バレた
翌朝。俺達はリビングで朝食を摂りながら今日の予定を話し合っていた。
「今日もギルドの調査をしたいと思いますが皆さんどうですか?」
「昨日見終わったのではないか。それとも貴公はまた隠し部屋にでも用があるのか」
ノルンさんはジト目で俺を見てくる。別に下心なんてないのに。
「まあ、調査するならもう一回地下室も行きますよ。ただ俺達はギルドを一回しか見ていないから念のためにもう一回くらいは確認した方が良いと思ったんです」
「私は賛成だ。ジュン君の言う通り一度の調査では不十分だからね。まあ貴族街や城はもっと時間がかかるから、ギルドと事件現場は長くても三日くらいが良いと思うけどね」
「儂もジェスターの意見に賛成じゃ。昨日と変わっている点があれば何者かがいる証拠にもなるからの」
「なら今日もギルドの調査でいいんじゃないか。今日の様子を見てから明日の調査場所かを決めればいい」
シェリルの言葉に全員が頷いた。
「それじゃあ食べ終わったら出発しますか」
「キュー」
「たぬー」
「ベアー」
「ピヨー」
ベル達が元気よく返事をする。その光景に皆の頬が緩んだ。
そして朝食を済ませた俺達はギルドの入口から順番に調査を開始する。
グラバインさんとジェスターさんは昨日と何か違いがあるかを集中して探してくれている。なので俺達は昨日と同じく何か変わった物や資料がないかを探し続ける。
適当に落ちている本を開くが中はボロボロで解読不能な物ばかりだ。あの部屋以外の本は保存できなかったようだな。
「何か見つけたか?」
「こっちは特にないな」
「こっちもだ」
シェリルとノルンさんも本を開いては元に戻している。あっちも新しい発見は無いみたいだな。
ちなみにベル達は俺達の側で周囲の警戒だ。キリッとした表情で辺りを見回していた。
時間をかけて見回ったが新しい発見はやはりなかった。最後にギルドマスターの隠し部屋に足を踏み入れる。
「ここも見なければいけないのか」
「まあ、気が乗らないなら周囲の警戒や本以外の物を探してくれてもいいから」
「いや、好き嫌いで仕事を放り投げる事はせん」
ウンザリとした表情だがそれでも仕事を放棄する気はないようだった。実際本の内容を確認する時は顔を赤らめていたが、手を抜いている感じは一切なかった。
それから手分けして本を見ていく。暗号になっていれば分からないが、見た感じでは昨日の日記のような物は見つからなかった。
それでも最後の一冊まで探し続けた。
読み終わって本を閉じると、自然と声が出てしまう。
「結局何も手掛かりなしか」
「異変も感じられなかったね。とりあえずここの調査は終了でいいと思うよ」
「収穫が無いのが残念だ」
「なに、変わってない事は確認できたんじゃ。明日は違う場所を調査すればいい」
グラバインさんは立派な髭を撫でながら笑っていた。こういう考え方は見習いたいものだ。
俺達はミラージュハウスに戻り休むことにした。
そして翌日はアルレの事件現場へと向かう。俺自身も変な心境ではあるが、グラバインさんとジェスターさんの雰囲気も変わってきた気がした。ただ聴ける雰囲気でもなかったので無言で進み続ける。
「ここじゃな」
着いた場所は何の変哲もない場所だった。瓦礫の山と無事な家が一軒だけ建ったままだ。
グラバインさんとジェスターさんはその家を見て何かを思っているようだった。
「昔はここは住宅街で賑わっておったんじゃがな。今は見る影も無いの」
グラバインさんは遠い目をしながら寂しそうに呟いた。
とりあえず俺は無事な家に向かって行く。扉を開けると中もキレイで全然住むことも出来そうだった。
「お主!どうやって開けたんじゃ!?」
後ろから血相を変えたグラバインさんが詰め寄ってきた。
「一体どうしたんですか!?」
「この家は魔法によるセキュリティーが働いておるはずじゃぞ。本人以外中に入る事はできんはずじゃ」
