パーティー後半
「わはは。ここまで酒が揃っているとは思わんかったぞ」
あれから会場は落ち着きを取り戻した。俺はグラバインさんに捕まり酒をご馳走している。一部の者達からは反感を買ったがそれは仕方がない事だ。それよりもどっちつかずの貴族や冒険者が俺に対して好意的になっている方がありがたい。
どうやらグラバインさんの圧力に負けなかった事で認めてくれたようだった。それにさっきから色んな酒を出すもんだから興味を持たれている部分がある。
グラバインさんに酒を渡しながら話しかけてくる者達の対応をする。
酒の事を聞かれることも増えたが、出所を聞かれても「ダンジョンの宝箱で大量に出てきたんです」と言うだけで納得してくれるから、ダンジョンの信頼度が半端ないと思った。
一段落したところでグラバインさんにもう一度お礼を言う。
「しかし本当に助かりましたよ。お陰様で面倒事が半減しましたよ」
「ふん。儂は何もしとらん。小僧が実力を示しただけじゃ。嘘の実績で成り上がろうとする者にはあれは乗り越えられんしな」
気にする素振りも無く酒を飲み続けている。そしてベル達も警戒を解いたのか、グラバインさんにじゃれ始める。何か俺の従魔って若い女性よりもおじさんに懐くよな。
グラバインさんはそのままベル達の相手を始めたので俺は解放されて一息つく事ができた。
「お疲れさまだな」
「まあな。俺冒険者になって一年程度なのに相手がおかしすぎるよな」
シェリルが持ってきてくれた冷たい水を一気に飲む。酒ばかり飲んでいたからありがたい。
「普通はSランクの冒険者に会う機会は少ないというのにな」
「今回は邪竜の討伐成功が気になったんだって。今まで十体以上倒してきたのに体が消えて素材が取れなかったのに、俺が素材を持ってきたから見てみようと思ったんだってさ。今は興味が全部酒に移動したけど」
目を向けるとグラバインさんはベル達と乾杯をしていた。ベル以外は酒以外の飲み物みたいだが。
「まあ仕方がないだろ。こんなに酒を用意したんだからな。竜の肉と合わせてかなりの盛り上がりだ」
「やり過ぎたかな」
「逆にこれくらいの方がダンジョンで活躍したと思われるんじゃないか」
「そんなもんかな」
俺は飲み物を一口いただく。
「ところで。一人で飲んだ宝酒はどうだった?」
一人の部分を強調されたのは気のせいではないよな。
「…」
「このパーティーが終わったら、今までのお祝いに私達で飲む予定だったのにな」
「…」
「一人でさっさと飲んでしまうとはな」
「申し訳ございません」
俺には謝罪しか選択肢が無かった。謝る俺を見て意地悪そうに笑っている。
「ならば私に合う酒を用意しろよ」
「かしこまりましたよ。マイ、レディ」
「うむ。期待しておるぞ」
互いに笑ってしまう。
そうこうしているうちに大分時間が経ったのか、ターティ様が話を始める。
「皆様、盛り上がっているところ恐縮ですがお聞きください。実は今回のパーティーにはジュン殿から竜の肉や魔物の素材以外にも用意してもらった物があります」
会場がターティ様に注目する。
「それは宝酒でございます」
宝酒と聞いた瞬間に会場中の目つきが変わる。どれだけ酒好きが多いんだよ。
「ただし数には限りがございますので、余興で七名を選ばせていただきます。参加される方は前に置いてある紙にご自分の名前を書きこちらの箱に入れて下さい」
一斉に人が集まり箱に名前が入っていく。グラバインさんはもちろんの事“歴戦の斧”や“大樹の祝福”も全員参加している。
「他に参加される方はございませんか?それでは“旅する風”の皆様は前に出てきてもらえますか」
呼ばれたので前に出る。わざわざ“旅する風”と言ったので俺だけではなくシェリルやベル達もなのだろう。
「リーダーのジュン殿は箱から二枚。他の方は一枚お引きください。引かれた紙に書かれている名前の方にプレゼントいたします。ではまずジュン殿一枚引いて下さい」
これ当たらなかった人達から恨まれないよな?グラバインさんの目が儂を引けと凄い訴えているんだが。
とりあえず適当に箱の中を掻き回して一枚の紙をとる。紙には“キーメイス・ニルト”と書かれている。
「栄えある一人目はキーメイス・ニルト殿です。前へどうぞ」
名前を呼ばれると、一部の場所が賑やかになる。そしてそこから一人の青年が緊張した様子で出てくる。
俺はターティ様から受け取った宝酒を青年へと渡す。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。縁起物としてしばらくの間は商会に飾らせていただきますね」
