王都の生活
「全然呼ばれないな。これならもっとゆっくり来ても良かったよな」
「王の命令を後回しにしたと言われるだけだぞ」
王都に着いてから二週間が経った。今だに王城から連絡は入らない。なので毎日近隣で狩り三昧だ。後はたまに魔導船で知り合った人たちと会ったりしている。
「それも嫌だな。ま、タカミの街にはいない魔物も出るから特訓にはなるけどな。美味い魔物も結構いるし」
「相変わらずの戦い方だがな」
「ギルドの評価は良いだろ。それに宿に持っていけば調理してくれるし」
宿はもちろん"熊のお宿"だ。調理してくれるのは大柄な熊獣人のゴルダークさんだ。夫婦と聞いていたがまさに美女と野獣だった。ちなみに奥さんはつららという名前だ。
「それもそうだな。まずは今日の成果をギルドに報告するか」
そんなわけで俺達はギルドに向かう。ベル達も大分王都の人の多さには慣れたようだが、それでも俺達の体から降りることは無かった。
ギルドに入ると奥の鑑定所へと向かう。正直遠いから、もう何ヵ所か入り口を作ってほしい。
素材の提出ついでに王城からの連絡も確認するが今日も来ていなかった。
うんざりしながら宿へと戻る。
「おうジュン達か。お帰り」
宿に入って出迎えてくれたのはゴルダークさんだ。
「今日はどんな獲物があるんだ♪」
俺達よりも獲物に興味があるようで顔はニコニコだ。迫力はあるけど。そして従業員のスモールベア達も集まってくる。こちらは愛くるしいな。
「今日はボーボー鳥と甲殻牛がありますよ」
解体した肉を渡すとゴルダークさん達はさらに機嫌が良くなる。
「相変わらず品質が良いな。あるだけ買わせてもらうぜ。売れる分は倉庫に出してくれ」
ちなみに安く売る代わりに食事代を無料にしてもらっている。
「今日はこれくらいになります」
「十分だ。さてと準備を急がないとな。今日も食堂が賑わいそうだ。コタロウは今日も厨房に入るか?」
「たぬ!」
気合い十分な返事だ。実はゴルダークさんの調理の手伝いをスモールベアがしていたのだ。なのでコタロウも見学くらいできるかと思い尋ねたら、快く引き受けてくれた。今は簡単な手伝いもしているらしい。
ゴルダークさんは金を払うと、手伝いのスモールベアとコタロウを引き連れて準備に取りかかる。
そして俺達は部屋へと戻る。
「キュー。キュキュー」
今度はベル達が仕事へと向かう。月光樹や果樹園が心配なようで、お世話をしに隠れ家へと向かうのだ。
そして俺とシェリルだけが残される。最近はこんな時間が多い気がする。
「ベル達がいないと静かになるよな」
「皆元気一杯だからな。だが、こんな時間も私は好きだぞ。貴様は嫌か?」
そう言ってもたれかかってくる。
「そんな訳ないだろ。嫌と言う奴がいたら見てみたいな」
実際シェリルと二人きりの時間も居心地が良い。もちろんベル達がいて楽しい時間も好きだけどな。最近はこんな感じでシェリルとの距離がさらに近くなってきている気がする。
「ふふ。まあ他の奴らが嫌と言っても気にはしないがな。ただ貴様がそんな事を言ったら許さんからな」
「肝に銘じときます」
互いに笑いあって会話は続いていく。
「ところで王都の生活には慣れたか?」
「あんまりだな。視線には大分慣れたけど、たまに見かける貴族が苦手だ。根拠も無く偉そうにする奴らが多すぎないか」
「権力は人を変えるからな。ちなみに貴様の功績だと頑張れば貴族も目指せるぞ」
「遠慮する。隠れ家でシェリルやベル達と自由に暮らす方がよっぽど贅沢だしな」
「ふふ、確かにな。温泉やプライベートビーチを所有して、心を癒すセラピードルフィンや絶滅した魚を鑑賞できる。果樹園・医療設備・修練室も完備されて、極めつけは月光樹・魔導船だ。不満があれば怒られてしまうな」
「よくよく考えると破格の能力だよな」
引き当てたガチャの能力には感謝だな。…最近はハズレが酷くなっているけど。初めの頃のチョコレートとかって結構当たりだったよな。
