到着
翌日の朝には王都に着いた。キーメイスさん達に挨拶をしてから俺達は王都の地に足を踏み入れた。
「ここが王都か。思ったよりも普通だな」
「一体どんな想像をしていたんだ貴様は」
「何かこう煌びやかで豪華な建物でも並んでいるイメージだったな」
「貴族街はそんな感じだぞ。見に行きたいのか?」
「遠慮する」
いい予感は全くしないからな。
「その方が良いだろうな。とりあえずギルドに向かうぞ。手続きが必要だからな。王城に行くときもギルドから連絡が入るはずだ」
「それじゃあ向かうか」
シェリルの後についてギルドへと向かう。ベル達はいつもとは違う場所なので興味津々だった。
しばらく歩いたところでシェリルの足が止まる。そこには大きな建物があった。
「タカミの街のギルドも大きいと思ったけどそれ以上だな」
「一応王国中の依頼が確認できるようになっているからな。支部には無いような凶悪な依頼もあったりするぞ。それに各地から定期的に腕に覚えのある冒険者が集まってくるのも要因の一つだな。…夢を見てくるが夢は夢でしかないがな」
「?」
「行くぞ」
よく分からないが中に入り受付へと進む。すると俺達に視線が集まるのを感じた。一つの理由はシェリルだろう。元々王都でAランクまで上り詰めたからな。呪いの件も、無事に解決できた件も広まっているだろうし、現れたら見るのも当然だろう。
それだけならそこまで気にしないが他の視線が不快にさせる。一つは俺への視線だ。こちらは嫉妬の視線が多い。シェリルと一緒なのと功績への嫉妬と言う感じだ。正直ウザイ。
そして一番不快にさせるのがベル達への視線だ。種族だけで弱いと決めつけて、蔑む視線を送っている。そのためか、ベルの機嫌もイマイチでコタロウ達は悪意に萎縮してか、俺とシェリルにベッタリだ。
タカミの街でも同じような冒険者はいたが、好意的な人達も多かった。王都は否定的な者が大多数のようだ。
「早く用件を済ませようぜ」
「そうだな。少しだけ我慢してくれ」
そう言ってコタロウ達を優しく撫でる。三匹とも目を細めて体を擦り寄せて甘えてくる。
「あれ?ここじゃないのか?」
「ああ。ここは違う」
受付に着いたと思ったがシェリルは通り過ぎようとする。しかし、受付の女性が声をかけてきた。
「シェリル様!どうぞこちらへおこし下さい。…ああ。お連れの方は向こうの受付へ行ってください。ここは王都の優秀な冒険者専用なので、地方の冒険者は使えないんです」
明らかに態度が違う。そして先程のシェリルの言葉が若干理解できた。
「私はこの男とパーティーを組んでいる。この男がダメな場所では私はやらん」
シェリルがハッキリと答えるが受付嬢は引くことはない。
「シェリル様。その男に騙されていますよ。そんな男じゃシェリル様に相応しくありませんよ。私の方で優秀なパーティーやクランを紹介いたしますので、そんな男や従魔とは縁を切る事をおすすめしますよ」
「「「アハハハハ」」」
笑い声が響き渡るがこっちは全く楽しくないな。
「シェリル様。私達のパーティーはどうでしょう?まだBランクですが、有望株として新聞にも取り上げられておりますよ」
「おいおい、お前達より俺のパーティーの方が良いに決まっているだろ。この前はワイバーンを十体程討伐してきた実力派だぜ」
「お前達程度のパーティーには相応しくないだろ。俺のクランは王都でも十本の指に入るぜ。全てにおいて満足できるだろうな」
「まあ。どのパーティーやクランを選んでもその男や従魔よりは条件は良いだろうな。お前等は帰ったらどうだ?良い夢見れただろう。後は本物の冒険者の俺達がシェリルを大事にしてやるからよ」
周りの男達からの勧誘合戦が始まった。同時に俺やベル達に対する罵詈雑言が飛び交っている。白熱すると同時にシェリルの表情が険しくなる。この状況の原因は俺だよな。俺が嘗められすぎているからだ。面倒事は避けたかったからパーティーや魔導船ては煙に巻く程度にしたけど、これから先もシェリルやベル達に迷惑がかかるな。
「そうだ。その男を倒した奴がシェリルを引き抜くってのはどうだ?」
誰かが発したその言葉に、周りの冒険者達から歓声が上がる。そして俺に視線が向けられる。これは好都合だ。
「相手になってやるよ。ただしシェリルを賭ける事はない。どこに属すかはシェリルの自由だからな。代わりに俺を気が済むまで殴ればいい」
