メイヤ婆さんの薬屋
隠れ家に入ると、俺は先程買った商品を通販の能力で収納してみた。
「え~と…良かった。全部本物みたいだな」
偽物の可能性も考えていた。その場合は感覚魔法や幻魔法の実験台にしてやろう思っていたけど全部本物で安心した。今後も何か買い物があるときは三人組の露店を利用してもいいかもな。武器・防具・アイテムと揃っているし。ただ薬だけは別の場所で買わないといけないな。
さてと、武器をちょっと庭で試してみようかな。
部屋で装備を全て変えてから庭に移動する。ベルとコタロウもスカーフを装備してご満悦だ。
早速俺は鎮魂を構えて振るってみる。
「はっ!」
普通に振るう分には何の問題もない。店先でも試したが思い切り振るっても使いにくさは感じなかった。この辺は棒術が関係していると思う。
普通に動かせることは確認できたので、次は魔力を込めて振るってみる。
魔力を込めて振るうと鎮魂が淡い光を放つが、動きが阻害されるなどの違和感もない。強いて言うなら暗闇の中で使えば居場所がばれる問題点くらいだろう。
次は短剣を取り出してみる。風の魔力を込めて投げてみると凄い速さで飛んでいった。さらに風で多少のコントロールができるようだった。水の魔力を込めて投げると風とは違い変化が見られない。だが、地面に突き刺さったところを見ると湿っていた。炎タイプの魔物に効果はありそうだな。
「あとは実戦してみないと細かい所は分からないけど問題は無さそうだな。この革鎧も動く分には平気みたいだし」
武器が使える事は確認できたし、状況に合わせて使い分けをしていこう。革鎧も棒術や短剣を投げる分には問題は無かったし、予備の防具として大事に取っておこう。
街へ戻るために戦装束に着替えなおす。
このまま革鎧でもいいかと思ったが、やはり着なれている戦装束の方が落ち着くのだ。
「次はどこに行こうかな」
「キュキュ」
「たぬぬ」
辺りを見回して考えていると、ベルとコタロウが気になる店を見つけたようで走っていた。
二匹とも普段は俺の側にいてくれるのだが、一度興味を持つと確かめないと気が済まない性格をしている。
後を追うと、あまり大きくないが花や植物がたくさん置いてある店にたどり着いた。ベルもコタロウも面白そうに花を見ている。
あまり植物には興味はないがベル達が見たいなら少し寄っていくか。
「それにしても何の店だ?花屋か?」
よく見ると看板にはメイヤの薬屋と書かれている。それならこの花や植物は薬の原料なのかもしれないな。
普通の植物であればゆっくり見てみようとは思わないのだが、、動いている花などもありついつい眺めてしまう。
「ベル、コタロウ。お前達は何か…って」
気が付くとベル達は店の中に入ろうとしていた。余程この店の商品が気に入ってしまったようだ。
俺がベル達に近寄るころには扉が開き、鈴の音が店内に鳴り響いた。
「おや、いらっしゃい。初めての顔だね。回復薬でも買いに来たのかい?」
中に入ると店主らしきお婆さんに声をかけられた。ベルとコタロウを見て少し驚いた表情をしていたが、二匹が楽しそうに植物を観察しているのを見て微笑んでいた。
「ええ、今日この街に来て冒険者になったばかりなんです。回復薬が欲しいんですけどお薦めってありますか?」
「それなら、そっちの方に冒険者用のセットがあるから見てみるといいよ」
お婆さんが指を差した方向に進んでいくと、籠の中に薬が入った瓶が何本も入っていた。回復薬・魔力回復薬・毒消しなど数種類の薬が入っているようだった。
色んな種類の薬があったので手に取りながら効果を見ていると服を引っ張られる感覚があった。
「キュキュキュ。キュキュー!!」
珍しくベルが興奮した様子で俺の服を引っ張り、しきりに何かを訴えている。
「どうしたんだベル?」
ベルを手に乗せると、自分の体以上の大きさの苗木を指さして嬉しそうにブンブン振っている。
その様子を見たお婆さんは笑いながらこちらに近寄ってくる。
「ハハハ。その子はよっぽど気に入ったんだね。その苗木はランダムツリーだよ。ほとんどが普通の木にしか育たないし、成長しきるまでは何になるか分からないギャンブル性が高い物だよ。買うなら銀貨五枚で売るけどね」
結構するんだな。でもベルがここまで執着しているし、何度も助けられたしここは買うべきだろうな。
隠れ家の奥の方は草原になっていたし場所も問題はないだろう。
ただの木だとしてもベルやコタロウなら有効に遊んでくれるだろう。それに、ベルが選ぶなら当たりが出るような気がするんだよな。
「ベル。俺も手伝うがきちんと世話はするんだろうな」
「キュー」
