王城へ
ジェスターさんと知り合ってからさらに一週間が過ぎた。王都へ着いてから一ヵ月近く経った事になる。
今日もいつも通りに王都の近辺で魔物狩りをしてギルドで査定してもらうところだ。
「査定をお願いします」
「かしこまりました、すぐに査定いたします。それと王城から連絡が届きました。一週間後に登城して欲しいとの事です。ギルドで馬車を用意しますので、十三時にはギルド前にお越しください」
どうやら遂にお呼びがかかったらしい。長かったな。…また馬車が使われることは無いよな。
「分かりました。一週間後ですね。ちなみにベル達も一緒でいいんですよね?」
「はい。邪竜を倒したメンバーの一員ですし、王城には事前に連絡がしてありますので大丈夫です。…ただ、城の中は街の中よりも血統至上主義や差別意識の高い方が多くいますのでお気を付けください」
最近面倒事が多いからな。顔だけみせて帰りたいもんだな。
「ありがとうございます気を付けますね」
俺達は宿に戻って一息つく。
「一週間後か。結構時間あるよな」
「何かする必要もないし今まで通りに生活すればいいだろ」
「だな。ところで今更なんだけど、王様と会う時の礼儀とか作法ってあるのか?」
「本当に今更だな」
ため息をつくが、すぐに教えてくれるシェリルは優しい方だと思う。
「基本的には部屋に通されて少し待つことになる。王が入ってくる時に兵士の合図に合わせて片膝をつき頭を下げる。後は頭を上げるように声をかけらるからそれに合わせて頭を上げればいい。丁寧な口調だけは心がけるようにしておけ」
口調はシェリルの方が怪しい気が。…いや俺も態度に結構出ているな。
「手土産は渡した方が良いか?」
「酒でも渡すのか?謁見室で近くの兵士に渡せばいいはずだ」
「なら、ロマネ・コンティを用意しておくか。サクスム伯爵やルクトール辺境伯から酒の話を聞いていたら、渡さなかった時の反応が怖いしな」
金はかかるが必要経費として割り切ろう。まあ、話して嫌味な人間だったらスピリタスを渡せばいい。Sランクのグラバインさんお気に入りの酒だから文句も付けられないだろ。
………
……
…
「さて行くぞ」
「了解。早く済ませて楽になりたいな」
登城用に着替えた俺達はギルドに向かう。宿を出るときはゴルダークさんから「頑張ってこいよ」と激励を受けた。
ギルドに着くと馬車が置いてあった。馬車の近くにはいつもの受付嬢さんともう一人女性が立っていた。その女性は軍服を着ている獣人だった。城の関係者に獣人がいるんだなと思いながら馬車に近づくと声をかけられる。
「貴公達が“旅する風”だな」
「はい。リーダーのジュンと申します。こちらはシェリル・ベル・コタロウ・リッカ・ムギです」
「私はノルンだ。王国軍の特殊遊撃部隊の隊長をしている。早速だが場所に乗ってくれ。城へと案内しよう」
そう言ってノルンさんは御者席に移動する。
俺達も馬車に乗り、受付嬢さんに見送られて出発する。
(なあ、獣人でも隊長になれるのか?貴族の方は差別意識が強いみたいだから無理だと思っていたけど)
(…私も知らんな。そもそも特殊遊撃部隊を聞いたことが無い。王国竜騎士団・王国軍団・魔法戦団・近衛兵団が上に立ち、下にいくつもの部隊があるな。遊撃部隊は普通にあるが、特殊遊撃は聞いたことが無いな)
(秘密部隊だとしても、俺達の迎えに来るのは明らかにおかしいよな)
(うむ)
聞かれたくないので小さな声で会話を続ける。念のためにムギにも協力してもらってい
(…ところで竜騎士団って何だ?)