「「「アハハハハ」」」
「いいぜ。サンドバッグを申し出てくれて感謝するぜ。それに心配すんなよ。本物の実力者が多いからよ、怪我も治してくれるぜ」
「戯れ言はいいから早く終わらせてくれ。俺は手続きもあるんだからよ」
「手続きは要らなくなるから安心しろ。…ああ入院の手続きは必要か。おい、俺がやるが文句は無いよな!」
周りから再び歓声が上がる。
俺はため息しかでない。
「おい、何バカな事を言っているんだ」
シェリルが詰め寄ってくる。
「パーティーやカジノでも絡まれたし、俺が侮られているのが原因なんだろ。このままだとシェリルにずっと心配かけるし、ベル達もバカにされ続ける。どこかで区切りはつけないと」
「…なら全力を出して勝ってこい。時間は掛けるなよ。一撃で沈める気で行け」
「了解」
見つめ合う俺とシェリル。いい雰囲気だと思ったが受付嬢が邪魔しやがった。
「シェリル様。その男じゃボルゲードさんに勝てませんよ。Aランクの方の決闘は禁止されていますが、ボルゲードさんはBランクでもAランクの危険な魔物も倒した事のある実力者ですよ」
何か喋っていたが無視して準備をしながらギルドの外に出る。すでに人だかりが出来ており注目の的だ。何気に“金色の竜牙”もいやがる。ニヤニヤ笑っているし。
「さあこれで揃いました。今から決闘を始めます。一人は皆さん知っているでしょう。王都でBランクまで登り詰めたボルゲード。Aランクの危険な魔物であるキラーパンサーや即死蜂を仕留めた実績をもっています」
「いいぞボルゲード」
「田舎野郎に負けるなよ」
「どうせ功績を偽造した奴だろ。八つ裂きにしちまえよ」
ボルゲードに好意的な声援が送られる。そんな中で次は俺の紹介だ。
「対するは、邪竜を倒したという嘘で成り上がった田舎者の、…え~と、名前は。ジュン。何とも締まらない名前ですね。さあ、彼の実力が本物か見せてもらいましょう」
「死んでしまえ!嘘つき野郎」
「土下座しろ土下座」
「潔く負けるんだぞ」
罵詈雑言の嵐だ。耳が痛くなる。王都の冒険者もガラが悪いよな。見かけだけは繕っているようだけど。
「キュキュー!キュキュキュ!」
「たぬぬ!たぬぬ!」
「ベアー!ベアベアベアー!」
「ピヨヨー!ピヨー!」
そんな中でもベル達の声はしっかり聞こえる。懸命に応援してくれるのは素直に嬉しい。
「さあ、今回は互いの希望で復元の結界ではなく普通の結界です。負ければ大ケガは免れない。冒険者人生が終わるかもしれない。そんな緊張感の中で試合開始です!」
よく分からん内に始められてしまった。
とりあえずボルゲードに向き直る。
「行くぜ」
ボルゲードは大剣を使って攻めてくる。だが攻めは単調だ。アルレやキーノ、烏天狗に比べれば未熟もいいとこだ。
俺はチャンスだと思い、攻撃をかいくぐりボルゲードの頭を掴む。
「テメエ!」
強力な攻撃を繰り出そうとしてくるが、それよりも早く悪夢を見せる。キーノじゃない事をありがたく思え。そしてBランクのくせに嘗めてかかった自分を恨め。
「ぎゃあぁぁ!!」
ボルゲードは大きく叫ぶとそのまま地面に崩れ落ちる。そして狂ったように転げまわる。
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
地面に頭を打ち付け始める。周りの医療班がすぐに動いて手当を開始する。
…恐らくだけど俺だったらこんなにすぐには動く気なかったよなコイツ等。
そして周囲は静かな状態だ。ボルゲードの声だけが響いている。どうやら医療班でも落ち着かせることができないらしい。それを考えると、キーノの悪夢から回復させてくれたセラピードルフィン達って優秀だな。
「おい。俺の勝ちでいいんだよな」
「え?あ、え~と」
俺はゆっくりと司会に近づき手を伸ばした。
「ひ!た、ただいまの決闘の勝者はジュンさんです」
歓声も何も上がらない。信じられないような目で俺を見ている。ただ、シェリル達の側に戻るとベル達が手厚く祝福してくれる。
「キュキュキュー、キュー♪」
「たぬ、たぬ、たぬ♪」
「ベアー♪」
「ピヨヨー、ピヨー♪」
「よくやった。相手が油断していたとはいえ見事だったぞ」
シェリルからも褒められる。
周りの冒険者も文句はありそうだが、渋々結果を受け止めている様子だった。観客たちも一人、また一人と去っていく。