「分かった。それなら買おう」
俺の言葉を聞くと俺を苗木の所に引っ張り一つの苗木を指さした。
「キュキュキュ」
「これがいいのか?」
「キュー」
首を何度も上下に振っている。
「本当に気に入ったんだね。大切に育てておくれよ」
すぐにお婆さんが苗木を持ち上げて店のカウンターに持って行ってくれた。
「他にも何か買うかい?」
「薬も買いたいので会計は後でもいいですか?」
「構わないよ。たくさん買ってくれるなら私にとっても得だからね」
お婆さんは苗木を持ってカウンターに戻っていく。
ベルは楽しみなようで、今から上機嫌だ。
「さて、俺は薬を見るけどコタロウも何か欲しい物が合ったりするか?」
「たぬ」
コタロウは首を横に振った。
花や植物を楽しそうに見てはいたが欲しいわけではないようだ。
「じゃあこれを買うかな」
薬を二セット選んでカウンターに持っていく。
「ランダムツリーの苗木と薬のセットを二つだね。銀貨九枚だよ」
俺が大銀貨一枚を払うとお釣りをもらう。
「キュキュ♪」
「たぬたぬ♪」
「はしゃぐなよ。落とすといけないから収納しておくからな」
ベル達が嬉しそうにしてはしゃいでいる姿を見てお婆さんは優しい目で微笑んでいた。
「アンタは珍しい従魔を連れているね」
「出会いも多分普通じゃないですよ。リスの方は俺の弁当を横取りしたことがきっかけでしたし、仔狸の方はオークに追いかけられていたのを助けたら懐かれたって感じですかね」
「ハハハ、いいじゃないか。どんな出会いでもアンタにとっては良縁だったんだろ。見ればわかるよ。元気な従魔達でこっちも楽しくなってしまうよ」
「たまに疲れますけどね。それでもいい出会いだと思っていますよ」
俺はしゃがみ込んでベルとコタロウの頭を撫でる。
この世界に来てすぐにベル達と出会えたのは本当に幸運だろう。一人で過ごしていたら俺はどんな感じになっていたのだろうか?
「いい仲間を持ったんだね。大切にしてあげるんだよ。名誉や地位に目が眩んで仲間を捨てる冒険者も多いからね」
どことなく寂しそうな雰囲気だった。
色んな冒険者を見てきて思うところがあるのだろう。
「いけないね、年を取ると喋りたくなってしまうね。薬が無くなったらまた来るといいよ。この辺なら一番いい物を売っている自信はあるからね」
「ありがとうございます。また来ますね」
薬屋を出ると俺達は街の中を歩き回った。
次に目に入ったのは高級な雰囲気のお店だった。武器・防具・アイテム・薬・キャンプ用品などを取り扱っているようだ。
店のショーウィンドーには煌びやかな武器や防具が置いてあった。金ピカのフルアーマーや宝石が埋め込まれている大剣、奇抜なデザインの盾や過剰な装飾と思われるような槍などだ。
…ガチャで当たったら速攻ポイントに変換だな。こんな物を誰が買うんだろうな。どれも使いにくそうだ。
ベル達と一緒に眺めていると店のドアが開いた。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「店長ありがとう。またここで買わせてもらうよ」
店から出てきたのはイケメンの集団だった。こんな高そうな店で買っているから高ランクの冒険者なのだろうか。
ふと店長と呼ばれた人と目が合った。店長の視線は俺の武器やベル達に注がれている。
「おい!貴様の様な貧弱な冒険者がこの店に相応しいと思っているのか!この店は一流の冒険者しか入る資格は無いんだぞ」
突然の怒号。俺達は客になりえないと思っているらしい。
頼まれたってこんな武器や防具は着たくないのに失礼な男だ。
「まあまあ店長、許してあげて下さい。この店の武器や防具は憧れてしまうものですから」
「そうそう。俺達は気にしてないからよ」
「失礼しました。シャイニー様、アークフット様。感情的になってしまい、不快な気分にさせてしまい申し訳ありません」
「品格を保つことの大切さを理解していますから、僕たちは気にしていませんよ」
「おお。さすがAランクを期待されている“光の剣”の皆さま」
なんか変な小芝居が始まったので俺達はその場を離れた。ベルは冷めた目で見ていたが、コタロウは本当に芝居が始まったと思っていたみたいで続きを見たがっていた。
公園で遊ぶぞと言ったらすぐに着いてきたけど。
公園に着くと子供達やその両親で賑わいを見せている。子供達は親達の近くで追いかけっこをして遊んでいた。
俺はその集団に近づいていく。するとベル達に気が付いた子供達が駆け寄ってきた。
「わぁーリスさんだ!」
「狸さんもいる!」
あっという間に俺達は子供達に囲まれた。そこに子供達の親も近寄ってくる。
「あら可愛いわね」