彼はどうやら商人のようだった。機会があれば行ってみても良いかもしれないな。
宝酒を手に入れた青年はいい笑顔を浮かべて元の場所へと戻っていった。
そして次々と名前が呼ばれていく。
宝酒はくじを引いた人が渡していく流れだ。シェリルの時は女性が当たったのだが、その時の男性陣の悔しそうな顔は凄まじかった。
そしてベル達から受け取るのを拒否する人はいなかった。いかついおっさんも子供か孫を見るような目をして受け取っていた。
「さあ次で最後になります。ラストをジュン殿お願いいたします」
会場の注目を集める中、最初と同じように箱から一枚の紙を引きターティ様に渡す。受け取り名前を見たターティ様は驚きの表情をして名前を読み上げた。
「最後に宝酒を手に入れますのは“エレナ・ヴォルテイン”様です」
会場がざわつく。今までとは雰囲気が違う。動じてないのはグラバインさんくらいかもしれない。
「おお。まさか当たるとはな。妾も中々強運じゃな」
声はすぐ近くからした。仮面を外してこちらに向かってくるのは、金髪の女性だった。
「まさか貴女様がいらっしゃいますとは」
「別に妾の国とこの国は敵対関係ではないからの。邪竜を討伐したと聞いたら一目くらい見てみたいと思うのは普通であろう」
「しかし突然来られたら騒ぎになりますよ」
「何を言っておる。認識疎外の仮面を着けておったのじゃ、気が付いたのはグラバイン殿くらいじゃったぞ。まあ宝酒の魅力には負けて結果としては騒がしくしてしまったか」
目の前まで来た美女はシェリルに勝るとも劣らない。本音を言えばお近づきになりたいような美人だが、ターティ様との話から察するに微妙な関係の国のお偉いさんなのだろう。当たり障りのない対応が一番だな。
「積もる話はあるかもしれませんが、まずはおめでとうございます」
「うむ。遠慮なく受け取るぞ。それと今日の食事はとても美味じゃった。お主のおかけじゃ、礼を言うぞ」
宝酒を受け取った女性は軽く笑みを浮かべる。
そしてそのまま会場を後にした。
「さて。これで余興の方も終わりとなります。まだパーティー自体は続きますのでこの後もお楽しみください」
ターティ様が場の空気を換えるために、皆をまた歓談へと促し始める。
俺達も役目が終わったのでまた料理を食べ始める。
「なあ。あの女性は誰なんだ?」
「エレナ・ヴォルテイン。魔国の王女の一人だ。王位継承権はかなり下のはずだがな。あの女もかなりの実力者だ」
「王女様かよ」
「他の国なら国賓として迎えるのが普通だ。だが魔国はかなり閉鎖的で差別的な国だ。野心もあり他国に侵略することもある。この国は地理的に敵対こそしていないが、良い感情を持っていない」
「そんな状況で他国に行くなんて度胸のある王女様だな」
「全くだ」
その後もシェリルと一緒に話しかけてくる者達の対応をしていると、いつの間にかお開きの時間になった。皆が帰るのを見送りし終えるとターティ様に声をかけられる。
「すまないな。少し時間を頂けないか?」
遅い時間だが、わざわざ呼び止めるという事はそれだけの用事があるのだろうと思い、ターティ様について行く。
「この部屋だよ。本当は私も入りたいのだが、ダメと言われていてね」
苦笑いしているターティ様に中へと通される。案内された部屋の中にはターティ様に似た中年の男性とルクトール辺境伯。それといかにも執事と言う感じの老人がいた。
俺達が中に入ると、ターティ様は頭を下げてから部屋を出ていく。
「初めましてサクスム家当主のアランだ。息子達が世話になったようだね」
そう言って握手を求められたので、俺はつい手を出していた。握られた手は力強く、病気だったとは信じられなかった。
「病気で療養中と聞いていたのですが、お元気になられたのですね」
「ふ、初めから病気ではなかったさ。あの程度の毒ならば何杯でも飲んで見せるぞ」
アラン様はニヤッと笑う。ルクトール辺境伯も笑っている。
「え?」
「司教が動いているのが分かっていたからな。まあ、今後の事を考えると息子の経験になると思って私は休ませてもらったのだよ」
簡単に言っているが、あの時は間者が数名入り込んでいて屋敷の人に危険があったはずだ。
「…お孫さんも危険だったのでは?」
「そうだな。だが私達貴族は多かれ少なかれ命の危険がある。ミコトも例外ではない。小物で慣れておいた方が良いのだよ」
きっぱりとそう言い切った。俺には程遠い世界の話だよ。これ以上俺が口を出すべきじゃないだろうな。
「そうなのですね」
「まあね。だが君には感謝している。いい経験をさせてもらったよ」
そう言ったアラン様は笑みを浮かべた。