余談だがボルゲードはきちんとした医療施設に運ばれる事になった。幸いにも腕利きの者がいたため、後遺症もなく回復した、だが俺に苦手意識をもったのか絡んでくることは無くなった。
俺達もこの場には用はないのでギルドで手続きを終わらせるために中へと入る。
先程と同じ場所を通るが何か言ってくる者達はいなかった。
そして先程よりも奥へと進んで行く。すると、段々と雑な作りへと変わっていく。明らかに入口近くと差がある。だが、シェリルは気にすることなく受付へと向かう。
「手続きを頼む」
「かしこまりました。“旅する風”のジュン様とシェリル様ですね。少々お待ちください」
受付を担当してくれたのはウサギ耳の女性だ。よく見るとこの辺の職員は男女問わず獣人などが多い。そのためか、ベル達にも好意的でベル達もくつろぐことができている。
手続きの間、俺はシェリルと話をする。
「なあ、ここは雰囲気が全然違うな」
「こっちは地方から来た冒険者や亜人用の受付だ」
「…予想はつくが何でそんな分け方するんだ?」
「王都生まれのプライドだそうだ。それに貴族もいるからな。奴等は差別意識が刷り込まれている」
「面倒だな。用事が済んだら早く帰りたいな。…ああ、でもミランダさんと話があるなら構わないぞ」
「余計な気を回すな。それに謁見もすぐではないだろうから、その間に用事は済ます」
そんな事を話していると受付から声がかかった。
「"旅する風"のジュン様、シェリル様。手続きが終わりましたので受付までお願いします」
受付の前に立つとギルドカードが渡された。
「これで手続きは終わりとなります。それと王城から声がかかりますので、お二人は毎日ギルドに来てもらうか、宿を教えていただけませんか」
「宿はまだ決まってないから毎日寄るでいいよな?」
「構わん」
「かしこまりました。それでは宿が決まり、そちらに知らせてほしい場合は声をかけて下さい。それと、依頼の受注は可能ですが、遠方の依頼はお断りさせていただきます。ご了承下さい」
「分かりました」
俺達はギルドの外へと向かって歩きだす。
(バレずに隠れ家に入れそうな場所ってある?)
(普通に宿をとった方が良いだろうな。どこに行っても人で溢れている。人のいない場所はそれだけ良くない地域だ)
(…仕方ないか)
「しばらく宿の生活だが、我慢してくれよ」
ベル達に話しかけると、全員元気良く手を上げた。皆でいられれば問題ないらしい。
「じゃあ宿を探すか」
「そうすると、大通りは無理だから離れた場所を探すぞ」
「何で?」
「ベル達を良く思わない頭の固い連中が多い。多分貴様に対しても嫌味を言ってくるぞ」
「了解。遠さは気にしないから気の良い宿を探そうぜ」
「ああ、空きがあればお勧めはあるがな」
「じゃあそこに行こうぜ。ちなみにどんな場所なんだ?」
「"熊のお宿"だ。熊獣人の夫と氷雨族の妻が運営する宿だ。差別はなく気の良い夫婦だぞ」
「…そこって帰りに大きい箱と小さい箱を選んだりする?」
「そんなサービスはやっていないはずだぞ」
雀のお宿とは違うか。
とりあえず俺達は"熊のお宿"へと向かう。
「着いたぞ」
「結構大きいな」
「それでも満室で入れない事が多い」
中へ入ると受付へと向かう。そこで驚いたのだが、受付の女性が凄い美人だった。柄にもなく見惚れてしまった。
「ボーっとするな」
シェリルに頭を叩かれた。
「あらシェリルさん。お久しぶりですね。噂は聞いておりますよ」
「どんな噂かは気になるな。だがそれよりも部屋は空いているか?従魔もいるんだが」
「え~と、一人部屋なら一つ空いておりますが」
「それで構わん。二人と従魔四体で頼む。とりあえず一ヶ月程の予定だ」
「あら♪かしこまりました。先に一ヶ月分の料金をいただきます。一ヶ月の間は部屋を取っておきますが、途中で宿を出る事になっても返金はできませんのでご注意くださいね」
驚いた後に俺の方を見て笑ったな。シェリルの変化を実感したのかもな。
「それでは従業員が案内いたします。食事は朝と夜の決まったメニューは無料ですが、追加注文やお酒は有料ですからね」
そう言うと、こちらに子熊が歩いてきた。この子熊が従業員なのだろう。
「クマ。クママ」
着いて来いと言っているようだった。それにしても可愛らしい。シェリルがこの宿を選んだ理由の一つだよな絶対。
「なんだその目は?」
「別に」
俺達はこの日は"熊のお宿"でゆっくり過ごす事にした。