そんな事言われても不通に入れたしな。
「まあまあグラバイン殿。それじゃあジュン君も話せませんよ。それに時間と共に魔法の効果が薄れている可能性はありますよ。ジュン君に関しても変な動きはありませんでしたし」
「確かにそうじゃな。…しかしあの方達の魔法が二百年程度で薄まるとも思えんがの」
難しい顔をしているが全員で家の中に入っていく。パッと見は特に変わったところも無さそうだ。皆で手分けして探すが何も手掛かりなどは見つからない。“導く鬼火”に関しては不思議な力でかき消されてしまう。
「グラバインさんはここの家主を知っているんですか?」
俺は調査をしながらグラバインさんに尋ねてみる。
グラバインさんは少し考えてから口を開いた。
「“花咲く道化”のアルレ様とクイン様の家じゃ。世間ではアルレ様は事件の犯人とされているが、あのお方があんな事件を起こすとは儂は今でも信じられん」
やっぱりアルレに縁があるな。
「グラバイン殿。私は“花咲く道化”は昔話でしか知らないのだが、それほどの方だったのか?」
シェリルの質問にグラバインさんは懐かしむように話を始める。
「彼らは当時王都では最強と言われておった。儂も今でこそ色々言われておるが、彼らに比べればまだまだ未熟と言える。特にリーダーのアルレ様は全てにおいて秀でておったの。儂自身はムーシュ様を師事しておったが、アルレ様にも憧れはあったの」
「グラバインさんは戦ったことがあるんですか?」
「もちろんじゃ。アルレ様には何をされたか分からないまま転がされ、ムーシュ様には簡単に吹き飛ばされ、クイン様には弓の腕の前に近づくことができず、スカラ様の魔法技術には手も足も出なかった。今ならもう少し戦えると思うが、それでも勝つ自信は無いの」
俺ってとんでもない人で訓練していたんだな。
「どんな魔物も倒してまさに英雄じゃったな。ただ人気がありすぎて当時の王には嫌われていたの。いずれは自分の地位を脅かすんじゃないかと、妄執に囚われておった。そんな時にあの事件じゃ。王都にいられるはずも無く、クイン様達は責任を感じて生まれた子供を知り合いに預けてアルレ様を追ったと聞く。その後は帰ってくる事は無かったがの。風の噂で亡くなったと聞いたが真実は分からん」
話して喉が渇いたのか水筒を出して飲み物を飲む。
「ま、今話せるのはこれくらいか。話をするのは構わんが、調査の手が止まるのはいかんからな」
「ありがとうございました。機会があればまた聞かせて下さい」
俺達はハッとして調査を再開する。すっかりと話の方に頭がいっていた。ノルンさんやジェスターさんも慌てて調査を再開していた。
「あ、地下室もあるんだな」
「装備の保存のためじゃろうな。アイテムボックスや収納袋もいいが、それらを無くした時のためのリスク分散じゃ。まあ、あまり使わん装備じゃろうが」
地下室に入るとグラバインさんの予想通りいくつかの装備が飾ってあった。短剣・楽器・弓・鞭・手袋・軽装備と色々ある。
「アルレ様とクイン様の装備じゃろうな。じゃが使った形跡があまり見られんから予備の武器じゃろうな。せっかくだから貰っておけ」
俺が貰っていいんだろうか?でも、防具と短剣は魅力的だ。
「他に欲しい人はいませんか?俺は防具と短剣を貰えればありがたいのですが」
「私は刀を使うから特に必要ないな」
「頂けるなら君達が使わない物を譲ってくれないか?もちろん見合った金額を払わせてもらうよ」
「調査を無料で手伝ってくれているので金は別にいいですよ」
結局俺は短剣と軽装備を頂いた。その他の装備はジェスターさんが貰う事になった。金は要らないといったのだが、大金貨を五枚ほど受け取らされた。
笑顔だったが有無を言わせない迫力なあったな。
「とりあえず。家の調査はここまでにしますか。大方は見たはずですし」
「そうだね。事件に関する物は見当たらないしね」