「いいえ、とんでもございませんよ」
「謙遜はいらんぞ。おっと、感謝といえばビリヤードも素晴らしい物だな。すっかりはまってしまったよ。そこにいる執事長のロベルトと夜通し遊んでしまって、妻に怒られるくらいにな」
「それは申し訳ありません」
「ハハハ、君が謝る事ではないだろう。自制出来なかった私達のミスさ。ところで」
アラン様の雰囲気が変わる。笑みは崩してないが、目は真剣だ。
「君は渡り人じゃないのか」
「ええ、そうですよ」
「…」
「…」
正直に即答する俺にシェリルは目を丸くしていた。
それを気にせずしばらく見つめ合う俺とアラン様。少なくともラブロマンスは生まれる気配はないし、生まれてほしくもないな。
「少しは否定するもんじゃないのか?」
「まあ、バレないようにはしてましたけど、自信満々に聞かれたら言い訳も思い付かないので」
「つまらんな。こっちも半分カマかけだったんだがな」
「まあいいじゃないですか」
俺は適当に高いワインとグラスを購入してアラン様とルクトール辺境伯に注いで渡す。
「これが君の能力か」
「中々美味いな」
アラン様はワインを興味深く見ているが、辺境伯はすぐに飲んでいた。
「ええ。代価を支払って物を得る能力です。ただ、この世界の武器や防具、アイテムとかは無理ですね。娯楽や食料がほとんどですよ」
「ふむ。勇者のような強力な魔法という訳ではないのだな」
「そんな魔法ありませんよ。そんな能力があったら“金色の竜牙”の前で披露して黙らせますよ。ところでどうして気がついたのですか?」
「邪竜を倒し最高到達階層を更新する。そんな男が出てきたら調べるのは当然だろ。そしたらここに来る前の経歴が一切見つからなかった。知り合いも誰もいない。まるで急に現れたようじゃないか」
「なるほど」
この世界なら過去が分からないくらい普通かと思ったがそうでもないようだな。案外小さい村とかも細かく記載しているのかもな。領主によるかもしれないが。
「ところで本題は何なのだ?何か用があるのだろう?」
シェリルがそう切り出すとまた二人は笑い出した。
「すまんな。つい話が長くなってしまったな」
「私達も年をとったものだな」
シェリルの言葉遣いにも気にした様子がない。二人はそのまま本題へと入る。
「実はな君には王都に行ってもらいたい」
あまり良い予感がしない。自分で行きたいと思って観光に行くならいいけど、命令されて仕事では行きたくない。しかも"金色の竜牙"の拠点だし。
「えーと、断ることは」
「王命だからお薦めはせんな」
「王命?」
「ああ。邪竜の討伐は偉業だしな。ダンジョンの最高到達階層の更新も、あのレベルのダンジョンだと最近はどこも無かったからな。王も会ってみたいと思ったんだろう」
面倒事の予感しかない。俺の平穏はいつくるんだろうか?
「ちなみに王都までは何でいけば」
「魔導船が来ているからな。それに乗っていくといい」
絶対"金色の竜牙"いるじゃん。
「本当は私かアーベンが付いて行ければ良かったのだがな。今回は行けそうにない。ただ、"殲滅の鉄鎚"殿が王都で合流するそうだから何かあれば頼るといい」
"殲滅の鉄鎚"って誰それ?
俺の考えを察したシェリルが答えてくれる。
「グラバイン殿だ」
ああ、二つ名ってやつか。
「…王都で合流ってことは魔導船には乗らないんですね」
「魔導船は苦手なんだよ彼は」
高い所が苦手なのかな?
「分かりました。何かあったらお酒でも用意して訪ねますよ」
「そうすると良いぞ。あと王にも珍しい酒を用意するといい。あのお方もかなり好きだからな。…ところでこの酒は残っていないか?」
そう言って見せてきたのはロマネ・コンティの空ビンだった。パーティーで出なかったのはアンタが飲んだからかよ。
「実に見事な味だったぞ。つい、アーベンとロベルトと飲み干してしまったぞ」
「それは代価が高くて中々手に入らないんですよね」
「大金貨でも出せるが」
「金は無理なんですよね。素材や宝石なら」
「それならこれはどうだ?」
ルクトール辺境伯は立派な装飾のついた剣を俺に渡してきた。
「少し前に他国の侵略者からぶん取った剣だ。実用性は無いが高く売れるだろう」
確かに鑑定しても武器としての価値はなかった。だが、装飾品やデザインが良いのか五千万程の価値になった。
「これなら大丈夫です」
十本程購入してその場に出すと、二人は上機嫌になる。
「そんなに美味い酒だったのか?」
「俺には分かんないな。少なくとも俺は安い酒の方が美味く感じる自信がある」
「そんなものか」
俺達は満足そうにしている二人を見ながら、今後の事を考えてため息をついた。