「この子達も魔物なの?」
「ええ俺の従魔です。リスの方がベル、狸の方がコタロウって言います。よければ子供達と遊ばせてもらえませんか?」
人懐っこい性格の二匹のため、すぐに公園の皆に受け入れられた。勿論警戒している人もいたが、無邪気に遊んでいる姿に態度は軟化していった。
「暗くなってきたし帰るわよ。お父さんが家で待っているわよ」
辺りが暗くなってくると子供達は母親や父親と一緒に家へ帰っていく。
ベル達は手を振っているが、コタロウが少し寂しそうにしているように感じた。
俺達も人のいない場所を探して隠れ家に入ることにした。
しかし、毎回場所を探すのが地味に大変だったりする。人通りが少ないだけで人が来ないわけではないからだ。今は宿を借りて部屋の中から隠れ家に入ることも検討中だ。
「キュー」
隠れ家に入るとベルが俺達を裏庭の広いスペースへ誘導していく。ベルは待ちきれないという感じで、ワクワクしているのが見て取れる。
目的の場所に着いたようでベルは歩くのを止めた。それを見た俺は苗木を取り出した。
「キュキュキュ」
ベルの指示のもと俺たちは地面に軽く穴を掘る。コタロウは楽しいのか上機嫌で鼻歌交じりになっていた。
俺もこういう作業は嫌いじゃない。やっていくうちに楽しくなってくる。
大して時間はかからずに作業は終わった。
「早く育てばいいな」
「たぬ」
植え終わったので俺とコタロウは旅館の中に入ろうとしたが、ベルはその場から動かない。
ジッと苗木を見つめ集中している感じだ。
まだ何かやる事があるのだろうか?不思議に思って声をかけた。
「ベル。何しているんだ?そろそろ戻るぞ」
声をかけても動かない。いや、声が聞こえているかも怪しいほどに集中している。
俺とコタロウがベルの方に近づいていくとベルが大きく一鳴きした。
「キュ!!」
ベルから魔力が発せられたのを感じられた。そして、苗木が光り出すと同時に大きく成長していく。
あんなに小さかった苗木は見上げるほどの大きさだ。
俺は唖然とするしかなかったが、コタロウは喜びベルは満足そうにしている。
「何だよこれは」
絞り出せた言葉はこれだけだった。目の前で育った木は淡い青色の光を放ち神秘的だった。
あまりの美しさに見惚れしまう。
「キュ」
ベルに服を引っ張られて俺は我に返った。促されるまま木に近づいていく。
木の周りにはいつのまにか池ができていた。水はかなり透明で澄んでいた。風魔法で池を飛び越して木に近づくと、木の窪みには同じような透明な水が溜まっていた。しかし池の水と違って甘い匂いがした。
「何か違いがあるのか?とりあえず調べてみるか」
通販で瓶を購入して池の水と窪みの水をそれぞれ詰めておいた。他にも下に落ちている葉っぱや木の枝も収納する。
「果実とかは無いのかな」
木を見上げても果実らしきものは見当たらない。調べられそうなものはこんな物かな。
俺はそれぞれの性能を確認する。
名前:月光樹の葉
月光樹からとれる葉っぱ。単体での効果は小さいが薬の材料にすると本来の効果を発揮させる。単体でも傷口に張り付けると傷を癒し、食べると魔力を若干回復させる
名前:月光樹の枝
月光樹からとれる枝。単体では魔力を持った枝でしかないが、他の素材と混ぜることで本来の効果を発揮させる
名前:月光水
月光樹の周りに湧き上がる水。並のポーション以上の効果を持ち、体力・魔力を回復させる。状態異常を治す作用もある。月光樹が無くなると水も消えてしまう。
名前:月の雫
月光樹から生成される樹液。量は取れないが絶大な効果があり大金で取引される。体力・魔力を大きく回復させ、欠損部位を再生させる。状態異常や解呪にも効果がある。エリクサーの材料の一つ。
この木は月光樹と言うようだな。名前や素材の効果的にかなりレアな物だと思う。これはまたとんでもない物を手に入れたな。ベルがしきりに勧めたのはこのためだったのか。月光水があれば今後は回復薬に頼る必要性も少なくなるな。まあ、見た目が結構違うからバレないようにいくらかは買っておく必要はありそうだけど。
そんな事を考えているとベルとコタロウは水遊びを始めた。…この水って一瓶いくらくらいの価値があるのだろうか?少なくとも回復薬よりは高いだろうからかなり贅沢な遊びだよな。
「ベル、コタロウ。はしゃぎたい気持ちは分かるけど暗くなってきたから、旅館に戻るぞ。水遊びはまた今度な」
「キュキュ」
「たぬ」
遊びを切り上げたベル達はすぐに俺の元へ駆け寄ってくる。二匹を抱き上げて旅館の中へと戻る。
今日は温泉に入ってゆっくり休むことにしよう。明日は依頼でも受けてみるかな。