「それじゃあ一度休憩するか。申し訳ないがこの家で休ませてもらうとするかの」
「なら料理の準備はしておきますね」
収納してある料理を出して適当に食べ始める。後は休憩している間に手に入れた装備の能力を確認する。
名前:封印の短剣
物理的に傷はつけられないが、一時的に相手の魔法を封印できる
名前:統率者の短剣
自分を含め仲間達の能力を一時的に上げる。信頼関係が高いほどに効果が上昇する
名前:ワープダガー
短剣が刺さった場所に移動する。上手く扱うのは難しい
名前:調教師の衣服
物理・魔法耐性が上昇する。見かけ以上に性能は高い。相手に威圧感を与えやすくなる。屈服した相手は命令に従う
名前:狩人の装束
物理・魔法耐性と速度が上昇する。隠密性も高い。
名前:変化の服
物理・魔法耐性が若干上がる。魔力を消費して化けることが可能。変化中は声や性別も変えられる。また、景色に同化することも出来る。
単純な力なら今持っている装備の方が強いが、こちらは面白い能力だ。“統率者の短剣”などは是非使いたい武器だ。後で練習しておこう。
「さてと、そろそろ調査を再開するか」
調べ残しが無いように家の方をもう一度念入りに調べる。ギルドと違って本なども普通に残っていたのでそちらも手分けして読むが特に問題はない。
「特に見つかりませんし、外の方も探してみますか。まあ二百年経っているから何かあるとは思いませんけど」
「だが探さなければ見つかる物も見つからんからな。頑張るしかないだろ」
まあシェリルの言う通りだな。とにかく探してみなきゃ始まらないな。
アルレの家を後にする。先程も見たが瓦礫の山で何かあるとは思えない。それでも俺達は夕方まで探し続けた。
「そろそろ切り上げましょう。これ以上は危険が高くなりそうですし」
この日の調査はこれで終わりだ。昨日と同じく旧王都の外に出てミラージュハウスでゆっくりと休んだ。そして翌日。再びアルレの事件現場へと訪れる。
風で瓦礫を浮かせて下を調べたり、ベルやムギが体の小ささを活かして隙間を確認している。ノルンさんもギルドの調査よりも積極的な気がする。
俺は近くに建っているボロボロの廃屋へと入っていく。
「この汚さが普通だよな。ギルドやアルレの家が異常すぎるよな」
いや、二百年経っても形を保っているだけで、この家も異常か?
「しかし何もないな。家は残っているが土くれしか見当たらないぞ」
「ベア」
俺の後をついてきたリッカも同意するように頷いている。
それでもリッカはしっかりと作業をしていく。人形を動かしたり自分でも瓦礫を退けたりして、白い毛並みが汚れるくらい頑張っている。
「ところでリッカ。少し頼みがあるんだが」
「ベア?」
俺はリッカを抱き上げて内緒話だ。リッカは話を聞き終わると、深く頷いた後に早速作業に取りかかってくれた。
「サンキューな」
「ベア♪」
頭を撫でながら褒めるとご機嫌な笑顔を見せてくれた。そんなリッカを肩に乗せて俺達は次の場所に向かう。
………
……
…
「ここまでにしましょう」
夕方になったので終了の呼び掛けを行う。皆は近くから集まってくるが収穫無しという顔だ。まあ、一番何かありそうなアルレの家も収穫が無かったから仕方ないだろう。
そして俺達は今日もミラージュハウスで体を休める。
全員で食事をしながら話を行い、明日からは貴族街を調査することになった。予定を決めたところで各自部屋に戻って自由時間になる。
俺はベッドに腰を掛けてリッカから渡されてプレートに目を向ける。
「何を見ているのだ?」
シェリルが隣に座りのぞき込んでくる。ベル達も気になるようで続々と俺の側に寄ってきた。
仕事中じゃなければ最高のひと時なんだけどな。そう思いながら何をしているか説明する。
「ちょっとリッカに頼んで偵察人形を何体か置いてきたんだよ。事件現場やギルドもだけど、貴族街や城の方にも向かわせている」