「戦闘向きではないが冒険者なら誰もが欲しがる能力だな。まあ今の貴様ほど充実すると冒険をするメリットも無くなるがな」
「だらだら暮らすよりは冒険しながらの方が楽しく感じる気がするけど」
話題が変わりながら長い時間話し込んでしまう。そして気が付くと結構な時間になっていた。
『キュキュ』
通信人形からベルの声が流れる。作業が終わったらしい。俺が隠れ家の入り口を開けると、勢いよくベル達が飛び出してくる。
「キュキュ」
「ベア」
「ピヨピヨ」
それと同時に部屋の扉が開く。
「たぬー」
同じタイミングで終わったらしい。ベル達はそのままベッドに座っている俺達の横や上で体を休める。
「コタロウは今日はどうだった?」
「たぬ。たぬぬ。たぬたぬたぬ」
興奮したように身振り手振りで思いを伝えてくる。洗い物がメインのようだが、今日は食材を切らせてもらったらしい。それが嬉しかったようだ。
話し終えるとベル達がコタロウに拍手を送る。俺とシェリルも一緒に拍手をしてコタロウを撫でる。
「たぬ~///」
照れながらも嬉しそうなコタロウだ。
「ところでベル達はどうなんだ?果樹園や月光樹の世話をしてきたんだろ」
シェリルがベル達に話を振ると、今度はベル達が身振り手振りで熱演を始める。植物魔法や人形達の人海戦術、それにムギの音魔法で樹木の成長を助けているようだ。
そして話が終わると今度はコタロウが拍手を送る。俺達も先程と同じように拍手をしてから頭を撫でる。
ベル達も満足そうな表情だ。
「しかし、これだと俺達が一番働いてないみたいだな」
「全くだ。少しはベル達を見習わないといけないな」
シェリルと冗談を言っていたのだが、俺達の言葉にベル達が反応した。首を横に振り、頭や肩によじ登ると手や翼で頭を撫でてくる。
何だか可笑しくなってしまいシェリルと笑い合うと、そのままベル達を抱きしめてベッドに横になる。
「アハハ、ありがとうな」
お礼を言うと満足した表情でにっこり笑う。
「ふふ。良い子達だな。いつも元気を分けてもらえる」
「本当にそうだな。俺ももう少し頑張ってみるか」
ベル達のおかげでやる気が出てきた。
そしてそのまま皆で遊んでいると夕食の時間になっていた。
「食堂に行くか。コタロウも手伝って仕込みをした料理を食べたいしな」
「そうだな」
食堂に向かうと、そこには見知った顔が何名かいた。
「今日も同じ時間ね」
「…こんばんは」
「おお、友よ。今日も元気そうネ」
ミランダさん・ニャムさん・シュンメイさんだ。軽く挨拶をして俺達も席に着く。ちなみに“喋る筋肉”の皆さんは基本的には自炊だそうだ。筋肉を作るには食生活も大事という事で四人全員が水準以上に料理ができるらしい。
料理はすぐに運ばれてくる。素材を提供したこともあり、最初からかなりの量が無料で提供される。
「“満腹亭”の料理とは違うけどこっちも美味しいよな」
「私達は貴族向けの高級料理よりも、冒険者向けの料理の方が合っているようだな」
確かに“満腹亭”も“熊のお宿”も変に凝っている料理は出さずに素材の味を生かしている料理を作ってくれる。ガッツリとした量で、ご飯やパンに合うような料理が多いからどんどん食べてしまうな。
「ところで今日は変な雰囲気だよな」
「ああ。皆そわそわしている感じだな」
「理由は簡単よ。あっちのテーブルにSランクの冒険者がいるのよ」
疑問に答えてくれたのはミランダさんだ。
「グラバイン殿なら一週間前からずっといるだろうが」
シェリルの言う通りグラバインさんは一週間前に“熊のお宿”に現れてそれからずっと泊まっている。面倒事があれば相談しろともいわれたが、この一週間は相談が必要なほど大変になることは無かった。
「もう一人いるのよ。まあその人はもっと前から王都にはいたんだけどね。孤児院や病院を回っていたみたいで、殆ど見られていなかったらしいわ」
「孤児院や病院を回ったなら“慈愛の聖母”や“救済の薬師”か?“奇跡の魔術師”は金が絡まないと動くことは無いしな」
