。
「たぬ。たぬぬ。たぬ!」
「ペン!」
「ベア!」
「ピヨ!」
コタロウ達はすぐに動き出した。シェリルは一瞬止めようとしたが、コタロウ達の真剣な表情を見て任せる事にした。
「ペペン!」
「また畜生か。最初は意表をつかれたが、余に児戯は通用せんぞ」
王は鉄球を無効化した重力を警戒しているが、ネロの魔法は逆だった。
「何!?」
体が空へ落ちていく。ネロは重力を逆さまにしてみせたのだ。
「こんなもの!」
膨大な魔力を放出して気合いと共にネロの魔法をかき消した。王はそのままネロを睨む。
「小賢しい!」
「ペン!」
「ふん。もう通用せんわ」
ネロは今度は普通に重力を倍加させた。だが、王は平然としている。そのまま動き出そうとした瞬間に王の頭に猛スピードで何かがぶつかった。
「ぐぁ!?」
物体は硬さもあったらしく王の頭から血が流れる。王は物体は睨み付けた。
「たぬ」
王にダメージを与えた物体はコタロウだった。ネロはコタロウを王と同じ方法で上空に打ち上げており、王が地面に着いたのと同時に、空から落としたのだ。
コタロウも体を丸めて硬化していたうえに、ネロの重力魔法も加わってかなりの威力になっていた。
「余の高貴な頭を何だと思っているのだ!!」
王は拳を振り上げるが一瞬動きが止まってしまう。リッカが傀儡で動きを止めていたのだ。
「こんなもの!」
すぐに傀儡を説いた拳を振るったがコタロウは簡単に避けて人間に化けながら小太刀を振るう。ダメージはあまりなかったようだが、体からも血が流れた。王の表情は怒りに満ちている。
「畜生風情が余を愚弄しおって」
怒れる王は周りが見えていなかった。そもそも王は戦闘経験自体があまりない。そのため周囲を警戒する事などできなかった。だがら自分の肩に小さなムギが隠形を使って乗っている事など分からない。
「ピヨー!!!」
「!?」
ムギの突然の大声で反射的に耳を抑えてしまう。そしてムギが離れると一斉に魔法を放っていく。
コタロウ達の力では王に及びもしないのだが、互いに協力し合ってチクチクチクチク王にダメージを与えていた。
「ええい!余の威光に跪くがいい!」
王が叫ぶとコタロウ達は自然に膝をついて頭を下げるポーズをとっていた。マズイと思ったが体が動かない。
「そのまま死ぬがいい!」
「ペーン!」
「何だと!?」
ネロは王と同じ能力“王の威圧”を有している。そのためネロだけは動けていた。そしてネロがやり返したことでコタロウ達も動く事ができるようになった。
「なぜ畜生が余と同じ能力を有しているのだ!余と同じだというのか!」
信じられないといった気持で王は叫んでいた。そんな王をシェリルは呆れた目で見ていた。
「バカが。ネロとお前ごときが同等な訳が無いだろう。ネロの方が圧倒的に上に決まっているだろう」
そう言って王をクレーターの真ん中まで蹴り飛ばしてみせた。王は立ち上がってシェリルを睨む。
「貴様!」
「お前は死んでいろ。民を守るべき立場にも関わらず、恐怖に負けて国民で人体実験を行う者に王を名乗る資格などない」
シェリルが大鎌を振るうと。クレーターに大量の毒が流れ込んでいく。その毒は見るからに凶悪で危険を感じるものだ。
王は逃げ出そうとするが、ネロが再び重力を強くする。それだけでなくムギが心を乱す音を発しリッカが人形達を使って逃がさないように動きを止める。コタロウも念力を使って王の体を縛っていた。
「あああああああ!?」
毒が王の体を飲み込んでいく。強力な再生能力を持つ王だったが、毒の浸食はそれよりも強かった。皮膚は溶けだして骨が見えたかと思うと骨も溶けていく。しばらくの間は絶叫と共に再生していたが、それも無くなっていく。
「なぜ余が負けるのだ。強靭な体に膨大な魔力、それに再生能力もついていたのだぞ」
「…どんな能力を持っていてもお前は戦う者ではないのだろう。統治する者にも関わらずその本分を忘れて力に溺れる。そんなお前は力任せに暴れる事しかできないだろう。ならば私達の敵ではない」
「ふざけるな!余の命令こそ守るべきもの。余の命こそ最優先。何故それが分からぬか!その辺の民の命よりも余の命の方が優先に決まっている!余が正しいのだ。余が…」
最後まで何かを叫んでいたが、シェリルは途中から警戒はしながらもコタロウ達の毛繕いをしていた。コタロウ達も流されるままだ。王の思いがこもった最後の言葉は虚しく響くだけだった。
そして完全に消滅すると空間にひびが入る。
「そろそろ出られるな。ジュンとまた会えるぞ」
その言葉にコタロウ達は喜んだ。シェリルやコタロウ達はジュンが負けることは無いと信じている。
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同時刻。ベル・グラバイン・ジェスターの三人も同じ場所で戦闘を行っていた。三人は無限に湧き出る魔物達を相手にしていたのだが。
「さあ。君達にはもったいない美しい音色だろ。せめて美しく死ぬがいいよ」
「お主等邪魔じゃ!」
「キュキュー、キュキュキュ」
ジェスターの音を聞いた魔物は眠るように死んでいき、グラバインが槌を振るうと轟音と共に雷が魔物達を消滅させ、ベルの黒い渦は魔物達をどんどん飲み込んでいく。
湧き出る魔物達はすぐに退治されるので数が増えることは無かった。ベル達は鬱憤を晴らすように暫くの間暴れていたが、増え続ける魔物にしびれを切らしてきた。
「ええい。面倒じゃ!この空間を消滅させてくれる!」
「任せますよ。ベル君はこちらへ」
「キュキュ」
ジェスターはベルと共にグラバインから距離を取る。そしてグラバインは槌を思い切り地面に振り下ろした。
空間内に凄まじい衝撃が響き渡る。魔物達はかき消されて、空間にひびが入る。
「もう一発じゃ!」
二度目の衝撃で空間は完全に壊れて元の場所に戻る。ベルはすぐに仲間達の姿を探し始めた。