「なるほどな。今日は少し別れることがあったからな。その間にやっていたのか」
「まあな。可能ならば邪竜の時みたいに先に偵察させたかったけど人目があったからな」
話しながらも俺達は画面をジッと見つめている。
「やっぱり人のいない街って言うのは不気味だな」
「人どころか動物も虫も見当たらないな。この手の場所には鳥系の魔物や虫くらいは普通いるものだと思うがな」
そ呟くシェリルは不審そうな顔で画面を見ている。何となく嫌な気配を感じる気がする。
「だけど魔物は見つからないな。城も貴族街も今の所はいないよな」
「相手も簡単には尻尾を出さないじゃろ」
「しかし便利な能力だね。安全な場所からここまで鮮明に確認できるなんてね」
「「………!?」」
俺達は一気に飛び退いた。そんな事は気にせずに、いつの間にか部屋にいたグラバインさんとジェスターさんは感心したような表情だった。…いつからいたんだよ二人は。
「え~と、二人はいつから?」
「その映像を見始めたあたりじゃな」
「ちょっと確認したいことがあったからね。そしたら凄い能力を見させてもらったよ」
…バレたらしょうがないか。悪用されそうなら隠れ家に逃げよう。
シェリルも少し緊張した面持ちでグラバインさん達の行動を見ている。
「安心せい。儂らはお主に話を聞きたいだけじゃ」
「一体何の話を?」
俺が尋ねれると、真剣な表情でジェスターさんが話し始める。
「まず、私のことを話そうか。私は“花咲く道化”のアルレとクインの息子なんだよ。最も父であるアルレには会った事も無いけどね」
ああそうか。誰かに似ていると思ったけどアルレにどことなく似ているんだ。
俺は何となく納得してしまった。
「実は今日。ジュン君が家を開ける前に私達が開けようとしたんだよ。そしたら結界が作動したんだ。その後、君がドアに手を触れたら何の抵抗も無く開いた。この理由を説明してくれないか。君の言う事を信じよう。追求しないことも約束しよう」
真剣な目で俺を見つめてくる。俺は一瞬嘘で切り抜けようかと考えてしまう。だが嘘をついたところでバレるだろうし、二人からの信頼を確実に失うだろう。それなら本当のことを話す方が気が楽だ。最も本当のことを話しても信じてもらえるかは分からないけど。
一度シェリルの方を見る。
「私は貴様について行くだけだ。好きにしろ」
そう言って軽く微笑む。俺は二人の方を向き口を開いた。
「実は…」
キーノとアルレの事を伝える。キーノが話した昔話も俺は伝えた。他にも容姿・戦い方・技など俺が知っている限りのことは伝えたつもりだ。そして最後に宝玉をお守りから取り出して二人に見せる。それとギルドで手に入れた日記もだ。
日記に書かれているあのページ見終えるるとジェスターさんは涙を流していた。
「私は父の事を大量殺人犯としか見ていなかった。母の信頼を裏切り消えていった父の事を快く思っていなかった。父を信じて亡くなった母が可哀想だと思っていた。でも母は正しかったようだ。全てが真実とは限らないけど胸のモヤモヤが晴れた気がするよ」
「え~と、俺の話を信じてくれるんですか?」
「私は音魔法の使い手だからね。心音や声の震え等で嘘を言っているかどうかはある程度分かるさ。だからジュン君の言葉は信じているよ。隠したいこともあっただろうけど本当のことを話してくれてありがとう」
そう言ってジェスターさんは微笑んだ。男だと分かっていてもドキッとしてしまうな。
「痛っ!?」
シェリルが不機嫌な顔でつねってきた。…俺ってそんなに表情に出やすいかな。
俺とシェリルがそんな事をしている間に、グラバインさんとジェスターさんはアルレの事を話していた。
その後はそれぞれ部屋へと戻っていく。二人とも笑顔だった。ジェスターさんもグラバインさんもアルレに対する思いがあったのだろう。とりあえず明日からも協力してもらえそうだし一安心だ。