「どれもハズレよ。今回は“美しき音色”が来ているわ。二人が揃って飲んでいるもんだから興味がそっちにいっているね」
「“美しき音色”…ああ、確かダークエルフの男だったよな。性格に難がある」
「難と言う程じゃないけど個性的ではあるわよね」
俺にはよく分からんが凄い人が来ているのだろう。グラバインさんには挨拶もしているし、何かあったとき用に酒も渡しているから改めてテーブルに行く必要も無いだろう。
「まあ向こうは向こうだし、俺達はここでいつも通りにしていればいいしな」
「…でも向こうは君に興味があるかも」
「え?」
ニャムさんの発した言葉で俺は料理を食べる手を止めた。
「ボルゲードを覚えてる?」
「もちろん。決闘の相手だった男ですよね」
「うん。彼は決闘の後に病院に運ばれた。手を尽くしたけど君の幻術は解けなかった。それを解いたのが"美しき音色"と呼ばれるジェスター。症状を見て興味を持ったみたい」
あの技俺が使ってもそんなに強力だったのか。人に使う時は気を付けないといけないな。まあ、今回は特に後悔も反省もないけどな。相手が相手だし。
「そうなのか。まあ用事があれば向こうから来るだろうし、わざわざ行く必要もないか」
「普通はSランクが自分に興味を持っていると聞いたら会いに行くのだがな」
「シェリルは行くのか?」
「面倒事は好かん」
俺と同じじゃないか。シェリルも行く気はないだろ。
そんなことを話していると辺りがざわつき始めた。俺は何だか嫌な予感がした。
「こんばんは。私のことを話している声が聞こえたから来てしまったよ」
テーブルの近くには酒を豪快に飲んでいるグラバインさんと美人なダークエルフが立っていた。シェリル達の話だと男のはずだが声も中性的で性別が分からない見た目だ。女性と言われても普通に信じてしまいそうだ。…誰かに似ている気もするが。
「初めまして。君がジュン君だね。私はジェスター。噂やグラバインから話は聞かせてもらっているよ」
「初めまして。どんな噂かは怖くて聞けませんけど」
向こうが握手を求めてきたのでそれに応じる。正直、男の手という事を疑うような感触だった。
「少し話がしたいのだけれどよろしいかな?」
「グラバインさんとの話は良いのですか?」
「先程まで沢山話はしたからね。それに彼はそろそろ酒を浴びたいようでね」
飲むんじゃなくて浴びるのかよ。
「小僧。ジェスターの言う通りじゃ。そ奴は危険な事などないから話し相手になっておれ」
そう言ってグラバインさんは美味そうに酒を飲み始めた。
シェリルに視線を送るとにっこりとほほ笑んでからミランダさん達のテーブルに移動した。薄情者。
「分かりました。料理を食べながらでも構いませんか?」
「全然かまわないよ。無理を聞いてくれて感謝するよ。邪竜を倒した冒険者に興味があってね」
そんな訳で俺はジェスターさんとテーブルを挟んで席に着く。コタロウとリッカはシェリルに連れられてしまったが、ベルとムギはこちらに興味があるようで一緒の席についている。
初めは乗り気ではなかったがジェスターさんは嫌味が無く、話し上手で聞き上手だった。なので思った以上に話が弾んでいく。
「ところでジェスターさんは何のために旅をしているんですか?」
「私は究極の美という物を知りたいんだよ」
先程までは普通に楽しかったが一瞬「うん?」となってしまった。それからしばらくの間はジェスターさんによる美に対する情熱が語られる。