(竜騎士団は一部のエリートしかなれん。竜の背に乗り竜と共に戦える者達だ。竜の数も少ないために百人程しかいないはずだ。それでも王国の最高戦力として各地に伝わっている)
確かに竜一体だけでも脅威だもんな。そこに人と連携されちゃあ厄介にもほどがあるな。
そんな事を考えているうちに城へと着いた。遠くからは見ていたけど近くで見るとすごい迫力だな。
「案内するから付いて来てくれ」
俺達はノルンさんの後ろを歩く。城の中を見ながら歩くが、広すぎて何か落ち着かない。絵画や調度品なども置いてあるから美術館という感じだな。
そして俺達への視線が鋭い気がする。やはり警戒されている。
そうこうしている内に扉の前でノルンさんは足を止める。
「この部屋だ。今回はお偉方などが多くいる。任務が無い団長や隊長も揃っている。失礼が無いようにな」
緊張しながら中に入ると真ん中へと案内される。ノルンさんは案内を終えると末席へと移動する。
張り詰めた空気の中、一人の兵士が王の入場を告げる。
俺達を含めたその場の全員が片膝をつき頭を垂れる。
王様の歩く音だけが聞こえる。
「面を上げい」
威厳ある声が響き渡り俺達は顔を上げた。
そこにいたのは美中年とでもいえばいいのだろうか。体格もよく独特の雰囲気を纏った男性が玉座に座っていた。
「其方達が“旅する風”か」
「はい。“旅する風”のリーダーとジュンと申します。それとこちらはシェリル・ベル・コタロウ・リッカ・ムギです」
「此度の邪竜討伐とダンジョンの最高到達階の更新、大儀であるぞ」
「ありがとうございます。これも皆様のおかげでございます」
「うむ。ところで邪竜やその他の魔物の素材とやらを見せてはくれんか?興味があるのだ」
断れるはずもないのでその場に素材を出していく。危険が無いように素材の周囲には兵士たちが集まってくる。
王も近くまで降りてくるが、側には近衛兵が厳重に王を守っていた。
他の方達も興味があるようで素材を満遍なく見ている。
「これが今まで出てくることが無かった邪竜の素材か。魔術戦団団長のウォルフよ。鑑定は使えたな。これらの素材は本物か?」
ウォルフと呼ばれた魔法使いの男は素材をじっと見始める。
「…間違いありませんね。邪竜の素材です。本当にあったとは驚きです。研究したくなりますね」
「そうか、邪竜以外にも素晴らしい成果をあげているようだし、今後も期待しておるぞ」
「「は」」
王の言葉に俺とシェリルは頭を下げる。
「しかし陛下。素材が本物でもその者が倒したとは限りません」
「私もベルフォン竜騎士長と同じ意見ですな。王国軍は直接邪竜と戦ったことはありませんが他国では軍隊を蹴散らしたという話も聞きますからな。二人と従魔四匹程度で勝てるとは思えませんな」
何か言われているけどもう無視しておこう。どうせ何度も顔を合わせることは無いだろうし。
「ふむ。ジュンよ。其方は何か言い返さんのか?疑われておるのだぞ」
こっちに振らないでくれ。
そう思いながらも答えないわけにはいかないので口を開く。
「…私から言うことはございません。ただ、邪竜の呪いが消えたと同時に私が邪竜の素材を持って現れた。これは変わらない事実でございます。後は各自の聡明な判断を期待します」
その言葉に先程話していた三人の内、魔術師以外の二人が苦々しい顔をする。魔術師の男はどうでもいいようで、視線は素材の方に釘付けだ。
「ハハハ。確かにその通りだ。だが、信じられないのは、其方にとっても面白くないのではないか?」
「疑うだけなら気にはしません。降りかかる火の粉は払わせていただきますが。それに国の上の方ならば疑うのは仕方がない事でしょう。一つの判断が国の存続につながる事もあるのですから、情報を鵜吞みにせず多角的に物事を判断しようとするのは仕方がありません。お二方が口に出したことは確かに疑問に感じる事ですから」
「其方はそれで良いのか?疑いを晴らしたくは無いのか?」
「疑いを晴らすにはどなたかに邪竜を用意してもらわねけばいけませんね。どなたか用意していただけますか?」
