記憶
翌日。リビングに向かうとグラバインさん達の視線はネロに向いていた。
「…新しい従魔か?」
「昨日卵が孵って産まれたんです。名前はネロです」
「ペーン♪」
昨日と同じように元気よく手を振りだす。それに反応して笑ったのはジェスターさんだ。
「元気が良いな。私はジェスターだ。よろしくな」
「儂はグラバインじゃ。よろしく頼むぞ」
ジェスターさんに続いてグラバインさんも挨拶を返す。ネロは嬉しいのか腕の振りが大きくなる。そんな中でもノルンさんは冷静だった。
「……失礼を承知で言わせてもらうが、その新しい従魔は役に立つのか?危険性が高い場所に連れて行くにはリスクが高くないだろうか?」
ノルンさんは心配も含んでいるのだろうが「役に立つのか」という言葉でシェリルの目が鋭くなった。
しかし、当の本人は一切気にせず「ペーン♪」と声を上げて胸をドンと叩いている。まるで「任せなさい」と言っているようだ。
その様子を見てシェリルは表情を和らげるが、ノルンさんは困惑した表情をしていた。
そんなわけで、早速俺達は今日の現場へと向かう。貴族街の調査も大分進んだが、それでもまだ調べる場所がある。さらに言えば、瓦礫のように崩れている家も見え始めたので、撤去作業なども必要になってきた。
「全部が無事とはいかないのか」
「それはそうだろ。むしろ、無事な建物が多い事の方が疑問だがな」
確かに貴族街の建物は丈夫とはいえ、この数が無事なのは不自然だよな。
「…考えても分からないし、とりあえず瓦礫をどかすか」
「そうするか」
俺達はがれきの撤去を行う。グラバインさんに破壊してもらおうかとも思ったのだが、貴重な資料があるかもしれないとノルンさんの反対を受けて地道な作業になる。すると、ネロが自信満々に前に出る。
皆がネロに注目すると、瓦礫がフワフワと宙に浮かびだした。
その光景を見たジェスターさんは小石を浮いている瓦礫に向かって投げてみた。小石は瓦礫の近くにいくと、同じようにフワフワと浮かんでいた。
「念力じゃないね、重力の操作かな。見事な物だね」
その言葉に気分を良くしたネロは瓦礫を遠くに吹き飛ばしてみせた。
「ほう。重力を横に操作したようじゃな。難しいと聞くがな」
「ペーン♪」
さらに瓦礫を飛ばそうとしたので俺は慌ててストップをかける。
「ネロ、一旦浮かせたままにしてくれ。資料やアイテムが無いか調べてから遠くに飛ばしてくれ」
「ペン」
ネロは素直に頷いてくれた。ネロが瓦礫を浮かせている間はグラバインさんとジェスターさんが周囲の警戒をして、俺達は何かないか瓦礫の中を探す。瓦礫の周囲は無重力状態のようで少し面白かった。ベル達もきちんと探してくれているが、普段なら絶対に遊んでいただろうな。
ネロの能力のおかげで、俺達は思った以上に順調に調査を進めることが出来た。ノルンさんも申し訳なさそうに謝罪をしてきたが、ネロが全く気にしていなかったのであっさりと許されていた。
瓦礫の調査が一段落すると、今度は無事な屋敷の調査に戻る。
「……ところで闇雲に探すよりも王都守護三家の屋敷を探した方が良いんじゃないのか?」
俺の疑問に皆が呆れた顔をする。
「貴公よ。二百年前の街の地理が分かる者などそうそういるはずがないだろう。それに、地形が変わったと聞いているしな」
「グラバインさんは知らないのか?」
「残念じゃが、貴族街などは興味が無かったからの。名前は知っておるが、詳しい場所までは知らんぞ」
「なら、"導く鬼火"で探せば良くないか?」
「「「「……あ」」」」
誰も思いつかなかったようだ。案外、簡単な方法を見落としてしまうよな。
とりあえず俺達は王都守護三家の残りの二家である、カフス家とルジャンダ家を探す事にした。
二つの屋敷を見つけるの時間はかからなかった。