「私はまだ二百歳くらいでエルフとしては若い方になるんだが、子供の頃に見せてもらった人物画が忘れられないんだよ。とても綺麗で美しくて私は目を奪われたんだ。その頃は森の集落で暮らしていたんだけど、絵を見るために近くの街に何度も通ったものさ。その街は芸術に力を入れていてね、人物画は勿論だけど歌や踊り、その他の工芸品なんかも飽きることは無かったな。金・銀・宝石も美しいと思ったけれど私は芸術の美しさに心惹かれていたね。だけどその時に不思議に思ったんだ。私はこの絵をこの世で一番美しいと思っているのに他の者はそうでもない。人によっては金や宝石の方に美しさを感じるし、武器に一番の美を見出す者もいる。その美を否定するつもりも無く私も美しさは感じるが、なぜ人によって美が違うのかが分からなかった。初めはそれが知りたくて世界を見て回ろうと思ったんだよ。だからこそ冒険者になったんだ。だけど世界中を見て歩いている内に美しい物は至る所にあるんだと気がついたんだ。子供を見守る親たちの姿、互いに愛し合っている恋人や夫婦、仲間と共に戦う姿。ああ、世界はこんなにも美しのだと改めて感じたんだよ。すると私の中の欲望が出てくるんだ。この世で一番美しい物は何なのだろうと。それを見たい、知りたい。そして私も美しくありたいと。物質的な物か精神的な物かそれは分からない。だからこそ私は究極の美を探し始めたんだ」
…正直長い。申し訳ないが話半分で聞かせてもらっている。しかもまだまだ語り足りないのか喋っているし。
「でもね究極の美を探すのに障害となる存在もある。邪竜はその一つだ。邪竜の行動は悲しみや怒りなどの負の感情しか生み出さない。むしろ美しかった光景を消し去ってしまう。魔物の破壊行動が悪だとは思わない。あれは彼らの本能であり生きるための普通の行動なんだろう。でも邪竜はどこか楽しんでいた。まあ私が会ったのは分身だったみたいだけどね。快楽のために生き物を殺し街を壊す。そこに私の知らない美があったかもしれないし、生まれる可能性もあったんだ。本当に何度も現れる邪竜の存在が悔しかったんだ。…でも邪竜は君が倒してくれた。私は君に感謝しているよ」
面と向かって言われると少し照れてしまうな。
「俺はたいそうな事を考えて邪竜を倒したんじゃないですけどね」
「過程はどうであれ結果は君達が倒したんだ。それに女性のために強大な敵を倒すのも美しい事だと私は思うよ」
そう言ってジェスターさんはシェリルをチラリと見る。多分俺の顔は赤く成っているだろうな。
「そうそう。そういえば二週間ほど前に決闘したのは君だよね。負けて病院に運ばれた冒険者を見たけど中々強力な技を持っているみたいだね」
「ああ。治療したのはジェスターさんなんですよね。あの技はあんまり使ったことが無いんですけど、それほど強い技だったんですか?」
「そうか自覚が無いのは危険だね。あの技は相手の精神力の強さが肝になってくるから、一級品の装備を付けていてもあまり意味がない。しかも生きていれば嫌なことくらいあるだろうからね。それを無理やり引き出す技だから人によっては廃人になる可能性がある。使う時は気を付けた方が良いよ」
「分かりました。次からは気を付けます。ただ、どうやって治したんですか?」
俺の質問にジェスターさんはにっこり笑って答えてくれた。
「私は音魔法が得意でね。癒しの音を聞かせたのさ。音楽は良い物だよ。言葉が通じなくても心が通じ合える。精霊や魔物も音でコミュニケーションをとる事ができるのさ」
ムギもいつかはできるようになるかもな。邪竜との戦いでも音を使っていたしな。
「せっかくだから音楽を流したいな。君は何か楽器は弾けるかい?」
「俺は音楽はからっきしで。代わりにムギが歌ってくれますよ」
「ピヨ♪」
「お、いいね楽しく歌おうか。私は何にしようかな」
「良ければ笛があるんですが使いますか?」
俺は仕舞っていたアイテムをとりだした。“感情の笛”は俺にとっては使いどころのないアイテムだったのでここで使ってもらえるならありがたい。仕舞っておくだけも寂しいからな。
「これは…いいね♪使わせてもらうよ」
すると笛から音楽が流れ始める。何だか踊ってしまいたくなるような楽しそうな音だ。
「ピヨ~♪」
そこにムギの歌が合わさっていく。食堂にいる全員の視線がこちらに集まる。
そして誰かが上機嫌に踊りだすとつられて踊り始める者達が出てくる。この日は冒険者同士の諍いなどなく、深夜まで賑やかな声が響いていた。