「アーハッハッハ。確かにその通りだな。邪竜を用意して目の前で倒してもらわねば証拠にはならんな」
俺の返答に王は機嫌を良くしていた。それに竜騎士長とおそらく軍団長の二人も、その前の返答で少しは溜飲が下がったようだ。
「それに聞いているとは思いますが、私が邪竜を倒せたのは運が良かったからです。偶然“竜殺し”と言う短剣を手に入れて、その武器が“竜滅”と言う、どんな竜も滅ぼす武器に進化したことで倒せたのです」
「つまりはもう一度邪竜が現れても君は勝てないという事か」
また新しい人が出てきて俺に尋ねてきた。この中で話せるのだからかなり上の人なんだろうな。
「そうですね。少なくとも今の私では無理でしょう。Bランクぐらいの実力はあるかもしれませんが、Aランクの実力派やSランクの冒険者の方々の足元にも及びません」
「正直な男だな。この場で言うのは君には不利益しかないのではないか」
「この場で虚勢を張って、難易度の高い依頼を頼まれる方が不利益です。私は命の危険があり、依頼内容によっては王国も被害を受けるかもしれませんからね。邪竜を倒したのは事実であっても実力ではありません」
これは俺の評価を下げる内容だが問題ない。これで俺に見向きもしなくなれば俺達は楽しく暮らせるからな。
「うむ。その姿勢が気に入った。陛下。彼に旧王都の調査を依頼いたしませんか?」
あれ?話が変な方向に進んでいるぞ。
「モラークよ。ジュンは実力不足を吐露したのになぜ任せようと思うのだ?」
「このような場で自分の不利益を正直に言うのは並々ならぬ胆力の持ち主でしょう。それに声も震えておらず視線もしっかりと陛下や私を見ておりました」
「モラーク元帥。それだけが理由であれば兵士たちは納得いたしませんよ」
「ヤンゼン軍団長よ、もちろんそれだけではない。彼の持ってきた素材を見たであろう。邪竜以外にもBランクやAランクの素材に溢れている。邪竜は倒せなくてもそれくらいの実力はあるという事だ。それに兵士達は旧王都のを調査に消極的ではないか。ならば彼らに任せても良いのではないか。もちろん王国からも人を出そう。ノルンならば実力的にも問題ないだろう」
「獣人の者を使う気ですか!」
「上に立つ者はどんな者でも使いこなすのが大切だよ。身分や種族の違いで、優れた能力を使わないのはもったいないと思わないかい?」
「しかし」
話が長くなりそうだと思ったが、王様がここで判断を下した。
「もうよい。ジュンよ。其方達に旧王都の調査を頼みたい。了承してくれるな」
正直断りたい。断ったら問題になるだろうけど。下手すれば投獄とかになりそう。
はぁ、受けるしかないか。
「詳しい情報はいただけますか?」
「私の方で用意しておこう。一週間後にはギルドに資料を用意しておく。あくまで調査だから安心しなさい。期間は一ヵ月ほどだがな」
「承知いたしました。ところで助っ人を頼むのは大丈夫でしょうか?」
俺の言葉にモラーク元帥が考え込む。
「旧王都にはあまり王国の関係者以外を入れたくないのでな。Aランク以上で二人までだな。ランクが低くても実力も信頼性も高い者がいるのは承知だが、対外的な面もあるからな」
じゃあ俺達以外に頼むべきじゃないか?ランクも関係性も掠っていないぞ。
俺は言葉を飲み込み頭を下げるが、気分は憂鬱だった。どうして厄介ごとが舞い込んでくるんだか。ダンジョンの中の方が快適な生活を送っていた気がする。
「ではこの話は終わりにしよう。ところでジュンよ。アランとアーベンから話を聞いておるぞ。大層美味い酒を持っているようだな」
あの二人バラしてやがった。面倒事が増えたからスピリタスにするつもりだったのに。
「ええ。こちらでございます。どうぞお納めください」
それでも笑顔で対応して近くの兵士にワインを渡した。やけくそで三本渡してやったよ。これで見返りがなければ金輪際渡してやらん。
「おお。これか」
早速ワインがグラスに注がれる。鑑定士や毒味役が確認してからワインを飲む。
「あの二人が勧めるだけあるの」
そう言って残りを一気に飲み干す。
「ではジュンよ。旧王都の調査を頼むぞ」