守護三家と言われるだけあって、内装なども見事なものだった。部屋数も多く、隠し部屋もあった。だが置かれていたのはギルドで見つけた日記と同じような物で真新しい発見や、ネイラート家の骸骨のような存在はいなかった。
「何かあると思ったんだけどな」
「日記が見つかっただけでも成果だろ。余り欲張るな」
俺は残念そうにするが、シェリルは十分だと言わんばかりだった。だけど、ここで見つからないと後は城を探さないと何も見つから無さそうだな。
他の人達も同じように思っていたらしい。
「ふむ。守護三家以上に情報を持っている貴族はいないようにも思えるの。明日からは城の調査をせんか?」
グラバインさんの提案に反対する者はいなかった。ただ時間はあるので、もう少しだけ貴族街の調査を続ける事にもなった。そんな中で俺は一軒の屋敷が気になった。
その屋敷は別に何か特徴がある訳ではない。だがどうも惹かれてしまう。
足を止めてその屋敷を見ているとノルンさんに声をかけられた。
「貴公よ何をしているのだ?呆けている暇などないのだぞ」
「…この屋敷がなんか気になるんだよな」
「この屋敷がか?…ベルモフ家か。聞いたことが無いな。恐らく断絶した家なのであろう」
「儂も聞いたことが無いのお。貴族街に入れるギリギリの貴族かもしれんな」
……近くに守護三家や力のありそうな貴族がいる場所なのにか?
そう思っているとシェリルは気にする事無く屋敷に向かって行く。
「おいシェリル」
「貴様はこの屋敷が気になるんだろ。貴様の勘はよく当たるからな調査する価値はある」
シェリルが中に向かうので全員がついて行くことになる。屋敷の中はそこまで広くは無いが部屋の数が少ないわけではない。だが俺は自然と一つの部屋に向かった。部屋は書斎のようで沢山の本と机が置かれている。
「中々の数だな。少し時間がかかりそうだ」
俺の後にシェリル達も部屋の中に入ってきた。手分けして本を見始めるのだが、何故か誰も机の上に置かれている手紙を気にする者がいなかった。まるで誰も気が付いていないようだった。
手を伸ばして手紙に触る。すると俺の頭の中に知らない記憶が流れ込んできた。
――――――――――
部屋の中には四人の男性がいた。四人とも歴戦の将と言える雰囲気を醸し出しているが、その誰もが険しい表情をしていた。
「モラン殿。守護四家の筆頭であるベルモフ家の当主として、此度の事件をどうお考えか」
「王都内に魔物の侵入、周辺には多数の魔物の死骸。兵士・冒険者・市民にも多数の死傷者がでている。放っておける案件ではないな。……私が"不動鬼神"を封印ではなく討伐できていればこんなことには」
「自分を責めるな。討伐失敗は団長であるワシの責任だ。お前は大怪我を負いながらもあの化け物を封印したんだからな。それより、陛下やエイプスの動きも気になる。今回の事件に関わっている可能性も大きい。ワシもケガが無ければ調査に集中出来るのだがな」
モランと呼ばれた男は三人の言葉を腕組みをしながら黙って聞いていた。
そしてゆっくりと口を開く。
「儂らは王都守護四家。国を守るために存在しておる。ならば此度の事件については儂らでも調査をするべきだ。そして……必要であれば誰が相手でも剣を振るうべきだ」
その言葉には色んな思いが込められていた。三人は静かに頷くと部屋を出ていった。そして部屋の中にはモランだけが残っている。
「…確実に陛下が絡んでいるのであろうな。もはや陛下は人とは言えぬ身か。あの男の信奉者も増えていく一方、恐らく我らの中にも裏切者がおるな。ガロンの奴はこんな面倒事は好まんからな。魔法の天才であるカフス家のボタンか、それとも副騎士団長で封印や結界術の申し子であるルジャンダ家のミジャールか。どちらにせよ厄介だな」
そこで場面が変わる。次はモランが化け物達と対峙している場面だ。
「モランよ。余は悲しいぞ。其方が余を殺そうと企むとはな」
「元陛下。そのような異形の姿で話されますと私の方が悲しいですな。人の世は人が治めるべきであり、化け物が治めるべきではありませんので」
