花咲く道化
絶体絶命のピンチ。こちらの最大戦力であるグラバインさんとジェスターさんは負傷。回復薬を持っているがムーシュ達がそれを阻止している。ベルやノルンさんも立っているのがやっとだ。こちらはもう打つ手がない。
悔しさからか俺は強く手を握っていた。
「まあ奇跡なんて起きないので諦めて下さいね。さあこちらに来てください」
この状況を覆す策なんて思いつかない。俺は立ち上がってエイプスの方に進んで行く。そんな時だった。
「ピヨー!!!」
「ペーン!!」
「たぬ」
突然のムギの大声とネロの重力。そして眩しい光が全員の視界を一瞬くらませる。それと同時に口に何かを押し当てられた。この味は何度も救われた月光水だ。
そして視界が元に戻ると、シェリルはムギを肩に乗せてにエイプスの側から離れることに成功していた。グラバインさん達もリッカの人形から月光水を貰ったようで回復していた。
「なぜコイツ等が?死んだはずでは?」
エイプスは酷く不機嫌な表情でコタロウ達を見ていた。コタロウはエイプスの見ながら「教えるわけないだろ」と舌を出していた。その行為がエイプスの機嫌をさらに損ねるが、シェリルの言葉に動きが固まる。
「そいつは放っておけ。幻影でしかない。さっきムギたちに助けられた時にそいつを切り付けたが意味が無かった。本体は安全な場所で見ているだけか、封印が完全には解けていないのだろう」
「…バレちゃいましたか。忌々しい封印はもう少し健在ですよ。しかも二重にかけられていますからね。ボロボロの封印でも思念体を近くに飛ばすのがやっとですよ。この死体達は外から調達したので使えますがね」
そう話すとエイプスの体が薄くなっていく。
「まあ私は情報を得られれば問題ありませんからね。三人がいれば私の元に連れてきてもらう事も簡単ですしね」
再びムーシュ達が動き出す。だがこちらも体力が回復したので先程と同じように対峙する。とりあえず振り出しに戻すことはできた。後はここからどうするかだな。
そんな時にふと思いだした。ポケットに“異端の宝玉”を入れていたことを。
ポケットから取り出してみると宝玉は光り輝き出した。その光にムーシュ達は反応している。
「何をしている、早く倒しなさい!」
エイプスの一言でムーシュ達は気合を入れなおした。それでも仲間の宝玉には何か感じるものがあるようだ。だがそれよりもリッカが強く反応している。
「ベア!ベア!」
何かあるのかと思いリッカに宝玉を渡す。リッカはそのまま人形を作り始めた。いつもと違い大きさが人間のサイズだった。そして誰も話しかけていないのに、何かと話しているような仕草をしている。
俺はとりあえずリッカの護衛につく事にした。コタロウやとムギも結界を展開させてネロも近場に重力を発生させて近寄れないようにしてくれている。尤もあの三人にどれくらいの効果があるのかは知らないけど。
リッカはどんどん人形を作り上げていく。スカラだけがシェリル達の攻撃の合間にこちらに魔法を放ってくるが、何とか俺で対処できるレベルの攻撃だ。ただ、時間が経つ程こちらが不利にはなるだろう。
「ベア!」
リッカの声が聞こえたかと思うと、気配が一つ増えた。薄々感じていたが、そこに立っていたのはアルレだった。
「お久しぶりですね。貴方にはお礼と謝罪をしないといけませんが、その前に彼等を止めないといけませんね。少々お待ちください。それからリッカさんありがとうございますね。私の声が聞こえたのですね」
アルレはそのままムーシュさん達の前に進む。アルレの出現によって戦場には静寂が訪れた。
「貴様は!?」
「エイプスさんでしたよね。貴方が元凶だったんですね。お礼をさせていただきますね」
先程と同じお礼という言葉だが雰囲気が全然違う。エイプスもアルレの存在には驚愕しているようだった。
「お前達初めにアルレを殺せ!!仲間同士で殺し合え!!」
エイプスの言葉で三人はアルレへと向かう。まずはムーシュが武器を振るってきた。ムーシュの武器はハルバード。見かけ通りの威力でグラバインさんでも押し負けていたのだが、アルレはクラブで易々と受け止めてみせる。
「体が本物でも別人の魂ならこの程度ですか」
そう言うとムーシュを簡単に吹き飛ばした。その隙にクインが強烈な弓矢をアルレに放った。矢はアルレの体を貫いたように見えたのだが、アルレの体は煙のように消えてクインの後ろに現れた。
「この体は貴方の物ではありません」
アルレはクインの頭に手を置いた。
「ギャアァァ!」
クインは悲鳴を上げるとそのまま動かなくなる。
するとスカラがアルレの後ろに転移し斥力で弾き飛ばす。そして強力な魔法をいくつも放ってきた。だが、アルレは冷静だった。
フラフープを作り上に掲げると、魔法が全て輪の中に吸収されていく。一発でも当たればアウトと思われる魔法が数十発も放たれていたのだが、全てが輪の中に吸収された。そしてスカラに向かってフラフープを投げつけるとフラフープがスカラを拘束した。