「はい」
それだけ言い残すと王は部屋から出ていった。俺の予想でしかないが、この後はツマミで一杯やる気だと思う。
王の退出によって謁見は終わりとなった。帰り際にはモラーク元帥に話しかけられて、改めて調査を依頼されてしまった。
「まあ疲れただろうから、帰ってゆっくりするといい。それではノルン。街の方まで送ってあげなさい」
「は」
俺達に何か言いたそうな人たちはいたが元帥の一言で帰る事はできた。それにしても終わったと思ったのにまだいなきゃいけないのか。
帰りの馬車の中では疲れを癒すためにベル達に果物を渡しながら撫でたりしていた。
この毛並みが気持ちよくて癒してくれる。
「はぁ。また面倒事が増えたな。すまん」
「気にするな。仕方がないことだ。王命は断れん」
「平穏はいつ来るんだろうな」
「しばらくは諦めろ。私達も付き合うからそう落ち込むな。貴様が悪い訳じゃ無いからな」
「キュキュ」
「たぬぬ」
「ベアベア」
「ピヨヨ」
あー、仲間っていいな元気が出る。
「サンキューな」
俺も一息ついて果物をいただく。この甘さが体に染みる。とりあえずグラバインさんにも話をしておこう。どうせノルンさんも参加するから隠れ家は使えないからな、手伝ってくれそうならお願いしよう。
そんな事を考えている内にギルドに着いた。
「ありがとうございます」
「仕事だから気にする必要はい。それより旧王都に行く日などが決まったら、“猫の尻尾亭”に伝えに来てくれ。それでは」
そう言ってノルンさんは去っていった。
「シェリルは“猫の尻尾亭”って知ってるか?」
「主に獣人が泊まる宿だな。“熊のお宿”と似たような宿だ。ただ、場所が遠いからもう少し安かった気がするな」
「ふーん」
隊長なのに安宿という事に違和感を感じるが俺達が口を出すことではないだろう。
俺達は宿に向かって歩きだすが、途中でニルト商会が目に入った。
何度かキーメイスに挨拶するために入っているが、今日は植物を売り出しているのかメイヤ婆さんの店のように緑に溢れている。
「キュキュ♪」
当然ベルが反応しているので寄ることにした。
残念ながらキーメイスはいないので適当に見て回る。
ベルはこの時、自分のアイテムボックスからお金を出して幾つか植物を購入していた。俺がこの事を知るのはもう少し後になる。
しばらく色んな商品を見続けたのでベルも満足したようだ。そして店を出るとミランダさん達が入れ違いに入るところだった。
「あら奇遇ね」
「私達は帰るところだがな。ミランダは買い物か?」
「そうよ。ギルドから急遽依頼が入ってね。ニャムとシュンメイと共同で出かけて来るわ」
「Aランクを三人とはな」
「本当は断りたいんだけどね。そういえば“喋る筋肉”の四人も依頼が入ったみたいでさっき出掛けて行ったわね。それだけ事件に溢れているのかしら。嫌な世の中よね」
「そうか。気を付けろよ」
「シェリル達もね。依頼が終わったら食事でも一緒にしましょう」
ミランダさん達と別れて宿に戻ると、グラバインさんは食堂でジェスターさんと飲んでいた。俺は丁度良いと思い二人に話しかける。
「すみません。グラバインさんジェスターさんちょっといいですか?」
「構わんぞ」
「私もだよ」
「実は…」
俺は城での話を伝えてみた。グラバインさんは酒を飲みながらだが表情は真剣だ。
「なるほどの、旧王都の調査か。お主等に依頼というのが気になるの」
「ええ。普通ならAランクの者に依頼を出しそうですけどね」
二人は難しい顔で何やら話し合っている。そんな中で俺は二人に声をかける。
「グラバインさん。ジェスターさん。依頼料は払いますので今回の調査を手伝っていただけませんか?」
「おういいぞ。依頼料はそうじゃな。一日酒十本じゃ。一ヵ月じゃから三百本じゃ」
「私は旧王都に興味があるから依頼料はいらないよ。それにジュン君からは笛を貰ったからね。あれで充分だよ」
「ありがとうございます。心強いです」
明日にはギルドを通して報告しておこう。しかし、もう少し出費を覚悟していたけど思ったより安く済んだな。二人の厚意には感謝だな。