化け物の中心には王がいたようだが、王は既に人ではなかった。下半身は獅子のような姿に、そして悪魔のような羽や額から角も生やしている。
モランはそんな王を悲しそうな目で見つめていた。
「ふん。破滅に立ち向かうには人の姿では無理なのだ。其方達は頭が固いからな。余とエイプスの思想には一人を除いて賛同してくれなかったな」
「やはり裏切者がいるのですな」
「気が付いたところで何もできまい。其方の賛同者である他の二人やギルドマスターももうこの世にはいないぞ。どんな惨い最後だったか教えてやろうか。みっともない姿で命乞いする姿は滑稽で会ったぞ」
「ふむ。陛下は我らを甘く見ておりますな。あの者達は既に命を捨てる覚悟があった。それに陛下。嘘をついたり誤魔化す時に、口調が速くなるのは変わりませんな」
「モランよ。やはり其方は癇に障る。余のする事に異議を唱え続けおって。…代々元帥に就いているのが本当に忌まわしい事よ。死ぬがよい」
そして戦いが始まる。モランはかなりの実力者だ。多数の魔物に対しても引けはとらなかった。だが、人数の差は大きい。徐々にモランの体力は削られていき傷が増えていく。
「どうした?其方の力はそんなものなのか。やはり其方達では滅びに勝つなど不可能なのだ。余の選択は間違っておらんのだ。力に勝つにはそれに勝る力が無ければいかんのだ!」
「力は大事ですが守るべき者たちを犠牲にしてまで生きたいとは思いませぬな。私の目には陛下も滅びも大した差がありません。王都守護四家筆頭として討たせていただきます」
「くく。余を倒したところで何も変わらぬというのにな」
「ええ。ですから全員集合してもらいます」
モランが地面に手を置くと魔法陣が起動する。そして魔法陣からは四人の人間が現れた。そして一人の男がモランに近づいていく。
「……強制転移ですか。流石はモラン元帥ですね。私が解除できないとは」
「お前のような者に褒められてもうらしくないがな」
「おや残念。私は貴方の事を評価しているのですがね。貴方もお仲間達のように魔物になれば凄い力を手に入れると思うのですがね。貴方なら竜か鬼にでもなりそうですしね」
「ふん。余裕ぶっているがいいのか」
「構いませんよ。貴方に私は殺せません。それに戦力的にはどう見てもこちらが上でしょう」
「頭の良い奴は油断してくれるからありがたいな」
部屋の中には魔法陣が展開される。エイプスは魔法陣を興味深く眺めていた。
「……性質からして封印魔法の類のようですね。ここまで強力なのは始めて見ましたよ。…しかも固有の能力のようですね。このレベルを再現するのは私でも時間がかかりそうですね」
「抵抗する気は無いようだな」
「ええ。この封印はおよそ二百年くらいですかね。逃亡を続けながら研究するより、二百年間休んでからでも問題なさそうですしね。むしろ滅びの魔物達が復活する時代ですので、封印されながらゆっくり研究でもしますよ」
「ふん」
モランの魔法が発動すると王やエイプル達の姿が消えてしまった。封印は成功のようだ。だが、モランも無事ではない。膝から崩れ落ちて苦しそうに胸を抑えている。
「儂ももう長くは無いな。だが、簡単に死ぬわけにはいかんな。儂の子孫と可能性を秘めて者に記憶を残しておくか。そしてそれ以外の者の記憶や記録からはベルモフ家を消しておくか。…この記憶を見ている者よ。我が国の脅威はすぐ側にある。城の地下に封印しているがいずれは解けてしまうだろう。奴等は人を実験材料としか見ていない。復活したらどんなに残酷な事が起きるか分かった者ではない。そして奴らの仲間や意志を継ぐ者はきっと側にいるだろう。それも国の中枢にな。大事な者がいるならば奴等を倒すための準備をすることだ。我が子孫よ、可能性を秘めた者よ、儂が不甲斐ないばかりにすまなかった」
そこで流れてくる記憶は止まった。