そしてクインと同じように頭に手を置くと。絶叫の後に動かなくなる。
俺達は信じられない気持ちで一杯だった。そしてそれはエイプスも同じようだ。
「バカな。……バカなバカなバカなバカな。そいつらは死体をしっかりと再生させて生前と変わらない力を与えているんだぞ!?いや、むしろ超一流の殺人者の魂を入れて肉体も魔力経路も調整して生前より強いと言っていいはずだ。現役のSランク相手にも勝っていたんだ。それなのに何故お前一人にやられるんだ!?」
「え?三人共昔より弱いですよ。貴方は自分が手を加えれば改良とでも思っていそうですが、改悪でしたね。実に無能だ」
「ふざけるな!私は天才だぞ!」
よほどアルレのセリフが癇に障ったのか、エイプスは狂ったように叫び始めていた。そんなエイプスを無視してアルレはムーシュを拘束して頭に手を置いていた。これで三人共動かなくなった。
「私の作品を。…予定と違いますが仕方がありませんね。貴方達のせいですからね」
エイプスが手を上にあげると空に映像が映し出される。王都を含めたいくつかの街の映像だ。よく見ると街のあちこちに魔法陣が浮かび上がっている。そして。
「シャアー!!」
異形の魔物が出現し始めた。
「貴様何をした!!」
すぐにノルンさんが怒りを露にしてエイプスに問い詰める。エイプスは当たり前のように淡々と答えた。
「見て分かりませんか。私の作り上げた魔物を送っただけですよ。本当はもう少し後の予定だったんですがね。この状況なら仕方がありませんからね。さあ私は城の中にいますからそこで会いましょうか、ああちなみに封印が弱まるのとは逆に魔物達はどんどん強くなっていきますから、早く止めないと大変な事になりますよ」
余裕を取り戻したエイプスはクスクス笑っている。ムカつくがまずは魔物達の対処を考えないと。
「耳障りですね」
アルレが幻魔法を展開させるとエイプスは煙のように消えてしまった。
「ジュンさんすみません。鎮魂を貸してくれませんか」
「あ、ああ」
俺は言われるがままに鎮魂を渡す。そして三人の死体を並べて鎮魂に魔力を込めていた。
「それで蘇生ができるのか?」
「普通は無理ですね。そもそも死者の蘇生などはもはや神の領域です。私達が同じことを行うには特殊な条件がいくつも必要になります。死後間もなく損傷が少ない事・死者が高レベルの者であること・清らかな空間で結界などで囲まれている事・周囲に力のある者がいること・故人とつながりのある者がいる事・特殊なアイテムや武器を持っている事などですかね。全部そろっていても成功率は低いでしょうけどね」
そう言われるとシェリルが復活したのは結構な偶然が重なっていたからなんだな。
「…それだと三人は無理じゃないのか?」
「完全な復活は無理ですが一時的なら可能です。三人も私も普通じゃありませんからね。それに三人は自分の体を好き勝手使われて黙っているような性格ではありませんから。一時的な復活ならやってみせますよ」
すると光が三人の胸の上に集まりだした。その光は徐々に大きく球体を作っていき、体の中に入っていく。そして三人の目が開いて動き出した。
「久しぶりねアレク。それにジェスターも大きくなったわね」
そう言ってクインさんはアレクとジェスターさんを抱きしめる。アルレもさすがに驚いた表情だったが、今はそれどころではない。
「クイン。感動の再会だが先にやる事やんないとな」
「…私達の体を勝手に使ったクズの野望を止める」
何気に一番キレているのがスカラさんだった。
「それでどうするのだ?」
シェリルの質問にアルレが答える。
「スカラは相手の魔法に干渉できます。今街にいる魔物は召喚された魔物ですから、それを使って別に場所に転移させます」
え?そんな事が出来るのか?
「余裕」
俺の心の声に返事をしたかのようにスカラさんは魔法陣を展開する。
「二十キロ程離れた場所に平原があるからそこに送る。クインお願い」
「分かったわ」
「俺は現地へ向かうぜ」
映像から次々と魔物が消えていく。それに合わせてクインさんはどこか遠くへ矢を放ち始める。
俺達は呆気にとられていた。
「街に放たれた魔物と旧王都にいる魔物は私達が引き受けます。貴方達はエイプスをお願いします」
「全員で動いた方が良いんじゃないのか?」
明らかに“花咲く道化”の四人の方が頼りになるし。
「それは無理。私達はエイプスに作られたようなもの。だからエイプスに危害を加えるのが難しい。それは多分アルレも同じ」
「ええ。私もエイプスの実験で生み出された存在のようですからね。だからお願いします」
「…分かった」
この場は“花咲く道化”に任せて俺達は城に向かって走り出した。道中いるはずの魔物は、スカラさんが転移させたのか姿が見えない。そして俺達は城へとたどり着いた。